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【エッセイ】優しくて、柔らかくて

ずっと気になってた。

ずっと前から、家の最寄り駅の近くにある食堂が気になっていた。

スーパーの端っこについていて、フードコートのような形の小さな食堂である。

席は20個ほどあるが、私が見る限り、あそこで食べている人をほとんど見たことがない。
なんなら、辺りが薄暗くて本当に営業しているのかを疑うくらいだ。

今まではちらりと見る程度であったが、その日はちょうどいい機会だと思い、昼食をそこで済ませることにした。



スーパーの方には人がいるのだが、こちらには一人も客がいない。

…と思ったら一人座っている人がいた。
人目につかない端っこの方でパソコンをやっていた。

私はまず、メニューを確認した。
看板メニューはうどんかそば。あとは丼系と定食があった。

はじめてなので、私はシンプルな温玉うどんにした。

いざ注文する。
ベルを鳴らすと中から優しそうなおじいちゃん店員が出てきた。
声もとてもおだやかであった。

「温玉うどんを1つ。」

「はい。〇〇円です。」

お支払いをする時、店員さんに「学生さんですか?」と聞かれた。

「あ、そうです!」と答えると、少し割引してくれた。

お金を出しながら、見た目でよく私が学生だと分かったなとびっくりしたが、そんな気遣いが嬉しかった。

「今から作りますから、席でお待ちください。」

と言われ、席に戻った。

とくに呼び出しブザーなどは渡されていないので、出来上がったら声で呼ばれるみたいだ。


結論から言うが、ここから呼ばれるまで15分くらいかかった。

多分、この食堂はあのおじいちゃんと若い女性店員の2人だけでやっているのだと思う。

店側のことは分からないので、一体どこからつくっているのかは分からないが、この時私は無料の水を一杯飲み干してしまったのを覚えている。

「お待たせいたしました。温玉うどんでお待ちのお客様~。」

番号札もないので私かどうか不安であったが、頼んでいるのは私しかいないのですぐに取りに行った。

受け取ると、やわらかいソフト麺タイプのうどんだった。

食べると、白だしで薄味の優しい味だった。
かまぼこも白ねぎも温泉卵も、柔らかかった。

いつもうどんといえば『丸亀製麺』だったので、変にコシとか通なことを考えずにいられて、なんだか肩の力が一気に抜けた。

そしてあれを思い出した。
小中学校時代の給食のうどん。

「早く授業終わらないかなー」と思いながら楽しみにしていた給食のうどんを思い出した。

私はいつの間にか期間限定のうどんばかりに惹かれてた。
当たり前のようにかしわ天をつけていた。

でも今日は違った。

うどんが私の心を休ませてくれた。

日に日に溜まったストレスを柔らかくほぐしてくれた。

授業の束の間の給食のように。

私はゆっくり麵をすすり、レンゲでつゆをゆっくりすくって飲んだ。

誰もいないフードエリアに、幸せのノイズが広がっていた。



食べ終わり、ゴミを捨て、食器とトレイを元あったところへ戻す。

「はぁ、久しぶりの外食だった」なんて思いながらなにげなくポケットからスマホを取り出す。

さてさて、次は、、、



、、え!?、、やば、、、!!



もうこんな時間じゃん!!!



この後は駅に向かってそこから電車に乗って、東京方面に行くんだった。

気づいたら時間ギリギリになっていた。


電車の発車時刻まであと13分。

呑気に食べてる場合じゃないじゃん!と自分を叱りながら小走りで駅へと向かう。

うん、間に合うのは間に合う。





柔らかかったうどんが、腹の中で徐々に硬くなっていくような気がした。