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【小説】神社の娘(第11話 友達の桜)

 我が家が近づくにつれ、心臓の鼓動が大きく、速くなっていく。

 ピンクのデコ軽に乗って八神家に向かっているのも、ドキドキが大きくなる原因の一つだ。音楽の授業でならったクレッシェンドって、こういうことかもしれないと、またも体で知った橘平だった。

 葵は黒の車を持っているらしいのだが、昨日から家族に貸してしまっているらしい。乗る直前まで「絶対嫌だけど」などとぶつぶつ文句を言っていた。

 助手席に橘平、後ろに二人が乗り、八神家に向かって出発した。桜は大きな猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、ニコニコしていた。珍しい表情に、隣の葵が声をかける。

「楽しそうだな」
「だって私、いままでお友達の家に行ったことないじゃない。初めてだから楽しみ」

 橘平は初対面からお友達に昇格したらしい。嬉しくて「めっちゃもてなすね!」とつい答え、ちょっと恥ずかしくなった。

「え、ってか桜さんさ、友達んち遊び行ったことないの?」
「ほら私は外の学校だから、帰り遅くなっちゃうでしょ。それにバイクの免許取るまでは送り迎え付きだったから」
「へーそうかあ」

 超能力も案外不自由と知った橘平だったが、歴史ある神社の跡取り娘も自由がないのだ、と察した。

 八神家のような平凡そのものの家より、家柄が良くてお金持ちな家の方が楽しく暮らせる、というものではないのかもしれない。

 教科書や本の知識が世の中だと思っていた橘平は、彼らに出会ってから知る外界の出来事が、珍しくもあり、切なくもあった。

 知らないことを知ると、視界が広がり、世の中を見る目が明るくなる。が、そうではない側面もあるのだった。

 ほどなく、八神家の敷地が見えてきた。

「あ、く、車は庭に停めてください」

 橘平の不安とどきどきはピークを突き抜けそうだ。庭には飼い犬の大豆。人間は見当たらなかった。

 軽自動車を降り、玄関へ向かう。さあ、弁明?いや弁解?弁論か?と橘平は半分混乱しながら玄関を開けた。

「た、ただいまー!」

 すぐに、母親が居間の方から現れた。若干声が裏返り、恥ずかしさも加わったためか、母の実花が出てくるまでの時間が長く感じた。

「おかえり。あら……お、お友達?」

 三人は口々に、お邪魔します、初めましてなどと言った。

「あああああ、う、うん、この人たちは」
「どうぞどうぞ、上がってください」

 ごゆっくり、と母親は急いで消えてしまった。
 一生懸命にどんな説明をしようかと身構えていた橘平は、拍子抜けだった。

「あ、じゃあどうぞ…」

 心臓が、頭が、破裂しそうなほど悩んだのは無駄だったらしい。普段から子供に深く介入しない親だが、それをより理解した橘平であった。

「言い訳の必要なかったな」
「いきなりお部屋行ってだいじょぶ?ヘンなもん置いてあったりしないの~?お掃除してきてもいいよ~?」
「なんすかヘンなもんって。期待してるよーなもんはありませんからっ!早くどうぞ!」

 地区の集まりから帰って来た橘平の父は、庭に停まっている車を見て「お?」と足を止めた。

 ピンクのキラキラした車。幸次が毎日職場の駐車場で見かけている、それ。

「向日葵ちゃん?うちに来てるの?」

 玄関を開けると、見慣れない靴が3足。橘平の足のサイズより大きいスニーカー、小さめの運動靴、そして蛍光ピンクにリボン風のシューレースがついたスニーカー。3人の客人のうち一人は向日葵だろうと幸次は確信した。

 居間では、実花がテーブルに折り畳みの鏡を置き、一生懸命、化粧をしていた。向日葵はここにいなかったので、2階、つまり子供たちといるのだろうと幸次は推測した。

「誰か来てるの?」
「うん。橘平が連れてきた」
「金髪の女の子いた?」
「うん」
「へーあの子と友達だったのか。意外だなあ」

 向日葵と息子との関係を意外に思いつつ、あと2足も橘平の友達だろうと、幸次はそれ以上興味を持たなかった。

「ねえ、コーヒー飲みたいなあ」
「自分で淹れて」

 普段であれば、外から帰ってきてお茶を頼むと、はいはいと淹れてくれる実花だが、今日は様子がどうもおかしい。

 まず、出かけないのに化粧をする妻の姿は初めて見る。それも、幸次がいままで見たことがないほど必死である。むしろ怖い。若いころ、幸次とデートする時ですらきっと、こんなに頑張ってメイクしていたとは思えないほどであった。

「…お化粧してどっかいくの?」
「は?!行かないけどお!?家の中にいるときは化粧しちゃいけないの!?」
「ああ、いや、いいと思う…」

 自分の部屋に同級生以外が来た。女の人は小学校以来かもしれない。

 恥ずかしさもありつつ、橘平は三人を部屋に招きいれた。折り畳み式の小さな丸テーブルを設置し、「飲み物持ってくるんで、とりあえず座っててください」と、再度下へ降りて行った。

 部屋はキレイでも汚くもない。本棚には漫画や子供の頃に買ってもらったであろう図鑑、机には教科書とノートが積まれ、通学リュックが床に寝そべっている。ロボットや城の模型もおいてあった。

 ベッド側の壁には、どこかの国の美しい風景のポスターのようなものが額に入れて飾ってある。青々と茂る木々、空…神秘的な風景だ

「きれいな写真。どこかしら。ヨーロッパの方かなあ。ちょっとアジアな雰囲気も感じる」
「ふーん、アイドルとか美少女キャラのポスターじゃなくて風景ね。きーちゃん、ロマンチストだわ…ん?ポスター?」

 女子二人が風景に興味を持っている間、葵は別のことに目を向けていた。

 八神のお守り。

 橘平の持ち物を観察してみると、通学リュックにあのマークが刺繍してある。ノートや教科書の表紙の端の方にも書かれている。女子たちが気づいたかは分からないが、玄関の靴箱の上に、あの模様が書かれた小さな札が貼られていた。おそらく、敷地内にたくさん見るけることができるだろうと予測できた。

「すんません、ドア開けてくれますか~」と、橘平が飲み物と茶菓子をもって帰ってきた。

 小さな丸テーブルを囲み、橘平が八神家について説明を始めた。

「おそらく、蔵とか倉庫とか探すと思うんですけど、うちは分家なんで特別なものは何もないんです。この家と庭だけ。つっても、すぐ隣が本家です。うちと本家の仕切りって特になくて、ほぼ同じ敷地。自由に行き来できます。あ、しいて言えば、ちょっとした植木とか花がありますけど」
「じゃあ、本家の方に姿を見られても、怪しまれることはないかしら?」
「たぶん。本家の裏口から山の方に出られるからさ、よく友達と本家通って遊びに行ってたし。それに本家っていってもさ、じいちゃんとばあちゃんしか住んでないから。そんなに心配しなくても大丈夫だと思う」
「あら他のご家族は住んでないの」
「あー、おじさんたちがいたけど…嫁姑問題でちょっと。じいばあがいなくなったら本家に住むかもってさ。ああ、近くにはいるんだけど」
「うーん、どこんちも家族トラブルはあるねえ」
「二宮家もあるんすか?」
「まあねえ。例えば私は兄貴が超嫌い。なのにあいつと同じ職場!課!入職からずっと異動願い出してる。受理されない、辞職すらできないのは分かってるけど出し続けるよ。いつか離れられるはず」

 誰とでも仲良くできる人、家族仲もよさそう、という印象だったので、橘平は意外だった。職場から離れられないのは、村の引力、「なゐ」のせいだろう。

「嫌いでも、せめて出勤したら挨拶くらいしろよ。ほんと」
「あーやだやだ、休日にあいつの顔なんて思い出したくない!ってか葵に言われたくない!」

 早く話題を変えたほうがよさそうだ、と橘平は察し「とりあえず敷地を案内します!」と提案した。「昼は母さんが焼きそば作ってくれるらしい」という情報も追加して。

 向日葵と桜はコートのポケットにスマホのみという恰好だが、葵はメッセンジャーバックから30センチくらいの細長いものを取り出し、腰の後ろに下げていた。

「なんですかそれ?リコーダー?」
「なんでリコーダー持ってくんだ。短刀だよ」

 こんな時でも非常時を考えているのか。

 心配しすぎではとも思ったが、「桜さんを全力で守るには、それ以上に注意深くしなければ」と姿勢を正した橘平だった。

「怒らせるなよ」

 冗談で発言しているのは軽くにやついた顔を見れば一目瞭然だったが、橘平は彼の逆鱗に触れないと深く決意した。病院送りはご免である。


 橘平の家の裏に周ると、すぐ本家が見えた。話通りにちょっとした植木や花があり、そしてすんなり敷地内に入れた。

「八神本家は一宮とか他の本家みたいに立派じゃないんで、敷地って言っても狭いです。探すところもそんなにないと思うんすけど。家になければ…山…?」

 山はごめんだよ、と向日葵の言うように、この敷地内で早々になにか手掛かりがみつかれば、と思いを一つにするのだった。

 橘平の家側の本家の敷地には、木造の古い物置小屋があった。桜はその壁を眺めていると、あの模様を見つけた。

「物置小屋の壁にお守りのマークがある」
「うん、建物には基本的に彫ってある。うちも基礎と、壁のどっかに彫ってあったな」
「橘平少年の持ち物にも書いてあったな」
「え、見たんですか!?」
「見えたんだよ、失礼だな」
「あ、すんません。はい、前も言ったと思うんですけど、いろんな物に書いてます。なんか落ち着くんで」
「八神家で大切に受け継がれてきたものなのね。じゃあ、この小屋入ってみていいかしら?」
「どーぞどーぞ。大したものないし、めちゃくちゃちらかってるけど…」

 それなりの広さを持つ物置小屋の中は、工具類や農作業用の道具が置かれていた。そのほか、使わなくなったと思われる家具や置物、コマや凧などの玩具、多種多様、雑多に物が置かれていた。

 予想以上に埃や土なども付いており、橘平は軍手と、女性陣には「俺ので申し訳ない」と自身のジャージを羽織ってもらった。桜は袖をまくるほどであったが、向日葵はそこそこといったサイズ感だった。

 何がヒントになるかわからない。その姿勢で、4人は道具、小屋の床や壁など、隅々まで丁寧に観察したが、これといったものは見つからなかった。

 良い時間だったので昼休憩をとることとした。家に戻ると、母が焼きそばを作ってくれた。ばっちりメイクで。

「母さん、化粧してどこかいくの?」
「行きませんよ、橘平さん。家の中で化粧しちゃいけないのかしら」
「ああ、いや、いいと思う…」

 母のメイクも言葉遣いもなんだがおかしいし、目が怖すぎると思ったが、深くは追及せず焼きそばを食べ、また物置小屋探索を再開した。やはり何もありそうになかった。

 物置小屋の探索は終了し、次は蔵に移動した。小屋の方は古いという形容だったが、こちらはこじんまりはしているものの、歴史がありそうな作りだった。

「一宮の蔵と同じくらい古そう」
「おー、ここならなんか手掛かりありそーじゃん!」

 蔵の和錠にも、鍵穴を中心にお守りの模様が入っていた。橘平は鍵を差し込むことなく、解錠する。

「え、鍵は?開いちゃうの?」
「さっき言ったように、他の本家みたいに立派じゃないから。盗むものなんてないんで、鍵は飾り。蔵っていうか物置っす。こっちも散らかってるんですけど…すぐ詰め込むから…」

 入口から見える範囲には、段ボールや茶箱のような木箱、葛籠など、さまざまな年代の入れ物が積まれていた。ほこりがうっすら舞っている。

「気を付けてくださいね、段ボール落ちてきてじいちゃんが下敷きになったことあるんで」
「うへえ、これ一個一個開けて…絶対今日じゃ終わんないじゃん」
「八神さんちに悪いから、夕方には退散しないといけないしな」
「とにかく、できる範囲で探しましょう!うん!」

 なぜかやる気満々な桜が早速、奥の方から箱を開け始めた。「アルバムだわ。ご両親の若いころかしら」「小学校の教科書か」「子供服じゃん。きーちゃんの?」など、手前にある段ボール類には最近のものが次々とでてきた。

「木箱とか葛籠開けたほうが何か見つかりそうっすよね?段ボールどけられないかな…」
「そうだな…段ボールは開けないで降ろしていって、あー、どこかスペース作って…」

 そんなことをしていたら、この日は段ボールの位置替えで終わってしまったのだった。次の土日にも八神家集合を約束し、この日の探索は終了とした。

 帰り際3人は「ご両親に挨拶」をと居間に寄っていった。主に向日葵が騒がしくしゃべっただけであったが。

「おお、もう帰るの?これからも橘平と仲良くしてやってくれな~」
「もちですよ!きっぺー君、私の舎弟なんで~また来ますねっ!」
「え、舎弟!?」
「違うの?」
「ち…がわないかも」
「良かったな、きれいなお姉さんができて」
「はは…」
「ああお母さまあ!今日は何も持ってこなくてほんとすいません!こんどお、超おいしいもん持ってきますね!」
「あらお構いなく。また来てね、また」

 帰りも葵は「あー、帰りも乗るのか」などピンク軽を前に少し抵抗していた。

「橘平さん、今日は本当にお世話になりました。また来週もお邪魔することになって、ご迷惑かけてしまうけど」
「迷惑なんて全然!いつでも気軽に来てよ!だって、友達んちなんだから」

 今、橘平の前にいる桜は、葵にも向日葵にも見せたことがない表情をしていた。

 これまで付き合ったことのない人たちが家に来て、一緒にお昼を食べて、蔵を漁って。

 文字にすれば大したことはしていないのに、3人が帰った後、ぽっかりとさみしくなっていた。

 彼らとの入れ違いのように、弟が自転車に乗って現れた。「タカんちで遊んでた」という。

 桜さんも自転車で、バイクで、徒歩で。自由に友達の家に遊びに行けるようになったらいいな。と、夜に近い夕陽を見ながら願ったのであった。

 橘平が部屋に戻ると、怒るのかという勢いで母親が扉を開けて入ってきた。その勢いで、橘平に早口でまくし立てる。

「橘平、いつの間に葵クンと友達だったの?いつから?なんで教えてくれなかったの?言わなきゃダメじゃない。また来る?来るの?来るんだね?来るときは絶対教えてね、今日ノーメイクだったでしょ私。あのね、あおい、いやね、お客さん来るときはお化粧しないといけないのよ。子供だからわかんないと思うけどつまりね…」

 お客さんが突然来たからといって、化粧なんかしたことないじゃないか。なにが葵クンだよ、変なの。と心の中で悪態をついたが、あれ?と心に引っかかった。

 向日葵のことを応援すると決めた橘平だったが、ライバルという存在を考えていなかった。

 ライバルがうじゃうじゃいる…かもしれない…俺はどう応援していけばいいのだろう。と、また別のことで悩む少年であった。


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