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『ファミレスを享受せよ』を享受した。

ファミレス。
そこはとても身近で、安心感のある、憩いの場所。「ファミリー」向けの「レストラン」ではあるけれど、来ているお客さんを見渡せばその層は様々で、勉強しにきた学生や、デート中のカップル、商談中っぽいサラリーマン、楽しそうにわいわいしゃべっているご婦人方。色んな人々がいて、色んな目的があって、色んな気持ちを抱えながらみんながここで時間を潰している。
そしてここはかつて私がひたすらに入り浸っていた場所でもある。
私はむかし、金曜日か土曜日の夜になるとほぼ毎週のように友人とファミレスに行っていた時期がある。あたり前のように週末になると仲の良い3人で集まって、夜更けまで雑談しながらその店に入り浸っていた。まあいま考えると毎週毎週よく飽きもせず行っていたもんだよなあと思うけど、なにしろ楽しくて、私にとっては大事な時間だったのだ。ドリンクバーの飲み物を適当に組み合わせて自分好みのジュースを作ったり、最近ハマっている映画とかゲームの話で盛り上がったり、途中で誰かしらが眠ってしまったり、片思いしてる相手や付き合ってる人のことを話したり、各自持ってきた本を読む日を作ったり、持ってきたサイコロでトークテーマを決めたり……深夜のファミレスは昼間に比べて不思議な雰囲気があり、そこには確かに心をワクワクさせる何かがあった。時間がひどくゆっくりと過ぎていくような、見知らぬ人たちの話し声が妙に面白く感じたり、気怠くて、ずっと静かに幸せな状態。私はあの場所が、あの時間が好きだった。

この『ファミレスを享受せよ』はそんな「ファミレス」という場所を舞台としたアドベンチャーゲームだ。あの静かで、落ち着く、のんびりした場所。永遠のファミレス「ムーンパレス」に迷い込んだ主人公である”あなた”はそこにいる人たちとの会話を通して、ここがどんな場所なのかを知り、出口を探す。それこそ「永遠」という時間をかけて……。

みんな自分の時間で生きていて、なんだか気だるい雰囲気があり、でもすごく落ち着くようでもある。無音が続いているかと思いきや、たまにBGMが流れだしたりと音楽がかかるタイミングも心地良い。ゲーム内の絵はシンプルな線で引かれていて、フリーハンドっぽい適当さがあるのだけど、綺麗にまとまってもいて、その絶妙なさじ加減もユーザーが求めているファミレスの「穏やかさ」をよく表現していると思う。黄色、水色、青と、色の数も極力抑えており、なんだかちょっと夢の中に迷い込んだ気にさせる。レトロゲーム感のあるフォントも素敵だなあ。

「ムーンパレス」は不思議な場所で、店の中に店員はおらず、何人かのお客さんが各々自分の席で時間を潰しているだけの空間だ。時間の進み方もおかしくて、何時間、何十時間、何日間経っても夜は明けず、客たちはお腹が空くことも歳をとることもない。
試験勉強をするためにふらりと「ムーンパレス」に訪れた主人公は、ここを脱出するために人々と会話をし、ドリンクバーのあいだをうろうろ行き来しながらムーンパレスの謎を解き明かしていく。とはいえ”謎解き”という部分にはあまり重きを置いておらず、彼らとの会話は、会話を楽しむための会話であり、のほほんとした優しい空気感が常に漂っている。みんなこの「ムーンパレス」にずいぶん長いこといるようで、なんだか仙人みたい雰囲気の人たちばかり。そのためか変にキャラ同士がベタベタしていなくて、からりとした彼らの関係性もまた気楽さというか居心地の良さを覚える。
ドリンクバーを片手に店内をうろつき、みんなと雑談していると、ゆるりゆるりと時間が進んでいく。ぐるぐる店内を散策することが苦にならないのは、演出やBGMで急かされている感じがちっともなく、ストーリー的にも、何かを”防ぐ”とか”戦う”とか”解決”するというのではなく、すでに起こっている事象に対してを「どうしよっかあ」くらいのゆるいテンションで構えているからなんだろう。
マウスをクリックしたときのテキストが流れるスピードや、ちょっとだけ快感になる各効果音、あたたかい色合いの照明や、向かい合って座っているけど目線はどこか適当な方に向かっている絵の感じ。そういうプレイしていてユーザーが「ちょっと気持ちいい」と感じるさじ加減が非常に上手い。

ちなみに本作にはミニゲームとしてゲーム進行やエンディングには関係のない「間違い探し」が用意されていて、これはかなり鬼畜だった。パッと見で見つかるものもあれば、ドットレベルの微妙な違いが答えになっているものもあり、後半になるほど難易度はあがるため隅から隅まで総当たりみたいに適当にクリックして運よく見つけたものもたくさんあった。「暇つぶし」そのものをゲームのテーマにしている気もするし、こういうストーリーと直結しないミニゲームに時間を潰すのって最近のゲームでは少なくなったよなあとも思ったり。

ストーリーを進めていくと登場人物の過去が明らかになったり、コーヒーで床が汚れたり、秘密の部屋に行けるようになったりと、色んなことが起こるのだけど、急かされている感じが全然なく、実際ここでは無限と言えるくらい時間があるので、のんびりとした気分でゲームを進めていける。きっとそれはどこか達観したキャラクターたちと飄々とした主人公の性格が影響しているのだろう。

ただなんとなく側にいて、話したりする、適度な距離と温度感。そういう時間って実はすごく大事で、私がむかしファミレスに入り浸っていたときに感じた。「気怠くてあたたかい時間」の感覚がこのゲームには確かにあった。

一応エンディングは2種類くらい用意されてるのだけど、どちらが正しいものだと正解が決まっているわけではない。また、物語は割とシンプルでわかりやすく、その分"余白"や"奥行き"が感じられるので、色んな「可能性」が残されている気もしてそんなところも好きだった。
あと主人公がなんの試験勉強をしていたのか最後に少しだけわかるのだけど、なんか思ってたのと違くてそこは笑った。
たぶんこの心地よさは「二度と会えない人」が元気でいればいいなあみたいな気分でもあって、それをぜんぜん押しつけがましくなく表現している点こそが本作最大の魅力なのだろうなと思う。少なくとも私にとっては。
ファミレスに流れる長く引き延ばされた「時間」と、熱くもなく冷たすぎもしない心地の良い「平温」を守り続けたゲーム。3時間くらいでクリアできるのも良いですね。
永遠のファミレス、享受いたしました。

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