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【エッセイ】メイクアップアーティスト 小林さん

名古屋駅で資生堂がメイクのイベントをしていた。
赤いスッタフジャンパーを着た女性達が呼び込みしている。
INOUIという新商品を試すことができるようだ。

しかし困ったことに、内心はすごく試したいのだけど、
自分から「何のイベントですか?」と聞いて積極的に参加するのが恥ずかしい。
あくまで「お誘いを受けたら行きますよ。」というスタンスをとりたいので、すぐにイベントに参加することができない。

何で恥ずかしいのか?
試供品をもらえるかもと期待しているので、そのあつかましさを披露してしまうからだ。

周辺をウロウロし、声をかけられるのを待った。

何のイベントかな?と辺りをうかがうような表情を作りながら。

見かねたスタッフの方が声をかけて下さった。

「20分ほど待つことになりますが、よろしいですか?」

「はい! 大丈夫です!」

20分くらい全然待つ。それに、待ちながらメイクアップアーティストのショウも見ることができるそうで面白そうだ。
イベントのポスターが貼ってあり、メイクアップアーテイストの”小林太郎”さんがやさしく微笑んでいる。爽やかな雰囲気の若い男性だ。

ふと、イベント会場をぐるりと見まわした。スタッフの皆さんはなんだか貫禄がある。

メイクのお仕事をする人は若い女性の印象があったが、資生堂のスタッフの方達はベテランの女性が多い。

全員40代以上、いや50代以上かもしれない。
なかには白髪の人もいた。

長年、資生堂で働いてきたのだろうか。

ベテラン感があるけれど、イベントにはちょっと不慣れなのか、小林さんのメイクアップショウの準備にワタワタしている。
マイクテストで「キーーーーー!!!」とハウリングさせたり、しまいには、マイクのスピーカーの充電が切れたようで
司会の方は
「メイクアップショー 始まりまーす!!」
とマイクなしで地声を張り上げていた。

時間になり、メイクアップアーティストの小林太郎さんがステージに登場した。

いや、その前からいらっしゃって、自分でライトのセッティングをしていた。
どう見てもイベントは小林さんの方が慣れていそうだ。

小林さんは手持ちマイクではなく、頭につけるタイプのマイクを装着している。小林さんのマイクはちゃんと機能しているようだ。

すると、小林さんは、自分の顔の横にあるマイクの方向を変え、隣で大きな声をだしている司会のお姉様の声もひろえるようにしたのだった。

お姉さまの”キュン”という心の声が聞こえた。

え? と戸惑いながらも、嬉しそうな顔だった。ぴったりと小林さんの横に並び

「すみませーん。息子といるみたいでー」

と話し始めた。会場に笑いが起きた。

照れ隠しだったのかもしれない。おしゃれなメイクイベントとは一味違う親しみのあるイベントになった。

そこから、モデルさんへのメイクアップショーが始まったのだが、小林さんの商品への愛がつまったショーだった。

スクリーンでもモデルさんの顔は映っているのだけど、何度も
「あー 白とびしてる。実際に見てほしいなぁ」
と商品の良さが画面を通してでは伝わらないことをおしがっていた。

INOUI(インウイ)というブランドは

”あなたが生まれ持った魅力を活かし、美しく引き立てるメイクアップ”

がコンセプトらしい。
小林さんがチーク筆でモデルさんの頬をなでると、まーるくふわっと内から輝いた。本当に自然体の魅力があるメイクだ。

プロだなー と思った。

メイクアップショーの途中で、私のメイクの順番が回ってきた。
カウンターで60代くらいの女性スタッフが待っていた。

「小林さんのメイク見ました?」
メイクではなく、小林さんの話が始まった。

「あ、はい」

「やっぱりオーラがあります」

スタッフの方は高揚している。
オーラは感じていなかったが、確かに改めて見ると、顔が小さく普通の人とは違う華やかさがある。
「社員さんも、はじめて小林さんに会われたんですか?」
「そうなんです。研修のビデオでは見てたんですけど、実際にお会いしたら背も高くて素敵ですぅ」
とスタッフの方は、目を輝かせる。
資生堂のスタッフの方達にとっては、今まで画面で見ていた”有名人”を初めて生で見た状態になっていたのだろう。
イベント会場がワタワタしてるのは、小林さんの登場がそうさせていたのかもしれない。
皆のアイドルが登場した状態だったのだ。

私は小林さんの話を聞きながら、画像診断を元にメイクをしてもらった。
ちなみに、画像診断で出た結果は、

顔 長め、
頬 長め、
眉と目が離れている

いや、知ってるわーという内容だった。

”あなたが生まれ持った魅力を活かし、美しく引き立てるメイクアップ”
をするには、現状の欠点も認めることから、と割と酷なことが始まる。

私のメイクが終わると、ちょうどメイクアップショーも終わった。そして小林さんが誰か1人にメイクをするという。

「してもらいたいなぁ」

と言ったのは、私の横にいたスタッフの方だった。
「してもらったらどうですか?」
できないと分かっていながら、そんな言葉が出た。いや、本当にしてもらったら仕事にモチベーションがもっと上がるだろうと思った。

しばらくすると、メイク中のお客さん達のところを小林さんがグルグルと歩き始めた。
近づいてきた?
選ばれたらどうしよう? ドキドキし始めた。

しかし、私の前の席にいる人ところで小林さんは止まった。期待していないつもりだったが、選ばれないとなるとちょっと残念だ。

その時だった。あたりがパーと明るくなった。メイクカウンターにライトが灯ったのだ。
それまで気づかなかったが、外だし、雨だったのでカウンター周辺は暗かった。暗がりでメイク。考えて見れば、なんだか妙だ。

「急にライトがつきましたね」

と、スタッフの方に話しかけた。

「ほんとですねー アーティストはライトまでつけちゃうんだわ」

朝からメイク用のライトが故障していて、何をしても点灯しなかったらしいが、それが点灯したそうだ。

ついに小林さんはライトまで点灯させ、神様みたいになっていた。




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