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好きすぎると、好きな理由は説明できない……

 エッセイ連載の第14回目です。
(連載は「何を見ても何かを思い出す」というマガジンにまとめてあります)

 あなたは、好きなものについて、語れるほうですか?

 あと今回は、ぜひ見ていただきたいドラマがありまして……

どういうところが好きなんですか?

 先日、突然、こういう質問をされた。

「山田太一作品をよく引用されていて、お好きなようですけど、どういうところが好きなんですか?」

 すごく嬉しい質問だ。
 大好きな山田太一作品について、語っていいわけだ。

 さあ、語っちゃうぞと、勢い込んでしゃべりだしたのだが、ぜんぜんうまくしゃべれなかった。
 しどろもどろになってしまって、果ては「なんで好きなんでしょうね?」などと言い出してしまう始末だった。
 うまく伝えられない自分に腹が立つし、まるで伝わっていない様子の相手を見て悲しくなる。

 不思議だった。山田太一作品は、映像を探しまくって、何度もくり返し見て、マニアの領域だと自分でも思う。
 それなのに、そのよさをちゃんと語れないとは。
 愕然としてしまった。

 私が感じたのは、なんか煙をつかむようだった、ということだ。
 山田太一作品が好きな理由はたしかにあり、それをつかむこともできるのだが、それは煙みたいなもので、相手にほらこれと差し出し見せることができないのだ。つかんだはずの手には、開いてみると何もないから。
 でも、実態がないというわけではない。たしかにあるのだ。だけど、つかめない。

初めてのブックトーク

 初めてブックトークというものに参加したときのことを思い出した。
 私を含め何人かが、自分の大好きな本について、みんなに紹介した。
 私以外にも初めて参加する人が多かった。
 初めてだから、それこそ自分が人生でいちばん大切に思っている本を持ってきていて、そういう熱い思いをまず語ってから、いよいよどういう本かという説明に入るわけだが、そこで言葉につまる人が何人もいた。
 どう面白い本なのか、うまく説明できないのだ。なぜ説明できないのか、当人がいちばん当惑しているようだった。
 大切を本を、うまく紹介できなかったことに、がっかりしている人もいた。
 しかし、私はそのとき、とても感動した。大好きな本だからこそ、うまく言葉で説明できないだということが、すごく伝わってきたからだ。その大好きさに感動したのだ。
 そういうものなんだなあと思った。

好きな理由を答えたカップルは別れる

 こういう心理実験も読んだことがある。
 カップル(恋人どうし)をたくさん集めて、2つのグループに分ける。
 一方のグループには、「相手のどういうところが好きですか?」という質問に筆記で答えてもらう。
 もう一方のグループにも質問に答えてもらうが、それは恋愛には関係ないこと質問だ。
 そして、半年後、それぞれのグループのその後について調査したところ、好きな理由を答えたグループのほうが、別れていたカップルが多かったのだ。その差は明らかであったそうだ。
 なぜ、好きな理由を答えると別れる確率が上がるのか?
 実験をした人たちの分析によると、好きな理由を言葉で書くと、好きな理由が明確になる。たとえば「やさしいから好き」とか「たのもしいから好き」とか。そうすると、やさしくない面に接したり、たのもしくない面に接したときに、好きな気持ちが消えてしまいやすい。と、そういうことなのだそうだ。
 なんとなく好きというふうに、好きな理由が漠然としていたほうが、関係が壊れにくいということだ。
「わたしのどこが好き?」という質問は、じつはとても危険なのだ。

「語れないのは、本当に好きではないから」は本当か?

 先日、「ちゃんと語れないのは、語ろうとしていることへの本当の情熱がないからだ。伝えたい想いがあるのなら、伝えられはず」という意見を目にした。
 しかし、これはむしろ逆だろう。
 本当に好きであるほど、むしろ語れないのではないだろうか。
(かといって、ペラペラ語れような人はそれほど好きではないんだ、などと決めつけるつもりもないが)

 たとえば、20年も30年も仲良く暮らしてきた夫婦に、お互いのどういうところが好きなかを聞いても、これは説明できないほうが当然だろう。
 いろんな積み重ねがある。そのひとつひとつについては語れても、全体におおまかに語るようなことは、もう不可能になっているはずだ。

 本や映画やドラマなどの作品とのつきあいにもそういうところがある。
 つきあいが深いほど、どこがいいなんて言えなくなってしまう。

 とはいえ、そうも言っていられない。
 今年はカフカの生誕140年なので、私のようなものでも、カフカについて語る機会を与えていただけそうだ。
 そのときに、好きすぎてうまく説明できませんと言っても、誰も感動してくれないと思うので、そこはなんかとうまく語らないといけない。
 しどろもどろにならないよう、ちゃんと準備しておこうと思う。
 もちろん、カフカと別れてしまうことにならないよう、気をつけながら。

じつは……

 このエッセイは、じつは最初はちがうことを書くつもりだった。
 山田太一の代表作のひとつ、『男たちの旅路』第1部から第3部までの再放送が、NHKのBSプレミアムで、5月12日(金)から始まる。
 これを少しでも多くの方に見てほしくて、『男たちの旅路』がいかに素晴らしいドラマかについて書こうとしたのだ。
 でも、ぜんぜんうまく書けなかった……。
 で、しかたなく、うまく書けないということについて書いてみた。

 なので、ぜんぜん紹介にも宣伝にもなっていないが、ぜひご覧いただきたい。本当に素晴らしいので! それしか言えない……。


『男たちの旅路』はDVDも出ている。
 今回、第4部は放送されないのだが、第4部の『流氷』と『車輪の一歩』は大名作なので、ぜひDVDでご覧いただきたい。

 シナリオ本も出ている。
 本で読むのもとてもいいので、ぜひ!
 第1部から第4部までが1冊におさまっている。



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