怪談「ブログ執筆依頼」
Cさんから飲み会で聞いた話。会話はそれっぽく再現してあります。
リモートワーク制にしたら退職者数が何倍にもなったので、うちの会社の上層部は慌てて「在宅勤務を減らそう!」「飲み会を増やそう!」という方向に舵を戻した。
「手取りの少なさが原因だろ」という魂の叫びはさておき、久しぶりに行った飲み会で、Cさんから聞いた話。
中途でうちに来たCさんは、前職を辞めた後、数年無職の期間があったという。貯金を切り崩しつつ、アルバイトや単発のライティングの仕事でなんとかやっていたそうだ。
「いいなあ。ライティングの仕事、憧れなんですよねえ」
「結構言われるけど、意外と大変だよ? 検索に引っかかるよう、決められた言葉をいくつも入れなきゃいけないとか、『このアピールは最低何文字で』って決められてるから、カルピスみたいに薄めた情報で文字数稼ぐとか……好きで書くのと仕事で書くのってやっぱ違うわ」
Cさんは話上手でお喋りでもあったが、時折言葉に詰まったり、「言うかどうか悩んでから話題を変える」など、明らかに歯切れの悪い挙動が目立った。
酔っていたということもあり、下ネタ大丈夫ですよ私は、なんてうざい絡みをしていたら。
――変な案件やって、それで辞めたんだよね。
お、と思った。
私怪談とか、変な話も好きなんです。「男性募集」の怪しいポスター写真を撮って集めているのも証拠として見せたら、彼は苦笑しながら話してくれた。
「陰謀論とかも好き?」
「ええまあ。信じてないけど、都市伝説やオカルトとして、面白いですよね」
「じゃ、ネタとして。今はもうないんだけど、ランサーズみたいに、執筆依頼が出るマイナーめなサイトがあったわけ」
もうちょっと「素人感」のある、企業と個人の依頼がごった煮になっている、少しアングラなサイトだったという。今でいうステマ依頼も横行していたらしい。
「ブログの執筆代行ってのがあってさ。企業じゃなくて個人で、別にPRとかでもなく、今日は何食べました、こんな本読みました、みたいな他愛のないやつ。ごく普通の、都内在住会社員の」
え、何それと思った。
「自分で書けばいいじゃないですか。それでいくらなんですか」
「1文字1円」
「……?」
Cさんは、慣れた様子で「その内容ではワリがいい方」と説明してくれた。(未経験や最安だと0.1円もあるし、専門知識系だと3円を超えるとか)
ブログは、「毎日の分」で「400字くらい」なら内容も自由。最初は数日ずつの依頼だったが、慣れてくると一ヶ月分まとめて納品スタイルになったという。
ということは、1日400円、月12000円のコストをかけて、わざわざ平凡なブログをやっていた誰かがいることになる。
「当時はAIとかなかったけどさ、行った店の紹介、昔見た映画や本のあらすじで文字数稼いで、ちょっと感想付け足したら余裕で400字行くから、楽勝の小遣い稼ぎだったんだよね」
「誰が、何の目的でそんなことを? マルチ商法の釣り用とかですかね?」
うーん、とCさんは返事を濁す。
「単身赴任の夫の、浮気のカモフラージュとか」
「俺もちょっと、そうかもって思って、調べてみた」
――納品テキストって、そのままウェブに載らないことも多いんだよ。やっぱボツってなったり、書き換えられたり、あとは印刷されると検索にも出ないし。
依頼仲介サイトを通して納品していたため、自分の書いたテキストが何のブログに載るかは知らされていなかったらしい。
でも、本文で検索したらあっさり出てきた、と。
「マジで普通のブログだった。アクセスカウンターとかはなかったけど、誰も見ないような」
――でも、気持ち悪くてさ。
Cさんが依頼を受ける前は、別の誰かが同様に記事を書いていたらしい。扱う題材や文章のクセがまるで異なっていたが、何の説明もなく、ある日突然、Cさんが納品した文章に切り替わっていた。
ブログは五年以上続いていて、全部見る気もないので一年ごとに見たら、やはりその前も、その前の前も、別人の筆致だった。
「……何のために、そんなこと」
「よくある金のためっていう動機、分かりやすくていいよね。逆に好きになったよ俺は」
Cさんは焼酎を一気にあおり、続けた。
「ブログを毎日続けることだけが目的、って感じだったよね」
もしかして。はっと思いついたことがあり、私は声を上げた。
「言いにくいけど、亡くなった息子さんのブログを、親御さんが続けさせたがってるとか」
「ちゃうと思う」
「ちゃいますか」
断言された。
――過去の記事見てるときに、気づいたんだ。なーんか、変でキモチワルイなって。
「コメントが一個、必ずついてる。ブログ主が承認しないと閲覧者には見えないけど、コメントがついてることだけは分かる」
「全記事ですか」
「ぱっと見全部」
「犯罪組織の連絡とか……いや、絶対違いますね」
メールの下書き機能でスパイがやり取りしていた事件を思い出したが、ブログのコメントは高セキュリティとは思えない。
また、Cさんは焼酎を飲み干し、同じものを注文する。
「でさ、どこか一個、必ず日本語間違えてんの。たとえば『ひまわりが咲いて』を『ひわまりが咲いて』に、『天気』のキを機械の『機』にする、ちっちゃい『っ』が大きい『つ』になってる、みたいな」
「…………まあ、私も入力ミスとか誤変換とかよくしますけど」
「そう。俺も、前のライターはよっぽどそそっかしいんだなって思ってたのよ」
――大したことない。大したことないんだよ。ごめん、ここまで喋っておいて。悪いな、やっぱサツマゴトだったわ。
酒が回ったのか、赤い顔をしながら、急にCさんは「大したことない」を連呼した。ごめんごめん!と手を上下に切るのをなだめ、私はなんとか続きをねだった。
ほんと大したことないんだけど、と何度も言いながら、Cさんは日本酒を舐めながらやっと話した。
「俺の記事はさ、やっぱ自分が書いたのだから、そんな読まなかったわけ。でも非表示とはいえコメントついてるし、気になって、後から読み返したら、」
――間違えさせられてた。
「えっ?」
「だから、ミス、させられてたの。ちゃんと書いて納品したテキストを、わざと一か所変えられて、アップされてた」
え~、と驚きながら、何と言っていいか分からなかった。趣味で記事や小説を書いている身としては、気持ち悪いことは想像に難くない。
「それは、なんというか……。たとえば、『ひまわりをひわまりと呼ぶのが正しいと思ってて、その日本語プロパガンダ』みたいな……?」
「間違い方もあんま統一感なくて、そんな感じじゃなかった」
じゃあ分からない。
でさ、とCさんは、肺を空にする勢いで息を吐いた。
「納品後だからどう変えられても仕方ねえんだけど、でも、めちゃくちゃムカついて。酔った勢いで間違いだらけの日記ガーッて書いて、送ったんだよ。じゃあこれでいいだろって」
「どうなったんですか」
緊張しながら訊いたが、「リテイクくらった」とだけ返ってきた。
「あ、それは駄目だったんですか……」
自分で間違いを増やすことに意味があるのだろうか。
「クソって思いながら、じゃあ一個残してやるよって、一つだけ間違い残してから送ったら」
「送ったら……?」
喉に何か詰まったような顔で、Cさんは言った。
――ありがとうございます。とても助かります。
それだけすぐに返信が来て、次のオファーが1文字2円で来た。
猛烈に気味が悪くて、Cさんは依頼を断ったらしい。
少しもったいないと思ったが、「ごめん、大したことなかったでしょ?」と苦笑いする本人には言えなかった。
飲み会も終わり、夜道の別れ際、Cさんはこっそり教えてくれた。
――辞めた後調べたら、ブログ主の名前はひらがなの「〇〇さん」って名前で、他にも数個あったんだよ。俺は都内の設定だったけど、全国にいることになってた。同名のブログもあったけど、日本語ミスで見分けられた。
その名前で調べようと思い、私はスマホを取り出したが、「もうないよ」と釘を刺されてしまった。
「もうないから、教えたわけ」
「そう、ですか」
「俺にはわかんないけど、なんか、〇〇さんなりに、目的達成したんだろうな。陰謀論とか見ると思い出すよ。悪のボスが一人いるんじゃなくて、実際現実に暗躍する組織がもしいたとして、きっとみんな、自分がやってることの意味とか、一人一人は知らされてないんだろうなって」
〇〇さん、あるいはそのブログを運営する組織の目的は、達成したのだろうか。
――実は失敗したのではないだろうか。Cさんがライターを辞めた年は全国的にも色々あったので、ついそう思ってしまった。真相は分からない。
創作です。
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