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【詩】押切橋を越えて

坂をくだって、街をめざす
谷のむこうに眺める空は、高い
まぶしく、かがやいている
傾斜の深さに、ためらい、ひるんで
怖じ気づく足を励ましても
踏みしめる重さの繰り返しに
骨がきしみ、膝がわなないてしまう

武蔵野台地を流れる野川、源流の谷間
押切橋を越える、密かな抜け道
でこぼこも、ぬかるみも忘れて
平然と、家が建ち並ぶ
だが、奔流が刻んだ大地の起伏は
変わらず、くるぶしを悩ませる

橋のほとりにたたずめば
絶え間なく、流れてゆく水が
せせらぎ、風をさそう
わたしは、見失われた田畑のみどりを
目のまえに、思い浮かべようと
川上に、わずかに残された森の茂みの
小鳥の声に、耳をすましている

人は、足早に先を急ぐ
橋をわたれば、急峻なのぼり坂だ
押切橋は、通過点にすぎない
谷のむこうにあるはずの希望を信じて
下りたなら、上らずにいられない

坂のたもとで、見上げている
崖は、コンクリートでなだめられ
躓くことも、転ぶこともないだろう
けれど、けものが通った名残りの道は
素っ気なく、見下ろしている
空間が、無言で手招きするだけ
つま先立って、瞳をこらしたところで
浮かぶ雲が、すましているばかり


©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。