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【詩】落流

ため池は、さざ波に鎮まり
枯れていく、山の景色を映している
黒く光る鏡に、水鳥が立ち止まり
小さな滴の音が、波紋をひろげている

山あいの向こうに、遠い海原が耀き
その手前を、川の堤防が横切っていく
坂をくだれば、広漠たる圃場
張りめぐらした、疎水の迷路を
足早な水が、行き先を探してはしる

用水は、順を繰って流れていく
上手の土地から下手の土地へ
無数の分岐を繰り返し
堰を越え、落差を跳んで
門をくぐり、暗渠を抜けて
迷うことなく、約束の河口を目指す

稚魚と遊び、田畑をうるおし、
花を咲かせて、虫を育み、
土手を濡らして、埃をあらう
流れは、足をとめようともせず
一目散に、通りすぎていく
やがて、開け放たれた鉄の扉から
惜しげもなく、吐き出される

行き着いた川に、注ぎ流れる水が
どの山の泉に発し、どの原の道を経て
どれほどの命と過ごしたか
誰も、問うてみようとはしない
開けた川面の姿のほどに
空を眺め、ため息をつくばかり

枯れ木を揺らす、山の風
水面をわたる、海の風
ため池は、深い呼吸を繰り返し
降りそそぐ、黄金色の日ざしを浴びて
ひととき、沈黙に安んじている
水瓶に湛えた、密やかな野望を
解き放つ時機ときを待っている


©2023  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。