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【詩】墜落

いちまいのトンボが
土手の地面に堕ちている
翅をひらいて、飛んでいたときの
姿のまま、踏まれたまま

見ひらく眼に、空の景色を映しはしない
渇いた翅で、風に羽ばたくこともない
吹き晒されて、色褪せて
夢を追い、時を泳いだ記憶のまま
干からびて、朽ちていくだろう

あてなく生まれ、泥にまみれ
ヤゴの鎧に、生身をつつんでいた日々も
羽化に目覚め、痛みに耐えて
トリの影に怯えながら
濡れた翼を、干して過ごした明け方も
つぶれた背中に、染みてくすんで

あの日、どこにいたのだろう
水のほとりに、置き捨てられた脱け殻は
跡形なく、忘れてしてしまった

空を駆け、風にただよい
ガラスの翅で、波に浮かんだ煌めきも
見果てぬ地平に、未来を信じて
力まかせに、高みを目指したときめきも
通りがかりに、踏みつけられて

瞳は、何を見たのだろう
祈りは、どこに消えたのだろう
白いひなたに、平たくのした亡き骸は
悔いもなく、あきらめている

やがて、雨がくるだろう
しずくが、疲れを洗うだろう
気づかれぬまま、残らず朽ちて
大地に、溶けていくだろう

©2024  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。