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英雄の魔剣 7

 堅牢な鱗(うろこ)に覆(おお)われた川に棲(す)むサーペント。海にいるものより、小ぶりで力も弱い。だが鱗(うろこ)に猛毒がある。それに触れると、酷い火傷になる。それを、三人とも知っている。
 世継ぎの王子は抜剣した。幸い、サーペントはまだこちらに気が付いていない。不意打ちしてやろう、と即座に判断した。静かに忍び寄る。
 いや、歩むより跳躍して斬りかかる、それが早く確実だ。王子はそうした。サーペントに向かって跳び、剣を叩き付けるように斬り込む。
 体が温かきモノに包まれるのを感じた。セシリオの防護の魔術だとすぐ分かる。
 王子の黒き魔剣は、河川サーペントの毒付き鱗(うろこ)を巧みに粉砕した。思ったよりも硬い。血ではなく、毒液が流れてくる。赤黒い毒液。得も言われぬ悪臭がする。息をするのが不快だ。

 河川サーペントは痛みに怯(ひる)む。この機を逃さず、勢いをつけるため後ろに下がる。再度前方に跳ぶ。今度は剣先を喉元(のどもと)に差し込む。ブスリ、と肉を切断する手応え。深く刺し、深手を負わせた。こうすると毒の鱗には、横殴りに斬りつけた時より、ずっとわずかしか触れないで済む。
「この敵には、剣先での突撃をする!」
 アレクロスは気合を入れた。

「王子殿下!」
 そう叫んでから、サーベラ姫ははっとなった。お忍びなのに、わたしはなんということを、と。幸い、周囲を見渡しても三人の他には誰もいない。
 姫はワンドをかまえて、自分も気合を入れて念じた。
「光の矢よ、翔べ」
 銀色の矢が放たれる。河川サーペントの長い胴に突き刺さった。鱗を撃ち抜いてから、明るく輝いて消えた。

 アレクロス王子は、敵の頭上よりも高く跳んでいた。魔術の力を結集した甲冑だからこそ出来る。落下の勢いを借りて魔剣を振り下ろした。その刃が当たるより、サーベラ姫の魔術が敵を射抜くのが先であった。
 魔剣の突きをサーペントはかわした。頭を大きく横に反らして。
 アレクロスは川に着水する。腰のあたりまで水が来る。決して浅くはない。動きが鈍ってしまうだろう。
 幸い、セシリオが王子に身を軽くする魔術を掛けた。アレクロスの動きが楽になった。サーベラ姫がほっとして胸に手を当てたのに、王子は気が付いていた。その姫に向かって叫ぶ。
「早くとどめを刺せ! 俺にかまうな!」
「しかし、王……いえ騎士様!」
 あたりに人はいないが一応用心してのことだ。
「大丈夫だ、俺は持ちこたえる!」

 サーベラ姫はと言えば、心を決めていた。ここへ来て生ぬるい振る舞いは、王子殿下の望まれることではないだろう、と。
 気合を入れてワンドをサーペントに突きつけた。先端から青い火焔がほとばしる。それは渦を巻いて標的と、それから王子をも包み込んだ。

――私たちが作り上げた魔力ある漆黒の鎧と、兄の防護の魔術。その二つが王子殿下をお守りくださいます。必ず。

 姫は念じ、かつ祈った。魔術と知識の神たるトーラス神に。魔術と知識、のみならず、むろんそれを使いこなす知恵と賢明さもトーラスが司(つかさど)り加護を与える。

 王子は姫の叫びを聞いていた。背後から冷たく同時に熱い炎が迫り来て、王子とサーペントとを包み込んだ。何とか耐える。炎に包まれている間は短い。あっという間であった。だが常人ならば永遠の拷問のようにさえも感じたであろう。フィランスはと言えば、さしたる火傷も負わなかった。
 河川サーペントはかなり弱っている。冷たい水の中に棲(す)むゆえ、熱気には弱いのであろう。そう考える。
 姫にはつらい思いをさせたであろうが、あのまま剣で戦うよりも早くカタが付いた。かえってアレクロスの怪我は少なくて済むのだ。だからこその決断である。
 だが、まだ油断は出来ない、幸いにも、サーペントより速く王子は動くことが出来た。
 魔剣を手に、切っ先を突き入れる。手に伝わってくる鈍い手応え。肉の筋を断ち、ブツブツと切る音。
 王子はその感触と音に、何とも言えない快感を感じた。心の底から、腹の底から、奮い立つような、快感。戦意。闘志。それは、一歩間違えれば残虐さになりかねないものだ。
 今はもう、疲れも痛みも感じなかった。
 だから次の瞬間、セシリオの魔弾が河川サーペントを撃ち果たした時、王子は安堵(あんど)よりも残念な気分にすらなったのだった。

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