1200年代の舞楽の口伝書『教訓抄』における尺八・短笛・猿ノ骨
平安時代、宮廷音楽で使われた雅楽尺八の滅亡後、尺八は六孔から五孔へと変化し、武士、僧侶、猿楽師、田楽師、琵琶法師、連歌師など様々な人々へと行き渡っていった。
そして、1200年代の頃は尺八は「短笛」と呼ばれていたことが、『教訓抄』という楽書に書かれている。
教訓抄とは、
まずは、
巻第四
「他家相伝舞曲物語」の目録
『蘇莫者』に、尺八が登場します。
『蘇莫者』といえば、聖徳太子です。
〈訳〉
聖徳太子が河内の亀瀬を通り、馬上で尺八を吹かれた時に、その音色を愛でて山神が舞った。近代、法隆寺の絵殿に説明されている、云々
『教訓抄』の著者が、聖徳太子と尺八について、どの文献を参考にしたのかは不明。
聖徳太子は本当に尺八を吹いたのか?!という問題については、
詳しくはこちら↓
『教訓抄』巻八「管類」には、
とあり、
尺八の記載は無いですが、
短笛は尺八を云う
とあります。
長笛と短笛について書いてあります。四つに区切って読み解いていきます。
抑長笛 馬融善ノ吹者為長笛 有文選 馬季帳長笛賦 末代此笛ヲ傳テ不吹 可レ尋
〈訳〉
馬融は長笛が得意であった。『文選』に季帳の長笛賦がある。末代ではこの笛を伝えてはいるが、吹くことはない。
【馬融】字は季長(帳は誤記?)、東漢(紀元25年—220年)時期の学者、政治家。長笛(当時の一尺四寸 7孔)の達人。
【文選】中国の詩文選集。日本にも早く伝わり王朝文学に大きな影響を与えた。ここでいう「文選」は恐らく馬融作の「長笛賦」のことだと思われる。
こちらの翻訳は中国人の知人に確認しました。馬融という学者は紀元前の人で、この時点で1200年以上も前に長笛の名人であったということなんですね。「可レ尋」とあるので、確信はないということでしょうか。
短笛ハ尺八云
〈訳〉
短笛は尺八のことを言う
一節切という呼称は1593(文禄二)年にはじめて確認される(井出氏)そうで、平安時代には絶えて無くなってしまった古代尺八が、「短笛は尺八を云う」とあるように、「短笛」という名で新たな尺八に変化している。
律書楽図云是以為短笛
〈訳〉
律書楽図では、短笛は尺八の事をいい、縦笛を吹くものである。
律書楽とは、中国の楽書のこと。
和名類聚抄(982年) に、「律書楽図云尺八為短笛縦笛吹者也」とある。
短笛と呼ばれていたのは900年代からと辞書に書かれているということで、結構古くからそう呼ばれていたとのこと。
国立国会図書館デジタルアーカイブでも見れます。
以前、ここから「律書楽図云尺八為短笛縦笛吹者也」の部分を探そうかと挑戦しましたが挫折しました。笑
今ハ目闇法師猿楽吹く
〈訳〉
今は目闇法師(琵琶法師)や猿楽が、吹いている。
尺八を吹いていた猿楽法師についてはこちら↓
こちらの琵琶法師のかたわらに一節切(短笛)があります↓
或書云 尺八者 昔西国に有ケル猿ノ鳴音 目出カリケル 臂ノ骨一尺八寸ヲ取テ造テ始テ吹タリケルナリ 仍名尺八也
〈訳〉
或る書には、尺八は、昔、西国では猿の鳴声に感銘をうけ、臂(肘)の骨、一尺八寸を取り作り始め、吹いてみたものであった。よってその名を尺八という。
尺八の起源が、唐代の呂才さん考案ではなく、猿の骨だった!という説。「或る書」は何であるかは不明です。
西国とは、ここでは天竺、インドのことだと思われます。
「猿の鳴声、臂の骨」に関しては、この『教訓抄』より300年後に書かれる『體源抄』に、さらに詳細に書かれています。
貞保ノ親王令吹 王照(昭)君ト云 楽ハ絶テ侍リケルヲ 彼親王尺八ヨリ横笛二 ウツサレタリ
〈訳〉
貞保親王が吹き、「王昭君」という。この曲は絶えてしまったが、貞保親王によって横笛に移された。
貞保ノ親王とふりがなされていますが、貞保親王(870-924)のこと。
清和天皇の第4子である南宮とも桂の親王とも呼ばれている人。
教訓抄の数年後の、1272年前後に書かれた『文机談』(ぶんきだん)に貞保親王が登場します。
まとめ、
聖徳太子のことや「今ハ目闇法師猿楽吹く」など、『教訓抄』にはこう書かれていると尺八の歴史本には抜粋されていますが、全文を調査したく解読してみました。図書館にあった正宗敦夫編纂の『教訓抄』は、大正時代に手書きで写されたもので、ページの記載も目次も無しで探すのに一苦労。もしかしたら他にも尺八の文字を見落としているかもしれませんが…。三大楽書の中で最も古い1200年代。よくぞ写し残っていたと思います。
尺八を始めた頃、岐阜の師匠が、尺八は野ざらしの骨に風が吹き込み音が出たのが発祥だと教えてくれました。その頃は、何処にそんなことが書いてあるのだろうなんて疑問にも思わず、師匠も「風が吹いて鳴るくらいに、軽く吹きなさい」というような意味で話してくれた気がする。古くはインドの話だったとは。「或る書」がかなり気になります…。
以上、
1200年代の舞楽の口伝書『教訓抄』における尺八・短笛・猿ノ骨🦴でした!
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