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【完全版】魅々子です。またお菓子を作りにきました。

前に逆噴射プラクティスで書いた話の完全版です。

魅々子 ミュージカル部の狂人。大好きな杏子先輩に会った時の照れを隠すため鉄仮面を着けている。お菓子作りが好き。
杏子先輩 ミュージカル部の麗人。魅々子の憧れの先輩。歌と演技が卓越しているため部長に推薦された。


あらすじ

お菓子作りにハマった魅々子は、「分子ガストロノミー」を手に入れるため、国内の研究機関の9割を爆破した。

しかし、学者の一人から「分子ガストロノミーは別にお菓子の名前じゃないし、君が襲ってるのは全部量子科学の研究所だよ。」と衝撃の真実を伝えられる。失意に沈む魅々子は、量子ポータルの実験場で愛車と共に姿を消してしまった……。

🚗

 捻転町8-88に極真空手道場、破破会は居を構える。20年間、手入れを怠らなかった畳、雄々しい筆勢の「ブラスナックル」の掛け軸、25名の黒帯の門下生達。鳥たちの騒めき以外は、日常の変わらぬ光景だ。

「皆揃ったな」師匠である改造ヶ原の嗄れた声が道場に響く。物言わぬ門下生は墓石めいていた。それもそのはず、伝統ある破破会では年長者の言葉は絶対であり、全身で傾聴することこそ、最高の尊敬の姿勢であるからだ。しかしそれはそれとして

CAAAAAAAADDDIIIIIILLLLLAAAACCCC!!!!!

突然の轟音!砕けちる門下生!破壊と殺戮は理不尽な爆音とともに訪れた!!

「師匠!あれは一体!?」生首を抱えながら、門下生の1人は尋ねる。
「わからん」
「師匠!やっちゃってイイっすよね!?」武闘派門下生は目を血走らせながら尋ねる。
「まだだ」改造ヶ原は首を振った。
「師匠!」
「師匠ッ!」

 血気盛んな門下生達の視線は、5秒前まで「ブラスナックル」のあった場所に注がれていた。
 状況を整理しよう。それは紛れもなく車のボンネットだった。時の大統領も乗った、キャデラックリムジンが道場に突っ込んでいるのだ。ライトはギラギラと光を放ち、道場内に舞う埃の動きを間断なく捉えている。
 ガチャ。キャデラックのドアが開く。理不尽の化身の姿を捉えるべく、門下生の集中力が研ぎ澄まされた。
 脚が伸びる。最初に見えたのは黒のハイヒール。下半身から上半身にかけてを覆うのは黒曜石の輝きを放つライダーススーツ。完璧なプロポーションだ。美貌も兼ね備えているのだろう。しかし、表情は窺えず。

 ただあるのは……鉄仮面!!

「こんにちは、魅々子です。お菓子は作れますか?」

 剣呑な雰囲気とは裏腹の質問に、門下生達の頭がバグる。キャデラック……鉄仮面……お菓子。共通項がまるで見当たらない。実際のところ、眼鏡をかけたレッサー門下生は、四則演算を唱えながら皆一様に昏倒した。

「ビビってんじゃねぇ!ドッセイ!」

 気圧されつつも、勇敢な門下生のドロップキック!破破会では最初に教えられる伝統の技だ!魅々子はそれを紙一重でかわす。びゅおんと風を切る音。

「ドッセェイセイ!」

 門下生の勢いは止まらない。着地とともに、繰り出される右フック左フック。鞭のような二撃に、魅々子はリズム良く頭突きを合わせる。その様はまるでメトロノーム。ばきっぼきっ。リズムカルな破砕音を奏でると、彼は断末魔をあげながら崩れ落ちた。

「そこまでい。」

門下生たちをすり抜け、魅々子の前に現れたのは、枯木を思わせる改造ヶ原だった。

「魅々子さんと言ったか。儂は道場主の改造ヶ原 大好。まずは弟子の非礼を詫びたい。」改造ヶ原はおもむろに膝をつく。

「だが……この場所を知られた以上は……すまないが死んでもらう。」改造ヶ原は、どの言語ともつかぬ言葉を唱えたのち、指を門下生の耳に差し込む。痙攣する門下生!それを合図に、異様な光景が広がった。魅々子の眼前で、全門下生が一様に自分の耳を指で貫き始めたのだ!伝播する痙攣!!

 武道では技術が熟達すれば、"段位"がもらえるのが一般的だ。そして空手道場である破破会でも"段位"がもらえるのは当然だった。

しかしこの"段位"、破破会においては少々意味が異なる。ここで言う段位とは改造ヶ原が施す誘塊術式、「One for all, All for one」を指すものだったのだ!!

「「せかいいあいじゅゅゅううのののこどどもももたちちちがあああぁああ」」


痙攣で歪んだ歌声がこだますると、融解した門下生たちは、互いに結合しはじめた。それはまるで元の形に戻るように、溶解と結合を繰り返していた。

「魅々子さんよ、これが儂の武道じゃ!」

そう言うと、改造ヶ原の背後が蠢き、正体を現した。

門下生達は王になっていた。比喩ではない。実体として王がただそこに在るのだ。

足の指が王冠を象り、宝玉のように門下生たちの顔面が飾る。威厳に満ちた髭は逞しい腕であり、指であった。ある人から見れば、それは地獄と形容するに他はないだろう。

魅々子は、それをただ見ていた。

「「ひろおおおげげよよよよよおおおおうううぼくくらららのののゆうめええおお」」

 王は舌と歯の並ぶ赤い大剣を振りかざす。ぶおん。10メートル程もある剣から生臭い突風が吹き荒れる。当たれば即死。魅々子の鉄仮面も耐え切れはしないだろう。どうする魅々子。

「ちょっとトイレいいですか」魅々子は改造ヶ原に問いかけた。

「ダメだ」まさかの要求に憤然としながら拒む改造ヶ原。「ここまで来てそれはないんじゃないのかね」「えっそんなあ」悄然とした声の魅々子。まさか断られると思ってなかったのだろう。

「ダメですかね。」

「ダメだ。」

「1分もかからないんで」

「ダメだ。」

「「とどどどけけけけけよよよよおおおおうううぼぼくくくら」」

「うるさいぞ!!お前たちは少し黙ってなさいッッ!!」

改造ヶ原がついに爆発した。年長者の言うことを聞かぬこの状況、彼にはあまりにも耐えられなかった。戦いのことなど、どこへやら。収拾のつかない彼が再び怒鳴り散らそうとしたその時

DOOOOOOOOOMMMM!!!!

瓦礫の崩れる音とともに、王が倒れた!未完成の身体が、大剣の重量に耐え切れなかったのだ。王の御足からは粘性の液が吹き出し、前につんのめる。

「わ、儂の武道が!!!!」改造ヶ原の叫び声は指の王冠に潰されると同時に消えてしまった。それと同時に、雪崩のごとく道場は崩れはじめた。

しばらくして、崩壊音が鳴り止むと、魅々子はキャデラックの中から這い出た。寸前に愛車に身を滑りこませていたのだ。

魅々子は辺りを見回すと、一面のコンクリートの破片、鉄骨、それを覆う王の粘液の海が広がっていた。

粘液は白く、シロップめいた匂いを漂わせている。もしや、美味いのでは。誰も彼女を止める者はいない。思い立った魅々子がそれを口に含むと、杏仁の味が口内に広がった。

魅々子は、閃いた。


その後、魅々子はタッパー三杯に詰めた杏仁豆腐を杏子先輩に渡した。マシュマロの一件もある、喜んでくれるだろうか。
杏子先輩は「結構美味しいけど、毎日はいいかな」とコメントを残し、残りは部員に分けた。
さあ今日は杏仁豆腐パーティだ!がんばれ魅々子!
(おわり)

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