小説【 dreamers 】9
英理の父、要が帰ったのは10時半。
帰りはいつもこのぐらいだった。もっと遅い日もある。恭子は風呂に入っていた。英理がダイニングに来ると父は夕飯を自分で温め食べている。着替えるのを面倒がっていつもワイシャツ姿のままだった。
英理はすでにパジャマで寝るところだったが、寝られそうにない。「おかえり」
「ああ、ただいま」
父は冷しゃぶを口に運ぶ。味わう感じはなくただ栄養補給の感じ。これもいつものことだった。見るたびに料理の作り甲斐がない相手、と思う。
「なんだ?」と要は英理を見た。「ママ風呂だ」とあごでさす。
「うん――」英理はまた空想する。「なんでいつもこんな遅いの?」と言ってみたら? どうなる?
「忙しんだよ。なんで」と父は聞き返すだろう。
「ママ寂しんだろうなって」
英理が真面目に言っても、
「なに言ってる」と苦笑しそうだ。「せいせいしてるよ」
「そうかな」と英理は真剣に返す。「もっと早く帰った方がいいよ」
笑い事じゃない。ママは不倫してる。されてるんだよパパ。
でももしかすると、パパは敏感に気づくかもしれない。
「なんか変だったな、今。『ママ寂しんだろうな』って言った?」
「うん――」
「どういう意味。ママ寂しくて、なに、なにした」
「――」
「まさか」
そんな風に詰められても私は言えない。察したらパパはどうなる?
暴力を振るうかもしれない。浮気なんてされたら、簡単に許せるものじゃないだろう。ママを殴るかも。
「英理から聞いたんだ」と言って。「証拠もなくそんなこと言うはずない」と言って。「どこの男だ。吐け」
両親の部屋からそんな声が聞こえる。
そしたらどうする? 立ち入るべき? 夫婦のことでも? だけど娘が頼めば、やめてくれるかも。でも私きっかけで揉めだしたら、言うことなんか聞いてくれないんじゃ?
「なんだよ」と要が冷しゃぶを食べながら英理を見る。「ママに用じゃないなら、なに」
「うん――なんでもない」と英理は首を振る。「おやすみ」と廊下に行く。自室に戻る。
***
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