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一度行けなくなった学校に中3の彼が戻れた理由。学校とサードプレイスの新たな連携の形とは

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友だちとも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。
子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子たちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

女子と話しているのを冷やかされ、周囲の目が気になるように

サトルさんは中学1年生。楽しみにしていた中学生活が始まり、毎日元気に登校していました。
小学校の時はクラスの男女がとても仲良く、いつも一緒に遊んでいたサトルさん。中学校でもクラスの女の子とすぐに打ち解け、仲良くなりました。

すると、別の小学校から来た男の子のグループが、そんなサトルさんをやっかみ半分で冷やかし始めました。冷やかしはからかいへと変わり、サトルさんは徐々に人の目を気にするようになっていきました。

夏休みに入って一旦落ち着いたものの、2学期が始まる直前に体調を崩して始業式を欠席すると、「周りの人が自分のことをうわさしている」という思いに囚われ始めたサトルさん。誰かに自分の悪口を言われているような気がして、だんだん学校に行けなくなってしまったのです。

そんなサトルさんを心配したお父さんが、サトルさんを連れて「このまちテラス」を訪れたのは9月のこと。「このまちテラス」は、学校での生活に不安や戸惑いを抱えていたり、学校へ通うことに困難さをもっていたりする子が多く通う、子どもたちのためのサードプレイスです。

「当時のサトルさんは『このまちテラス』でも人の目を気にして、ドアの陰に隠れるなど挙動不審でした。おどおどしていて自信がなさそうで、年齢より幼く見えました」
そう振り返るのは「このまちテラス」のスタッフで、この時からサトルさんに寄り添ってきたリョウタさん。リョウタさんには当時のことで、とても印象に残っていることがあると言います。

「サトルさんは『このまちテラス』に来るとよく絵を描いていたのですが、その絵がいつもモンスターと妖怪が一緒になったような生き物の絵で、『怖い人』『悲しい人』などのタイトルをつけていました。そんな絵を毎日のように描いていて、大きな不安を抱えているのだろうと感じたのを覚えています」(リョウタさん)

サードプレイスで少しずつ自分を取り戻し、別室登校にチャレンジ

「このまちテラス」に通い始めたサトルさんでしたが、3日続けて来たかと思うと、突然プツンと顔を出さなくなるなど不安定な状態でした。そこでリョウタさんはサトルさんが来なくなると家を訪ね、声をかけ続けました。

「訪問の目的はサトルさんとのつながりを持ち続けることです。だから雑談をしたり散歩をしたり、一緒に楽しい時間を共有することを意識していました。彼の家にスケートボードがあったので、よくそれで遊んだりもしました」(リョウタさん)

一緒に過ごしながら、さりげなく「『このまちテラス』でも待ってるよ」と声をかけたリョウタさん。するとサトルさんも笑顔になり、再び「このまちテラス」へ通うように。「このまちテラス」の中に友達も増えていきました。

そんな中で少しずつ自分のペースを取り戻していったサトルさん。中学2年に進学するタイミングで、別室登校をするようになりました。別室登校とは、学校の自分のクラスの教室には行かずに別の部屋で過ごすこと。 別室では自習をする他、先生が来て授業をしてくれることもありました。

「中2になる際のクラス替えで、彼をからかっていたグループと離れたことが1つのきっかけになったようです。ただ、1年近く休んでいたので、新しいクラスとはいえ教室には行きにくかったのでしょう。
でも、教室がすべてではありません。サトルさんにとっては別室に通えるようになったことが大きなプラスの一歩ですから、本当に良かったと思いました」(リョウタさん)

別室担当の先生も、休みの日にサトルさんを体験学習に誘うなど、積極的にサトルさんと関係をつくる努力をしてくれました。そんな先生をサトルさんも信頼し、会うのを楽しみにするように。
同時に、リョウタさんも2カ月に1回学校を訪れ、別室の先生や校長先生とサトルさんの状況や勉強のことなど情報を共有してフォロー。その際はサトルさんにも声をかけ、短い時間でも会話をするようにしました。

「学校に行けなかった時期、サトルさんは自分のことを『ダメな人間なんだ』と否定してばかりいました。だからこそ、別室登校ができるようになってとても喜んでいたんです。
この頃から以前のような不思議な絵も描かなくなって、本当に成長して落ち着いてきたんだと感じました」(リョウタさん)

ところが、サトルさんが中3になる直前、信頼していた別室の先生が他校へ異動することに。サトルさんはショックを受け、また学校に行けなくなってしまったのです。

スタッフが学校に訪問して生徒と過ごす「別室アウトリーチ」でサトルさんに変化が

サトルさんが中3になる少し前、「このまちテラス」では新しい試みを始めました。それまでは、スタッフが子どもの家を訪問する「アウトリーチ」を行なっていましたが、それに加えてスタッフが子どもたちの通う学校の別室に週1回出向く「別室アウトリーチ」をスタートしたのです。

中3になってから再び学校に行かなくなり、「このまちテラス」だけになっていたサトルさん。リョウタさんが「明日は学校の別室に行く日なんだ。サトルさんも来ない?」と誘うと、リョウタさんがいる日だけ別室登校をするようになりました。

リョウタさんは別室に行くと、まず朝イチで先生たちと情報を共有。その後はサトルさんたちと一緒に学習したり図書室に行って本を読んだりしながら、サトルさんたちが帰るまで一緒に過ごします。帰る前にもまた先生方とその日の情報を連携し、学校の方針と子どもたちの希望をすり合わせるなど、調整役を担いました。

「私の立場は『別室のもう1人の先生』というようなものでしたが、私はサトルさんと学校の先生との関係がより深くなっていってほしいと考えていました。そのための安心材料に私がなれれば良いと考えていたので、あえて指導的なことはせず、ただ皆と時間を共有するようにしていました」(リョウタさん)

1学期の終わり頃からは、校長先生が空いている時間に、別室の生徒たちに授業をしてくれることに。校長先生は社会科が専門で、特に歴史について、テレビドラマなどと対比させながら楽しく教えてくれました。サトルさんも「わかりやすくてすごくおもしろい」と校長先生の授業を心待ちにするように。

すると、リョウタさんが学校に行かない日にもサトルさん自ら別室登校をするようになり、2学期からは再び毎日登校できるようになったのです。

「安心できる人が学校に増えた」ことが、一歩を踏み出す勇気につながる

サトルさんが再び別室登校できるようになった理由について、リョウタさんは「安心できる人が学校に増えたことが大きい」と分析します。

「別室の新しい先生とコミュニケーションが取れるようになり、校長先生とも良い関係が作れるなど、サトルさんにとって心強い環境ができてきました。一度学校に行けなくなると次の一歩がなかなか出ないものですが、こうした中でサトルさんは一歩が踏み出せたんです。それが彼の自信になり、また次の一歩へとつながっていったと感じています」(リョウタさん)

同時に、「先生方が学校の方針や考え方をしっかり持ってサトルさんをサポートしてくれたことも有り難かった」と振り返ります。

「サトルさんの高校受験についても、中2の頃からちゃんと見据えていて、中間テストや期末テストを別室で受けられるよう手配してくれました。どうしたらサトルさんが良い方向に向かっていけるかを関わっている大人全員で共有できていたことが、良い変化につながったのではないでしょうか」(リョウタさん)

中2の頃から「卒業式には出ない」と言い続けていたサトルさん。卒業式が近づいたある時、リョウタさんはサトルさんに「中学の卒業式は人生で1回しかない。でも、自分が後悔しないと思えるんだったらそれでもいいと思うよ」と声をかけました。するとサトルさんは無言になり、考え込んでいたと言います。

「それがきっかけだったかはわかりませんが、後で彼が卒業式に参加したことを知りました。彼が最後の時間をクラスの皆と一緒に過ごせたことは、私にとって最も印象に残るうれしい出来事です。彼にとっても、それが新たな1つの自信になっただろうと思います」(リョウタさん)

現在サトルさんは高校に進学し、生徒会長として活躍しながら伸び伸び高校生活を送っています。休みの日には「このまちテラス」のボランティアをしたり、イベントを手伝ってくれることも。子どもたちからは「社交的でやさしいお兄さん」として慕われているそうです。


リョウタさんは今も別室アウトリーチを続けています。その活動の中で、多くの学校、先生が別室アウトリーチを求めていることを感じているそうです。

「別室を持つ学校は増えていますが、スタイルはさまざまです。中には先生と生徒の会話がほとんどなく、生徒が1人で勉強しているケースも。それが子どもにとって学びになるのか、安心して過ごせる場所になっているのか、疑問に感じることもあります。
でも、学校の先生は皆とても忙しく、別室担当の先生も受け持ちの授業などを持っています。それだけに、別室担当になって戸惑う先生も少なくないんです」(リョウタさん)

そんな時、リョウタさんのように生徒のことをよく知っていて良い関係にあるサードプレイスのスタッフが加わり、生徒と先生の間をつなぐ役割を担ってくれるのは、先生にとっても大きなサポートとなるに違いありません。

「別室アウトリーチの導入が一般的になれば、別室の形も変わります。それによって別室を子どものサードプレイスに、『居場所』にしていくことができるんじゃないかと考えています」(リョウタさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています

-文:かきの木のりみ

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