日本酒のブランディングについて

さて、こういう仕事していると、いろいろなところで商品のブランド価値を高めていきたい、とか、百貨店や高級スーパーで扱ってもらえるようにしたい、というような案件を話されることがある。そこで、どうやっていきますか、となると、デザインだとかバイヤーとの商談会に出展します、ということが一般的にやっている「対策」ではある。


まあそれはそれで大切なのだが、あまり話題に上らないのが、よしんば「百貨店の店頭に並んだ」「お客様に買ってもらった」ことを、『どうやって維持していくの?』ということである。リピーターの確保、という単純なものでなく、「そのブランドを維持しようとしていくために、どのような方法を考えていますか≒どのくらい予算をかけるつもりでいますか?」ということだ。百貨店の棚に並び続けるということは結構コストがかかる。もし、売れ残り、賞味期限が切れるような商品であれば、二度とその商品は並ぶことはないだろう。(だから、そういう商品が出ないようこまめに回って、期限が迫っているものは回収し、新しい商品と取り換えることをする会社だってあるのだ)


よく耳にするのが「味がいいからリピーターになってくれる」ということを生産者はいう。ところが、そうはいかない。どんな商品にも競合他社はいて、あの手この手のプロモーションでせっかく買ってくれたお客様の胃袋と脳みそ(タレントなどを使った信頼度向上、キャッチコピー、よりかわいらしいデザイン、そのほかもろもろのリピートしようというモチベーション)を奪っていく。お客様は、生産者が思う以上に浮気者なのだ。それを浮気させないためには、「ブランド」価値を高めるというのが効果的ではある。「メロンはやっぱり夕張メロン」「お米はやっぱり魚沼のコシヒカリ」。そういう思いの人はたくさんいる。夕張メロン生産者が、魚沼の生産者が一生懸命築き上げてきたブランドである。


まず一度は食べさせないと売り上げにならないわけで、そこを乗り越えるためのコストは非常に大切なわけであるが、そこから2度3度となるためのコストも相当必要になってきている。ポイントカードであったり、おまけであったり、ダイレクトメール登録で次回購入割引など、様々な手法が考えられる。とはいえ、メロンであれば年間そうそう回数を買うわけではないし、もし贈り物であれば(それがよろこんでもらったとしても)次回は違うものにしてみようという意識が働く人が多い(特に、若い人ほどこの傾向は顕著である。昔のお歳暮お中元は、毎年○○サンにはそうめん、△△サンにはビール、という風に決まっていたものだが、そういう習慣がだんだんすたれていき、贈り物を送る時期も随時になっている中で、◎◎サンへの贈り物は◆◆で固定!ということがなりにくい。したがって、商品開発において、『贈り物需要を見越して商品をつくる』というのは、どこかの需要に特化するならまだしも、定期的な贈り物にするというのは、よほどの商品でないと厳しい見方を私はしている※1)。


さて、リピーターづくりのコスト、ブランディングのコストという話はいくつかの点で異なると思うので、ここからは「ブランディングのコスト」について語ることとする。果たして、「夕張メロン」のブランド価値がどのくらいあるか、計測することはできるだろうか。単純に言えば、夕張メロンが無名な産地のメロン(ただし夕張メロンと同じ品種)と比べた時に、どのくらいの価格差でも消費者が夕張メロンを選択するかということがブランド価値を測る指標のひとつになるだろう。ブランド価値のはかり方はともかく、私がここでさらに考えたいのは「そのブランド価値、イメージをいかに維持するか」ということである。一定のブランド価値になるまでも費用が掛かるが、そのあとも当然のように費用は掛かる。イメージ戦略のCMであったり、ロゴを定期的に変えてみたり、消費者の目に触れ続けるために、目立つ場所に広告を打ったり、百貨店のカタログギフトのいい場所を抑えたり。そういうコストは非常に大切であるが、それをどう商品開発の計画に織り込むかということはなかなか考慮されない。そもそも、まだ売れ始めてもいないのだから、それは2の次にされる。


その昔、元サッカー選手中田英寿氏が、日本酒の海外展開について、高級路線を行くべきと語ったことがある。今でもホリエモンなどもよくしゃべっている。これについて違和感を感じた方も結構いる。日本酒全体でこういう取り組みができるのか?ということが主な反論だが、私はそれに加えて、「こういった海外での展開は、PRに莫大なコストがかかるし、その後のブランド維持のコストもかかるはず」と感じたのだ。それはだれが支払うのか?中小企業がほとんどである日本酒メーカーだろうか?もちろん主体はそうなるだろうが、経済が伸びている東南アジアには、日本酒だけが販路を拡大しようとしているわけではない。フランスやイタリアのワインも含め、様々な国のワインが、そしてその国自身のビールメーカーや自国のお酒メーカーがしのぎを削っている。その中で、「高級志向」を貫き、そのブランド価値を作り上げるのにどのくらいコストがかかるのだろうか(その中には中田氏自身のギャラも含まれるわけで)。

そして、そのコストの初期は日本の国益に資するから国が負担するかもしれないが、いつまでも、というわけにはいかない。では、ブランドを維持し続けるのはどうするのか。ヴーヴ・クリコくらいの生産量があれば、そのコストを製品原価に考慮することは可能だが、販売量が(少なくとも現時点では)さほど見込めない高級日本酒のジャンルにおいて、どこまでそれはできるのだろうか。一般的な地酒日本酒のメーカーが大吟醸を年間何リットル作っているか計算すれば、答えはおのずと出てしまう。


だから、私は「日本酒が海外で展開するなら、まずは日本で日本酒がもっと飲まれて、酒蔵の経営が固まることが大切」と思っている。日本酒の消費量は相変わらず右肩下がりなのである(ところがワインは下がらずに伸びている。だから、少子高齢化とか酒離れとかは大きな理由にならない)。とくに、普通酒クラス。大手酒造のパック酒は悪という風潮がいまだに多いのであるが、普段飲むのはこれほど手ごろで、これほど技術が集まっているものはない。また、いわゆる地酒蔵の普通酒でも、本当においしいものはごろごろいる。こういうお酒がもっと飲まれたら、酒蔵の経営にはプラスに働くはず。


もっというと、このパック酒こそが海外に輸出されてもいいはずの商品である。東南アジアの方々の味覚がこちらの方にこそ親しみを感じることは、みずからテストマーケティングをしてわかっている(ベトナムで、名だたる地酒蔵の純米酒、吟醸酒を飲んでいただいたが、マイナスの意見が多数であった。一方で、梅酒は非常に好評であった)。現地の人に愛されるのであれば、現地の人の舌と胃袋をつかむしかない。高級志向は、現地の人の「脳みそ」をつかむかもしれないが、「広がり」と「消費量」を考えたら、どちらの方が効果は高いかは一目瞭然である。日本でかつてワインが広がるとき、最初は赤玉ポートワインであった。それは邪道なことだったといいうかもしれないが、「消費者にワインという言葉が認知されるようになった」点においては画期的な戦略だったと思われる。高級志向戦略では、SAKEという言葉が東南アジアにおいて「一般化」されるのには莫大なコストと時間がかかる可能性が高い。海外で活躍する先輩や仲間、後輩から聞こえるのは、「まだまだ海外の飲食店でもスーパーでも、日本酒は動いていない。ワインはどんどん増えている」という声である。もちろん本来なら、例えばベトナムがここ数年で海外からどのくらいのお酒を輸入しているなどの客観的なデータを示すべきだろうが、そこまでわたしはできていない。ただ、国家としてSAKEを広めることをやるのであれば、当然そこまで調べたうえで、今の戦略や補助金の仕組みであってほしいのだが、どうみてもそこまで考えているように見えないのである。一部の海外富裕層がSAKEを好きであるのは事実であるが、それに頼っている間に、その国全体で見れば、ワインが席巻してしまうのではないのか。


高級志向戦略をやりつづけるということを否定するつもりはないが、それをやりつづけるなら相当の費用を今のうちから織り込むべきだ。また、プロモーションと販売は、公社のようなものを設立し、そこが10年スパン20年スパンで計画考えて、実施していくべきだろう。中小の酒蔵の一部の社長さん専務が頑張ることは、それぞれの酒蔵にとってはプラスであるが、SAKEというものを世界に広めるためには、こちらの方がいい(なにより続けるのは大変だと思う。。。一部の酒蔵社長さんたちは、本当に超人的な体力の持ち主だと思う。だからこそ、そういう人たちばっかりに負担が行くことは業界としてはプラスにならないのではと思う)。SAKEの知名度が(現在の富裕層だけでなくもっと広い層で)上がってこそ、酒蔵単体のPRもより効果を発揮すると考える。


梅酒で知られるCHOYAの金銅会長とお話したことがある。『私のところは、国酒とは認定されず、どこの補助金ももらえず、自力で海外を切り開いてきた。次は、インドに展開を考えている。』長年にわたって、自力で海外市場を切り開いてきた人が行ってきたのは、決して高級志向ではなく、その国の人の舌と胃袋を抑える戦略だった。国内では、一時期梅酒ブームがあったが、その中において、高級志向の梅酒などをCHOYAも展開したが、決してブームに踊らされることなく、一定の売り上げを保ち続けた。こういう会社の知見が海外で日本の商品が展開するために必要ではないかと思うのは私だけだろうか。


ブランディングのコストを、「認知」「確立」「維持」「消尽(?)」のライスサイクル、もといライフサイクル的に分析していくことは非常に面白いと思っている、、、だれか一緒に何かの業界か商品で調査して論文書きませんか?

※1:私が商品開発関わった淡路島の酒蔵の日本酒は「結婚のお祝い専用」というコンセプトで作りました。まあ生産可能商品数が少ないということもありましたが。

(この文章は4年前の本日Facebookの自分のスレッドに書いたものを加筆訂正して掲載おります)

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