ダメ男とサチのイイ関係。

僕がまだスカウトマンを始めて間もない頃、オガという同僚がいた。
オガは、ダメ男の典型みたいなヤツだった。悪意があるというよりは、どちらかといえば天然な男だったけど、とにかくどうしようもない男だった。
ミスは多いし、敬語の使い方も下手くそで、その言動は天然の一言では済まされず、姿を現すだけで周りからいつもいじられていた。でも、おそらく本人はそれを意に介していなかったと思う。

ある日、オガはよっれよれのTシャツを着てきた。当然、「オガ、なんだそれ」と野次が飛んでくる。誰の目から見ても、それはもう捨て時でしかない代物だった。
だがオガは、その反応がよくわからないという顔をしていて、もちろん恥ずかしがることもなく、シワだらけじゃねえか、汚えぞ、捨てろよ、などなど言われても、キミたちはなんでそんなこと言うのかなあ?といった感じで、

「だってアローズだよ?」
(ユナイテッドアローズ。オシャの1、2歩目に通ると安パイなお店です)

と言った。オガは、そういう男だ。

しかしオガは、三度見はするであろうズバ抜けた美人を連れ歩いては、みんなを驚かせた。しかも、毎回違う女で。汚いTシャツを着て「だってアローズだよ?」と言うような男が、だ。
それはオガがスカウトマンとして優秀だったからじゃない。オガは全く仕事ができない。でもそれは、ダメ男だからこそ起きたことなんだと言えば、みなさんは不思議がるだろうなあ。

美人を前にすると、たいていのスカウトマンは浮かれ、同時に自分を高く見せようとする。
(みなさんも、きっとそうですよね‥‥)
オネエサン、キレイっすね、今日イチ、いや、今年イチかもなあ、オレだったらオネエサンのこと‥‥‥と、鼻の下を伸ばしながら始まる。
オガは違う。

「キミ、顔はキレイだけど胸ちっさいよね。なんか、かわいそう」

例えばオガは、真顔でこんなことを言う。
初対面の、それもとてつもない美人に対して、あえてのテクニックでもなく、だってそうじゃん?と平然と言ってのける。
美人は、そんな言葉がまさか自分に飛んでくるとは一ミリも予想してないので(普通に人としてそんなこと予想しないけどね)、普段ならシカトで通りすぎていくところ、思わず足を止める。

そこにいるのは、とりわけ長身でも美男子でもない、小汚い服を着たスカウトマン。失礼極まりないオガに対して、彼女は不快感を抱くだろう。勝気な女なら、罵り返すかもしれない。
でもオガには通じない。そんなものまともに受け取らないし、第一オガは、なぜ彼女が怒り出したのかわからないはずだ。オガは皮肉を込めてそう言ったのではなく、むしろ逆。慈悲の心で、文字通り、かわいそうだと心配してたんだから。

では、どうしてこんなダメ男に超絶美人がついていくのか。それは美人側に視点を移してみるとわかりやすい。


サチは、三度見美人という容貌を持ちながら、その魅力については無自覚な女(絶滅危惧種並にレアだよね)だった。
インスタに自撮りでも載せ続ければすぐにフォロワーが万を超えただろうに、サチは見栄だとか、お金だとかブランドにあまり興味がないようだった。一度だけキャバクラの体験に連れていったときも、「ワタシには無理そうな世界」と言って入店することはなかった。
(体験終わり、「どうかウチに!」と、給料とは別に商品券を手渡されたのはサチ以外に見たことがない)

その後も読書好きなサチとは話が合い(スカウトマンだって読書しますぜ)、一緒に本屋に行く仲になった。お互いに読みたい本を一冊買い、それを交換するのが僕らの恒例で、僕は高確率で恋愛小説を読むことになる。
(谷崎潤一郎の『痴人の愛』なんか震えますよ、イヤな方向にだけど)

カフェで恋愛小説を受け取りながらサチの恋バナを聞くのもまた恒例になっていて、これがまあ、毎回見事に残念な話のオンパレード。なんでよ?ってほど、サチの元カレにはまともな男が一人もいない。
聞いた限り、どれも壮大な夢追い人で、ニートもしくは仕事の辞め癖があり、さだまさしの関白宣言を地で行くような態度がデカい男たち。そしてなんと、サチはそんなダメ男たちに振られてきたのだ。

なぜかって?サチを見ればわかるよ。
一目見れば、あなたは目が点になるでしょう。WOWって言っちゃうかもね、女ですら振り返るんだから。
サチと話すなら、何を思う?
きっと、ヘタなことは言えないと身構えるはず。わかるよ、サチは何でも知ってそうに見える。食事にしろ、旅行にしろ、芸術にしろ、あらゆる上流を嗜んでそうだし、スポーツも仕事もできそうで、センスもお金もあるに違いない。

そこで、多くの男が取る態度は主に二つ。
限界まで背伸びをしてサチの上に立とうとするか、下界まで目を向けてもらおうと下から崇め続けるか。しかし、そこにサチはいないということを彼らは知らない。
彼らは、その美しい外観から導き出したイメージを当てはめて勝手に話す。それは雲をつかむようなもので、サチの実体じゃない。

中身のサチは、いたって普通の女の子だ。
学も、仕事も、スポーツも、趣味も、あらゆることが平均的で、結構ドジだし、もちろんトイレだって行く。にもかかわらず、サチは、あらゆる場面で中身を上方修正されてしまう。
想像してみてほしい。できないことが当然できるものとして期待される状況を。初耳なことが当然の知識として会話が進んでいく状況を。あなたなら、どうする?

頼んでもいないスポットライトを浴びて身動きが取れず、サチは愛想笑いが上手くなった。
偶像崇拝のような投げかけに対して「そんなことないですよ」と言えば、謙虚な女として男たちに再び持ち上げられ、嫌味な存在として女の反感を買う。本当に違うから、サチは否定しただけなのに。

この世界の地に足をつけているはずなのに、サチは自分の置き場がなかった。心の扉は開くどころか、かたくかたく閉ざしていくことになる。

そこで、ヤツらの登場というわけだ。ダメンズたちは、サチの救世主になる。
他の男たちが高貴な女に相応しいよう入念にドレスアップしている最中、ダメ男は普段着のまま、チャイムも鳴らさずにサチのドアを勝手に開ける。

そのまま土足で踏み込もうとしてくる彼に、サチは驚くだろう。タメ口だし、所作も汚いかもしれない。全ての行いが無礼で、普通の男ならこんなことはしない。
だが、コミュニケーションは相互作用によって成立するわけで、一方の態度というのは、他方に対して影響力を持つ。その無礼さはサチの体にも染み入ってくる。建前が溶け、サチはフランクな振る舞いと言葉遣いをするようになる。

すると、どうだろう。
あらフシギ、サチはどんどん言葉が出てくる。思わず笑ってしまう。いつものがんじがらめな状況とは違って、心が軽い。
「今、ワタシ素かも」なんて、普段との反動もあり、これが本当の自分かもしれないとサチは思い始める。
具現化してくれたのは、目の前にいるカレだ。その証拠に、「彼らが好きだったというより、彼らといるワタシが好きだったのかも」とサチは言う。この人の前でなら自分らしくいられると、サチはダメ男とくっついてきたわけだ。

彼らに暴力を振るわれようと、罵られようと、金を巻き上げられようと、自分らしくいられることの方がサチには大事だった。美人は脱げない。サチにとってそれは資源ではなく、足かせになっていた。

サチは箱に入ったお人形のようだった。
表面だけを見て理想化され、飾られる。遊ぶのはおろか、もったいぶって箱すら開けてもらえない。
なあ、そんな男やめとけよと言ったところで、そんなこと、サチ自身が一番わかってる。でも、ダメ男たちは箱を開けてくれる。わかっていても、人は外の空気を吸いたいものだ。サチは、お人形じゃない。

「イイ男いないかな」と、サチは言わない。他人で不幸になることはないと、サチはわかってる。
多くの男が、サチに思い思いの箱を被せる。サチは、その箱から自力で抜け出そうともがいてる。箱に見合うようにと無理するのではなく、箱自体を拒否する生き方を目指してる。
もちろん、それは容易なことじゃない。ダメ男たちとの生活が、その難しさを示してる。学びの代償として、傷つきながら。

もしかすると、ダメなのはサチの方で、優れてるのはダメ男の方かもしれない。
何も持たずして美人を釣り上げてしまうのだから、多くの男が目指すイイ男は幻想か?箱を被ろうとする限り、窮屈な思いしかそこにはない。

ユナイテッドアローズを通るたび、僕はオガのことを思い出す。
オガは、大成しないままスカウトマンを辞めた。噂では、女のヒモをやってるとかいないとか。それを周りがどう見るかなんて、オガは気にしてないだろう。結局その女も、好きでオガを飼ってるわけだから、外野がとやかく言うことじゃない。

本当は、みんなオガが羨ましいのかもしれない。美人を手にするモノをも上回るその何かを、僕たちはまだ持ってない。それは、自信というやつなのか?僕は、よれよれのTシャツなんか着たくないけど。

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