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トゥースな夜に。

帰り道、縦縞の背番号「3」を見かける。
ひとり、またひとりと、街にそのユニフォームが増えていく。
時間を見て、納得した。東京ドームから帰ってきた人々、もしくはどこかの映画館。
2月18日、『オードリーのオールナイトニッポン』15周年イベントが、東京ドームで開催された。
なぜ知ってるかって?
それは、僕が10年来のリトルトゥースだからだよ。

チケット抽選に外れ、映画館で行われるライブビューイングも買えず、Huluの有料配信を見ようとしていたところ、「今から話せない?」とキャバ嬢に呼ばれ、1日限りのイベントは終わってしまった。

イベントグッズの背番号「3」たちとすれ違いながら、
「オードリーのラジオいいっすよねー!」
と心の中で話しかける。羨ましい視線をまじまじと投げ、グッドサインを小さく腰の横で握る。
だがおそらく、相手は僕の興奮に気づいてない。好奇の目を向けられたと思ったのか、そそくさとラーメン屋に入っていく。

居酒屋のキャッチが、後輩と歩く僕に声をかける。
「席でタバコ吸えますんで」
相手の目を見ず、ゆっくりと前に首を倒して通り過ぎる。
「予約とか、もうしてる感じっすか?」
無言で同じことを繰り返す。
「話ぐらいチャンスくださいよ」
ただ帰るだけだった。後輩に喋りかけることで、キャッチの存在を無化する。(ごめんな、似たモノ同士のくせに)

いつも思う。
僕はタバコを吸わない(正確には、吸わなくなった)。だからむしろ、行くなら吸えない店がいい。何より酒が、そこまで得意じゃない。

理由はわかる、僕の見た目だ
3週間に一度のペースで染め上げる、パッキパキのゴールドヘアーだ。
たしかに僕はラジオを聞かなそうだし、人を茶化しそうだ。
絶対タバコを吸いそうだし、絶対酒が好きそうだ。
それに加えてスカウトマンだと言えば、この4つは裏返りそうもない。

人を見た目で判断するなとよく言うけれど、
まずは見た目でしか、人は判断できない。
その次に年齢、そして職業。
しかしそこから導き出したイメージが、必ずしも全て当てはまるとは限らない。

自分の外側が醸し出すイメージとその内側。
その差が大きければ大きいほど苦しいか?と言えば実はそんなこともなくて、
ギャップの力関係次第では、いいことも多い。

ラジオを聞いてるだけで、タバコを吸わないだけで、酒が好きじゃないだけで、
「意外と」マジメなんだ。と、金髪スカウトマンは勝手に思われる。

読書するだけで、丁寧な話し方をするだけで、外国人に英語で道案内するだけで、
「意外と」頭いいんだ。と、金髪スカウトマンは勝手に思われる。

低く見られておけば、そのイメージを飛び越えるのは案外簡単で、逆はしんどい。
よく見られようとすれば、当然中身を期待される。それ相応の中身では驚いてくれない。
生徒会長が掃除をしていても「だよね」で終わり。でも彼が、何かポイ捨てでもしようものなら「あいつマジかよ」である。
「意外と」ダメなやつ。の「意外と」は、鋭く心をえぐる。

背番号「3」のユニフォームを眺めながら、
あー見たかったなと呟くと、
「ケイトさんも好きなんですか?」と後輩が言う。俺も?と振り向くと、
「俺、リトルトゥースなんですよ」
と彼は言った。

マジで?!ということで、僕らはすぐに帰らず、終電までラジオについて語り合った。
彼もまた、ラジオなんて聞きそうには見えなかった。
「お前、ラジオとか聞くんだな」
と言うと、
「それはこっちのセリフです」
と返ってくる。

むしろイベントを逃して正解だったかもしれないという心地のままに、僕は帰路についた。
それは後輩がリトルトゥースだったから、だけではない。

観戦を阻止した張本人、「今から話せない?」と僕を誘い出したキャバ嬢。わがままで、言葉をオブラートに包むことができず、壊れたAIとチャットしてるかのようなLINEを送るその子に、正直、僕はあまり会いたくなかった。

こいつのせいで…という思いも相まって渋々合流すると、彼女は、僕に小さな紙袋を渡した。
「ちょっと遅れちゃったけど」
と言うその表情は、別に愛想がいいわけじゃなかった。

袋の中身はチョコレートだった。
遅ればせながらのバレンタイン。チョコレートにはメッセージカードが添えられていて、一言、
「いつもありがとう」と書いてある。

いつもって、お前………。
いいギャップに僕はやられてしまった。なんでこいつが、と思っていた理由が今日でハッキリした。
彼女は、売れっ子キャバ嬢なのだ。

もしかしてと思い、
「ねえ、ラジオとか聞く?」
と言うと、
「聞くわけねーじゃん」
と無愛想に返ってくる。

まあ、だよね。

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