「私に人生預けてみない?」と、サクラ。

僕が面談に使う喫茶店は、よく同業者に会う。
みんな考えることは同じなんだね、居心地よし、女ウケよしってわけだ。
これはもう性格、いや、体質かな?僕は目の前の相手と話しながら、周りの会話にも耳を傾けてしまう。内容然り、たまに目をやり、その席のパワーバランスなんかを確認する。

何のために?と言われても、何でだろうね?としか言えない。それが僕の癖なんだとしか言いようがない。それが同業者であれば、お勉強させてもらう貴重な時間。女の子への対応は、人によってかなり異なる。
とにかく下から、下から、下僕のような態度で挑む者。自分を大きく見せることしか眼中にない者。友達、もはや恋人?のように馴れ馴れしい者。理詰めで相手を置き去りにしてしまう者。

この人すげえやと感心させられるのはそのいずれでもなく、総じて女の子を立てるのが上手い。どんなに見劣りするような相手だろうと嫌味なく褒め、自分の話はあまりしない。
まるで映りのいい鏡のように、彼の前に座る女の子たちは表情が明るい。せっかく出会ったステキな自分にまた会いたいと思うのは当然のこと。彼女たちは、再びその鏡の前にやってくる。人気スカウトマンの誕生ってわけだ。
(じゃあ、あんたはどうなんだい?というのは、ぜひその目でお確かめください。お待ちしています。)

周りの会話を聞いているといっても、意図的に注意を向けるわけじゃない。
耳も目も、僕は基本的に空間ごとアンテナを張ってしまうとういうか、昔習った、草食動物の視野をイメージしてもらえればきっとわかりやすい。(ビビりということ、、?)
音で言うと、さざ波のように周囲の音を絶えずキャッチしていて、自分に近しいことや興味のあること、または疑問や違和感のある単語をフックにその会話にピントが合う、みたいな感じだ。しかし、ほとんどそれは違和感であることが多い。単語の意味にというより、言霊とでもいうか、何か落差を感じるのだ。

ある時期、その違和感が頻発したことがある。
毎回、決まって同じような状況だった。大学生らしき二人が、3〜5歳ほど年上であろう人物に教えを乞うという構図。登場人物のほとんどは男の場合が多く、まれに女がどちらかにいる。
それは全て、ネットワークビジネスだった。商材はその都度異なり、健康食品、化粧品、ウォーターサーバー、下着なんて場合もあった。だが、商品自体は話題の中心にない。いかに金儲けができるか、その一点について会話は進んでいく。

受講側の片方は、すでにそれを始めているケースが多い。
もう片方は、きっと彼(彼女)に連れられてきた(最初のカモにされた)のだろう。先に始めているといってもおそらくまだ日は浅く、「な?すごいだろ?」と話を煽るしかできない。

だが違和感は、教えている側から感じることが多い。彼(彼女)らは「人生」とか「特別」みたいな、広く抽象的な言葉をよく使う。
ときには僕も、それらを面と向かって浴びることがあった。面談途中から話が逸れ「ケイトさん、あなたきっと向いてるよ」と、女の子が逆勧誘してくるわけだ。
まあ、お手並み拝見といこうじゃないか。僕は、勉強がてら話だけは聞くことにしている。



「お茶でもしようよ」とサクラに誘われて向かったのは、高層ビルの中階に入るカフェだった。女の子から店を指定してくるケースは珍しい。そしてそれは、これからロクなことが起きませんという合図だと僕は学ぶことになる。彼女とは、3日前に出会ったばかりだった。

サクラは、学生時代に少しキャバクラをかじったことがあるという、大手商社の子会社で働く3年目の一般職だった。背が高く、ほんのり焼けた肌と黒い髪、体は全体的に引き締まっていて、昔チアリーディングをやっていたという彼女は、でしょうねという想像通りの健康的な、俗っぽく言えば、ヘルシーな女だった。

そのフロアにはカフェ以外にもショップがあり、どの店も健康食品か化粧品しか売っていない。カフェもショップも、とにかくフロア中から「オーガニックでござい!」という雰囲気が漂っていて、僕は場違いな気がしてならなかった。

お茶でもしようと集まったものの、さて、何を話そう。何か夜を、とサクラに頼まれた覚えはない。かといって「この前さ〜」と話し出すほど、僕は彼女を知らない。口火を切ったのは、彼女の方だった。

「ケイトくんって、将来どうしようと思ってるの?」

将来かあ、と一瞬考えてみたものの、「そんなの、今という現象の積み重ねでしかないじゃないか」と思ったような思わなかったような、というかそもそも、なぜ出会ったばかりの男の将来なんか気にするんだろうと僕はしばらく考えたフリをして、「考えたことないなあ」とバカそうに答えた。

そんな僕に「人生って一回切りじゃん?」とサクラは当たり前のことを畳み掛けてきて、なんか変だぞ?と僕は思い始めた。周囲を見渡し、会話にピントを合わせてみると、他のテーブルでも同じような会話が行われていた。

「成功」とか「勝者」みたいな言葉が聞こえてきて、彼らは皆一様に笑顔だったが、その笑い方には、例えば怒気のような、ネガティブなものが含まれている気がした。それはきっと劣等感の反動のようなもので、でも彼らはそのことに気づいていない、そんな感じがした。

コーヒーカップに目を落とすと、店名だろうか、英字の筆記体が記されている。
僕はただ指定されるがままに席についたので、店名を確認していなかった。その文字は聞き覚えがあった。バンドエイドばりに、ネットワークビジネスといえば、で有名な会社の名前がそこには書いてあった。そういうこと、ね。なんとそこは、ビルごとその会社のものだった。サクラは、僕を勧誘したがっている。

いかに多くの人が平凡な人生を送っているかということ、この世界はとてつもなく広く未知なこと、その広さと同じだけ人には可能性が秘められているということ、そして、それを叶えるために最も大切で必要なのが人脈だということ。サクラは、例の笑顔で力説し始めた。

しかしどの話も具体例に乏しく、抽象的だった。あのショップにある健康食品や化粧品を買うことによって繋がりを持つということらしいのだが、肝心の商品について彼女はあまり言及しなかった。それが彼女のなのか、このコミュニティーのなのかはわからないが、「みんなで楽しく」がモットーらしい。
僕は生返事をしながら、頭の中で、サクラをチアリーダーにさせて踊らせていた。「ゴー!ファイ!ケイト!」と、脳内サクラに話に耐える僕を応援させていた。(衣装は黄色でした)

ほら、こんな生活だってできるんだよとサクラは写真を見せてきた。
それは船上パーティーの様子だった。ドレスアップした男女がシャンパングラス片手に微笑んでいるという、絵に描いたような一枚だった。
ね?いいでしょ?と、サクラは勝ち誇ったような表情で僕を見たが、僕は余計に気が滅入った。彼女は成功者になりたがっていて、もちろんその可能性はじゅうぶん自分自身のなかに眠っていて、ワタシは特別で平凡な他人と違い、今まさにその未来に向かって道を駆け上がっている最中なんだと信じて疑わない。

でもサクラは、その全てをまだ手にしていない現実に対しては無頓着のように見えた。
想像力に乏しく、自分の願望だと思っているそれらは全て、結局他人の願望を真似ているようにしか見えなかった。想像力が乏しいために、また別の誰かも当然それを欲しがるだろうと考える。
しかし、しかしだ。僕は酒を飲まない。大人数の場所が得意じゃない。そして何より、僕が極度の船酔い持ちだということを、彼女は知らない。

生返事ばかり続ける僕に、サクラも苦戦を強いられたのだろう。次第に彼女は真顔になっていった。そろそろ僕の粘り勝ちかな?と思い始めた終盤、彼女は起死回生の一手に出る。

「ケイトくん、私に人生預けてみない?」

と、なかなかの大博打がきた。
生返事ではなく、イエスかノーで答えろ、と。さっきまでと打って変わってクールな眼差しで艶っぽく、ワタシと一緒に、とそそってきたわけだ。
つまりこれは色仕掛け。サクラはたしかに美人で、それを男がどうみるか、自分でもわかっているのだろう。
でも、僕はスカウトマンだ。甘くみてもらっては困る。どれだけの女を見てきたことか、それは決して女慣れしているというわけじゃない。その美しい面の内側を、よく知っているということだ。

人脈ね、わかるよ。この世は人ありきだからね。人が集まって街が生まれ、仕事が生まれ、社会ができ上がる。
でも、ただ集まるために集まって、何をしろっていうんだ?数で生まれるものもあれば、数では生まれないものもある。僕は、その線引きをハッキリしておきたいんだ。
それに、人生を預けるって行動は、あまりにも無責任じゃないか。預ける僕も、預かる君も、人には無限の可能性があるというのなら、それはその力を軽視することになる。
それは、さっきの話と矛盾してるよ。ねえサクラ、君はちゃんと自分の意思でものを言ってるのかい?と話したところで、きっと彼女は理解してくれないだろう。だから僕は、こうやって返事をすることに決めた。

「申し訳ないけどその話には興味がない。
 ただ、君が困ってるなら協力してあげるよ」

あの日以来、しばらくこの手の勧誘が代わる代わるやってくることになる。
おそらくそれが流行りだったんだろう。もはや死語になりつつある「人脈」という言葉が、一人歩きしていた時期だ。そのたびに僕は「困ってるなら協力する」と返したが、その言葉を素直に受け入れた人は誰もいなかった。

「そうなんだよ、ケイト」と言われれば、僕は本当に協力するつもりだった。でも、そうならないであろうことは予想できたし、だから僕はこの言い方を選んだ。
「ケイトさんならボクの思いをわかってくれると思ったんですよ」と大学の後輩が勧誘してきたが、自分のことは他人にではなく、自分でわかってあげればそれでいい。(成田くん、元気にしてるかな?)それが自分でわからないからと似た者同士で集まったところで、そこで理想の自分に出会うとは僕は思えない。

「そんなんじゃないよ。ケイトくん、これはね、あなたのためを思って言ってる話なんだよ」

と、サクラは言った。
違うよ、サクラ。これは僕のためじゃなくて、君が、君のためにしてる話なんだよ。

僕は、「ありがとう」とだけ伝えて店を出た。
「ゴー!ファイ!ケイト!」と、脳内でサクラがまだ踊ってる。もしかすると彼女は、他人の応援ばかりしすぎて主語を失ってしまったとか?自分の意思がない者は、他人はもちろん、自分自身でさえ説得することなんかできない。何事も、ほどほどがいいってことかね?


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