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生物学を越えて:進化の一般理論化の試み

生命が誕生する以前には、通常の生物のような自己複製ができる仕組みはありません。非常に複雑な生物が、無生物から生み出されたという過程は、一瞬の偶然という人もいますが、何らかの段階的な変化、つまり進化の過程があったと考える方が理に適っています。

進化にとって自己複製は必須ではなく、進化にとって非常に効率の良い仕組みの一つと考えることから出発します。そうすると、自己複製ではない方法で物事が増殖する仕組みがある事に気がつきます。

ある物事が、それを作り出す生産する仕組みを増やしたり促進することでも、増殖は強化されます。つまり、フィードバックです。

この記事では、生物に限らず、より一般化した物事の進化について、フィードバックと増殖という観点で理論的に考えていきます。

■新しい物事の増殖

自然のランダムな組合せや、人間の無意識や意図的な設計や発明や創造により、物事は変化します。

変化した物事が、既存の物事の集合との相互作用により総合的にポジティブなフィードバックを受ける事が出来れば、存続することができます。存続することができれば、再生産されたり、複製や真似をされて増殖していきます。

■既存の物事の増殖の強化と淘汰

この際に、ポジティブなフィードバックを受けるのは、新しく登場した物事だけではありません。既存の物事の集合の中にも、新しく登場した物事との相互作用により、総合的に以前よりポジティブなフィードバックが強化される物事があります。そうした既存の物事も、再生産や複製や真似が促進されて増殖能力が強化されます。

一方で、新しい物事や既存の物事の広がりによって、総合的に以前よりポジティブなフィードバックが弱まる物事もあります。その場合は、再生産や複製や真似が抑制されます。十分な時間が経過すると、場合によっては淘汰されてしまいます。

■増殖のメカニズム

詳しく考えると、再生産や複製や真似には二種類のケースがあります。その物事自体が行うケースと、他の物事が行うケースです。

前者は自己複製であり、DNAを持つ生物がその代表です。このケースでは、その物事自身が総合的にポジティブなフィードバックを受けさえすれば、自己複製により増殖していきます。

後者は、自己複製しないけれども進化する物事の集合に当てはまります。このケースでは、新しい物事だけでなく、それを生産したり、複製や真似をすることができる既存の物事も、総合的にポジティブなフィードバックを強化されるという条件が必要になります。新しい物事と、それを生産、複製、真似する物事とが相互に強化されることで、増殖していくことができます。

■物事の進化とループの進化

生物のように自己複製する物事は、新しく登場した物事が受けるポジティブなフィードバックの強度のみを考えるだけでも、ある程度、新しい物事の増殖の強度を見積もる事が出来ます。

この場合、個々の物事の進化として捉えることができます。

一方で、自己複製ができない物事の集合の場合は、新しい物事だけに着目しても増殖の強度は分かりません。

新しい物事の強度よりも、生産や複製や真似する物事が受けるポジティブなフィードバックの強度の方が重要です。そちらが強化され増殖しなければ、新しい物事が増殖する事が出来ないためです。

新しい物事と、それを生産や複製や真似する物事との間には、相互に影響を与え合うループ状の関係があります。自己複製ができない物事については、それぞれの物事単独ではなく、このループに着目した方が広がりが分かりやすくなります。このループのポジティブなフィードバックの強度を考える事で、ある程度、ループの広がり強度を見積もる事が出来ます。

この場合は、個々の物事の進化から離れて、個々のループの進化という捉え方をした方が理解しやすくなるのではないかと思います。

■物事中心の視点とループ中心の視点

このように整理すると、自己複製する物事であっても、ループの視点から考える事もできる事に気がつきます。新しい物事は複数のループに所属し、それぞれのループから受けるフィードバックの総計が、増殖に影響します。

一方で、自己複製ができない物事も、自己複製する物事と同様にループの収束点として捉える事はできます。この場合、増殖についての評価は難しくなるかもしれませんが、同じ構造として捉えることができます。

このように、物事中心の視点とループ中心の視点は、分析する際に選択が可能です。目的や対象に合わせて、扱いやすい視点を選べば良いことになります。

■共進化と必然的偶発

ループ中心の視点で見ると、共進化と呼ばれる現象は、ループの進化と捉えることができます。共進化は、ミツバチと花のようなWinWinの関係にある生物種が、その関係を維持し強化するように進化していく現象です。ミツバチは花から食料となる蜜を集め、花はミツバチに花粉を運んでもらうという関係です。

物事中心の視点では、ミツバチが進化し、花も進化するという別々の進化がたまたま歩調を合わせていくように見えます。一方で、ループ中心の視点では、ミツバチと花の依存関係というループが進化していると捉えることができます。

そして、最初にこの関係が成立した時の事を考えてみます。ミツバチが先に花に引き寄せられる習性を獲得したのか、花が先に蜜を蓄える性質を獲得したのか、物事中心の視点ではどちらが先なのかという点が問題になります。

一方で、ループ中心の視点では、最初はループが成立したということに着目します。そして、ループの成立から見れば、ミツバチの習性と花の性質は、同時に獲得されたと考えることもできます。

DNAによる変異には、進化や自然淘汰に直接の影響があるものもあれば、毒にも薬にもならないようなものもあります。これは遊びの部分であり、個体によって異なる個性のようなものです。ミツバチの中に花に引き寄せられる習性をもつ個体があり、花の中に蜜を蓄える性質を持つ個体があり、これらがたまたま出会ったことでループが生まれたと考えれば、それほど不思議な事ではありません。

このように二つの物が同時に登場してポジティブなフィードバックループが生まれることを、ニワトリとタマゴの必然的偶発と、私は呼んでいます。

■分化と置き換え

進化の中で登場した新しい物事が、複数のポジティブなフィードバックループを形成する場合があります。その後、進化が進むと、その物事がフィードバックループに対して担っていた役割が、複数の物事に分かれて実現されるようになる場合があります。これを分化と呼ぶことにします。

分化することは、分業してフィードバックループを成立させるという事です。これにより各物事が専門化され、より高度な役割を果たすことができるようになります。また、分化されて単機能化されると、他のものに置き換えがしやすくなります。これにより全く異なる物事が、既存の物事の代替としてループに組み込まれることで、ループが進化する可能性があるということです。

これは、システム開発の世界で、一枚岩のようなモノリシックなアーキテクチャよりも、複数のモジュールに分割するマイクロアーキテクチャが好まれることに似ています。マイクロ化されたアーキテクチャであれば、部分的に機能を強化したり性能を向上させるといったことが可能です。

ループ中心の視点で進化を眺めると、このようなことも見えてきます。

■インターフェースの視点

物事中心の視点で見ると、物事が複数のフィードバックループに組み込まれているように見えます。

ループ中心の視点で見ると、フィードバックループの中に複数の物事が組み込まれているように見えます。

物事とフィードバックループの接点を、インターフェースと呼ぶことにします。すると、物事はインターフェースの集合であり、フィードバックループもインターフェースの集合と言えます。

■時空間非対称インターフェースの集合体

インターフェースの集合として物事とフィードバックループを見ると、時間と空間を入れ替えたもののように見えます。

物事は、空間的には複数のインターフェースが一か所に凝集された静的なパターンであり、時間軸の方向には広がりを持っています。フィードバックループは反対に、空間的には広がりを持っており、時間軸方向には複数のインターフェースでのやり取りが一定の時間内に凝集された動的なパターンを持ちます。

このように捉えると、ここで言うインターフェースは、単なる同次元の物事の間にあるインターフェースではなく、非対称のインターフェースです。そしてその非対称性により、時間と空間を入れ替える作用を持ちます。このことから、このインターフェースを時空間非対称インターフェースと呼べそうです。

物事とフィードバックループはそれぞれ時空間非対称インターフェースの集合として表現できます。このため、進化に現れる静的な構造と動的な構造の全体は、時空間非対称インターフェースの集合体として表現することができるはずです。

■時空間非対称インターフェースを介した影響

私の進化のモデルは、時空間非対称インターフェースと、それが空間パターンとして凝集した物事、時間パターンとして凝集したフィードバックループから構成されることになります。つまり、その最小要素は時空間非対称インターフェースです。

では、改めて時空間非対称インターフェースを通るものは何でしょうか。

時空間非対称インターフェースを通るものは、端的に言えば、影響(effect)です。物事が与える影響、物事が受ける影響、フィードバックループの中を巡る影響、それを伝達することが時空間非対称インターフェースの役割です。

物事は様々な影響の集合です。その中には受ける影響と与える影響を含みます。一方で、フィードバックループも影響の集合です。影響がループ構造を形成しており、時間と共に影響がループ状に連鎖します。

影響には、物理的なものや化学的なもの、環境的なものや生物的なもの、知的なものや心理的なもの、そして、技術、文化、学問、人間関係など、実に様々な分野や観点のものがあります。

このため影響の集合体として進化モデルを捉えることができ、そこでは必然的に多彩な分野の視点が必要になります。分析する進化対象には、支配的な主要な分野や観点はあるかもしれません。しかし、その分野や観点以外のものも、多くの場合無視できないはずです。このため、学際的な多分野の知見を用いて多角的に捉える必要があるはずです。

■要素分解と要素還元

一般に、大きくて複雑なものを理解する時には、小さな要素に分解して考えると理解しやすくなります。しかし他方で、複雑な仕組みは小さな要素に分解して、それを組み合わせただけでは上手く理解できない場合があるとされています。それは創発現象と呼ばれています。

しかし、それは分解の仕方を間違えている可能性があるというのが私の意見です。

例えば大きな会社の利益を分析するなら、事業単位や製品単位で分解し、その上で売り上げと固定費と変動費を明らかにしていくことで、会社全体の利益構造が明らかになります。しかし、会社を従業員の集合と考えて人の単位で分解して理解しようとすれば、全体の利益構造がどうなっているのか理解することは困難でしょう。

一方で、会社の企業価値を分析するなら、利益の側面だけで分解しても全体を把握できません。従業員のエンゲージメント、企業ブランド、社会背景と企業パーパスとの整合性など、利益以外の側面への分解が必要です。

分解するやり方が間違っていれば、分解して組み立てても創発現象のように理解ができない不思議な現象が現れたように見えます。しかし、適切な分解をすれば、多少カバーできない部分が残るとしても、それなりによく理解が出来るようになるはずです。

■影響の分解と還元

進化モデルを影響の集合として捉えるという事は、影響が最小単位になるという事です。一般的には、物質的なものが世界を構成していると考えることが多く、その視点では、主役は物質で影響は脇役になります。しかし、私の提示している進化モデルでは、影響が主役で、物質的なものが脇役になります。

これらも場合によって役に立つ視点を選べば良いという話ですが、進化や生命現象を考える時には、影響を主役にした方が良いと考えています。影響に分解して理解を深め、影響の集合体として全体を捉えれば、創発現象という曖昧な観念に惑わされずに、進化や生命現象を理解できるのではないかと思うのです。

ミツバチと花の共生は、花粉を運んで受粉を促進する事、エネルギー源となる蜜を得られるようにする事、その2つの影響の集合です。この影響がある時現れて、それぞれの影響が互いに進化したという理解ができます。

こうした影響は、これ以上小さく分解することのできない最小単位です。このような最小単位となる影響は、影響を与える物事と影響を受ける物事が出会った時に生まれます。

化学進化の過程の中でも、化学反応を促進する温度やphにする事、化学物質を分解する紫外線を防ぐ事、エネルギーを糖として蓄積する事、化学物質同士の位置関係を固定する事、外と内で自由に化学物質が移動しない事、など様々な影響が生まれ、それが生命を形作っていったと考えられます。影響を単位として捉え、それが集合し、進化していって生命になると考えれば、生命現象の理解が明確になっていくはずです。少なくとも、単なる化学物質と化学反応の集合として捉えるよりも、理解が明瞭になります。

■複雑さにおける秩序と混沌

また、影響は多面的で非常に複雑です。このため、全ての影響を捉えきれないのではないかという意見もあるでしょう。しかし、進化や生命の理解にとって重要な影響と軽微な影響とがあるはずですので、重要なものから紐解いていけばよいでしょう。また、影響の種類は無数にありますが、それでも生命を構成する化学物質の種類やパターンに比べれば、ずっと少ないはずです。なぜなら、同じような影響を及ぼす化学物質や化学反応が無数に存在しますので、それを影響という単位に集約して理解することが可能だからです。

もちろん、影響が全て理解できる形に構造化できるという事ではありません。進化や生命に直接的に関わらない影響も多数ありますし、影響の連鎖が必ずしもこのようなシステマチックなフィードバックループの中に納まらないこともあります。しかし、進化や生命を観察する時、私たちはその中に多くの秩序を直観します。

秩序がないものは真の混沌ですが、進化や生命の複雑さは混沌の複雑さではないと私は考えています。秩序の複雑さの方が圧倒的に比重が大きいはずです。このため、試行錯誤しながらでも重要な影響を見つけ出して組み立てていくことで、この複雑さの中の秩序を直観だけでなくシステムとして理解することが可能だと信じています。

■進化可能性の基礎条件

影響を与えあうことができる物事が存在し得ること、そして、影響がループ構造を取り得ることが、進化の重要な条件です。

物事は、時間軸で持続的に時空間非対称インターフェースを維持し続けることができる必要があります。このためには、気体や液体などの流動性のあるものではなく、固体や構造体のように静的に構造が維持できるものが必要になります。概念的なものであっても、その概念が静的に同じ構造を維持できる必要があります。

また、影響がループ構造を持つことができる必要があります。全ての物事が固定的で流動性が無い状況では多様なループ構造を持つことは困難です。このため、流動的な部分も必要になります。

そして、新しい物事や新しいループが構築された時に、新しい種類の影響が現れるなら進化が進行し得ます。新しい種類の影響が生まれない場合、おそらくその世界は、フィードバックループと物事の変化により最適化が進行するだけの世界です。新しい種類の影響が生まれることが、進化にとって重要です。つまり進化の条件として、影響の進化が必要ということです。

後は、構造を高度化するために必要になるエネルギーの外部からの供給が必要です。また、多様な静的な構造と動的なループが十分に高密度の多様性を持って生成される環境であることも重要です。加えて、環境の安定性と変化のバランスが、進化のゆりかごとして適切であることも付け加えておきたいポイントです。

全ての条件を明確にすることは難しい問題ですが、進化可能性の基礎的な条件はある程度明らかにできたと思います。

■さいごに

生命の起源について探求する中で、私は知性を持った人間がかかわる物と、生物的なもの、そして、非生物的なものの進化について考えてきました。

この記事では、その思考をベースに、進化について抽象的なモデル化を試みました。

進化は生物という自己複製が可能なものを中心に考える事が多いと思います。しかし、増殖のメカニズムで挙げたように、自己複製が出来なくても、生成された物事がその生成を行った物事を強化することができれば、増殖は可能です。これを利用すれば、自己複製ができない物事でも、進化は可能です。

また、ループ中心の視点を用いることで、共進化や分化と置き換えという形で、複数の物事が連携して構成するループ自体が出現し、進化するということを比較的シンプルに理解できるようになります。この点も、私のモデルの特徴です。

さらに、よりモデルを抽象化し、時空間非対称インターフェースの集合体として進化を捉えるという視点を持ち込んだことで、影響(effect)こそが、私たちが進化を把握する時に着目すべき点である事を明確にすることができました。これにより、学際的な観点が必要であるということを理論的にサポートすることができました。

また、進化とは、影響の進化により引き起こされているという考え方も提示しました。これが、進化によって驚くべき性質が加えられていくという点を、要素分解的に捉えることを可能にします。

ここでの要素は、分子や原子や粒子といった物質的な要素ではなく、影響です。影響が進化の最小単位だと捉え、影響が多分野の多様なものを含む概念であることを理解すると、創発という概念に頼ることなく、影響の集合体であるシステムを要素還元的に理解することができるのではないかと思います。


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