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生命の起源のロードマップ:化学工場ネットワーク仮説とウイルス

生命の起源、つまり地球上に最初の細胞が現れるまでの過程について、個人的に研究をしています。この個人研究は、化学や生物学の観点からではなく、システムエンジニアの立場でシステム工学的にアプローチしています。

私は地球上の化学物質が、太陽や地熱のエネルギーを受けて化学変化を繰り返し、細胞を構成する物質を段階的に合成していったという化学進化の考え方に立脚しています。

これまでの記事で立ててきた仮説として、私は太古の地球にも存在した多数の池や湖などの水のたまり場が、河川という陸上の経路と、蒸発と降雨という空の経路で接続されていることで、化学工場のネットワークのようなものになっていたという考えを示してきました。

このネットワーク内の化学工場は、それ自体も劇的な進化を遂げたと考えています。池や水たまりといった地球の地形を利用した化学工場の内部に構造化された生産ラインが現れ、その生産ラインが膜でカプセル化されることで、マイクロ化学工場へと進化したという仮説です。

この記事では、これまで考えてきた上記の仮説に、それぞれ化学工場ネットワーク仮説と、化学工場の進化仮説という名称を新たにつけて、おさらいをします。その上で、これまでの仮説には含まれていなかった、自己複製する仕組みが誕生するまでの過程についての検討を行います。

生命における自己複製する仕組みとは、DNAの事ですが、この仕組みが突然登場したと考える事は難しく、何らかの段階を経たと考えてきました。改めてこれまでの化学工場ネットワーク仮説を見つめなおす中で、細胞を利用して自己増殖を行うウイルスが、この手がかりとなることに気がつきました。

私は、生命の起源の個人研究において、最大の山場はこのDNA形成の過程を合理的に説明できるようにすることだと考えてきました。それはとても高い壁で、乗り越えるための手がかりを探している状態でした。ウイルスが増殖するために、細胞ではなく化学工場を利用することもできるはずだという気づきが、この壁を越えるためのブレークスルーになると直感しています。

では、まずは新たに命名した仮説の振り返りをしていきます。

■化学工場ネットワーク仮説

多様な環境条件と物質的条件を持った水のたまり場では、それぞれ化学物質が集積され、そこでエネルギーを受けながら化学反応が起きて、定常的に材料となる化学物質から、生成物となる化学物質を製造することができるはずです。そして、さまざな水のたまり場で製造された多様な化学物質は、地上の河川や、蒸発・雲・降雨といった空の経路を持つ水の流れに乗って、別の水のたまり場に移動する事が出来ます。そして、新しい化学物質が水のたまり場に入ってくると、それを使って新しい化学反応が起き、新しい化学物質が製造されることがあるでしょう。

これだけでは、単に平坦に様々な化学反応が発生して、多様な化学物質が生成されるというだけの話に留まります。しかし、多様な水のたまり場と水の循環ネットワーク上でこのような多様な化学実験が繰り返されていると、その中に自己強化的なフィードバックループが形成されることがあります。

池Aで生成された物質aが、池Bでの物質bの生成を安定化させたり活性化させることがあるでしょう。そして物質bが、池Cでの物質cの生成を強化し、物質cが池Aでの物質aの生成を強化するという循環構造が形成される可能性があります。こうなると、この循環構造による化学物質の生成は強化され、生成物a,b,cは時間と共に増加し、水の流れに乗って地球上に拡散していきます。この化学物質が多少壊れやすい複雑なものでも、生産能力が物質の崩壊速度よりも早ければ、地球上にこの物質は増殖していくことが可能です。

このような循環構造を持つ自己強化的なフィードバックループが地球上に多数形成されると、様々な化学物質が安定的に多数生成されます。時間が進むと、これらがそれぞれに入り混じり、さらに多様な化学物質が偶発的に生成され、その中から新しい自己強化的なフィードバックループが現れます。このようにして、地球の地形と気象を利用して、高度に複雑な化学物質が生成されていくことが考えられます。これが、私の考えている地球における生命の起源に繋がっていく、化学工場ネットワーク仮説です。

■化学工場の進化仮説

この化学工場ネットワーク内の化学工場は、生命の起源の化学進化の過程の途中で、劇的な進化を遂げます。

初期の化学工場は、池や水たまりといった地球の地形を利用したものでした。その後、粘性を持った物質や繊維状の構造を持った物質が生成されて、構造化された機能分担が可能な生産ラインが現れ始めます。そして、脂質膜の発明というイノベーションが起き、単一あるいは複数の生産ラインを膜でカプセル化した、マイクロ化学工場が登場したと考えています。これが化学工場の進化仮説です。

粘性を持つ物質が生成されれば、その粘性のため自然に塊を形成します。また、ループ状の化学反応が局所的に発生すれば、生成した化学物質の端に新しい化学物質をつなげるというプロセスを繰り返すことで、繊維状の化学物質の合成はできます。脂質膜も、疎水性と親水性を両端に持つ脂肪酸を生成することができれば、後は水の中でその脂肪酸が自動的に集まって球状の膜を形成する性質を持っているそうです。

化学工場が進化するための粘度を持った塊、繊維構造、膜は、このように比較的シンプルな化学反応と自然のメカニズムを利用して製造することができます。これは純粋な化学反応だけでなく、自然のメカニズムを利用した構造の形成と言えます。このため化学進化という側面ではなく、構造進化という側面として捉えた方が理解しやすくなります。化学工場の進化は、化学進化と構造進化という車輪の両輪が上手く回る事で、達成される進化です。

■化学工場ネットワークの進化仮説

化学工場が進化し、さらに高度で複雑な化学工場のネットワークが形成されることで、より複雑な化学物質が生成され、より多様な化学反応のフィードバックループが形成されることになります。

初期の化学工場のネットワークは、地球の水の循環を利用して、水のたまり場である化学工場間で化学物質を移動させます。やがて、化学工場の中に、粘性を持った塊や繊維状の構造を利用した生産ラインが形成されると、化学物質の輸送に2つの側面が追加されます。

1つは、化学工場内での生産ライン間の化学物質の移動です。もう一つは、生産ライン内での化学物質の移動です。

化学工場内での生産ライン間の化学物質の移動は、水のたまり場の中での水の循環を利用したと考えられます。河川との水の出入りの影響で、水のたまり場の中にも流れが生じますし、地球の昼と夜の繰り返しや天候の変化により周囲の温度が変わると水の対流も起きます。水のたまり場の中に地熱源があったり水やガスが噴き出す部分があれば、それによっても水は動きを持つでしょう。これらが、水の循環を作り出し、化学物質を移動させます。

生産ライン内の化学物質の移動は、水や粘性の固まりの中での自然な拡散を利用できます。また、生産ラインは繊維状の構造を持つことで、その遷移に沿った移動ができます。チューブ状の繊維であればその中を化学物質を移動させることができるでしょう。より高度な方法としては、繊維を線路のように使うモーターたんぱく質のような化学物質が発明されれば、化学物質の輸送装置として利用できます。

その後、化学工場が膜に包まれても、化学物質の移動は同じように行われます。しかし、それこそが化学工場ネットワークの大きな転換点となります。化学工場が膜に包まれると、その中の化学物質の移動は、完全に地球の水の循環の仕組みや水たまりの中の水の循環とは切り離されます。膜の中の化学物質の移動は、環境から独立したものになるのです。

膜の中の生産ラインは境界があいまいな小さな化学工場のようなものとも考える事が出来ますし、膜の中にも膜を持った化学工場を内包することもできます。そのように考えると、膜の中にも化学工場ネットワークは形成されており、それは輸送に外界の力を使わず、自力で化学物質を移動させることのできる、自律的化学工場ネットワークという事になります。これは、初期の化学工場ネットワークからの記念すべき進化です。これが、化学工場ネットワークの進化仮説です。

この時、外界から養分としてエネルギーや化学物質を取り込み、害となる余分な熱エネルギーや物質は外界に排出する必要があります。そうしたやり取りを外界の間では継続しますし、必要な養分が近くまで運ばれるためには、外界の中では相変わらず地球の水の循環を利用することになります。しかし、外部から養分が供給されない時間や、内部に十分なエネルギーが蓄積されている間は、外界とのやり取りを遮断して、内部の化学変化だけで活動を続けることができます。この時、エネルギーや養分だけでなく、化学物質の移動も、外界の仕組みから切り離されたという事は、真に独立したシステムとして動作することができているという事です。

■自己複製の仕組みのロードマップ

化学工場と化学工場ネットワークが進化し、膜の中に自立した化学工場ネットワークが形成されると、かなり私たちの知っている細胞に近い姿になります。自己強化的なフィードバックループの原理に支えられて、このような化学進化が起きた可能性は十二分にあると私は考えています。

しかし、この姿では、まだ私たちの知っている細胞、つまり生命の半分の側面しかとらえていません。もう一つの側面はDNA、つまり、自己複製の仕組みです。

冒頭の文で書いた通り、これは難しい問題ですが、ウイルスが手がかりになるというのが私の最新の気づきです。

ウイルスは遺伝情報を持っていますが、自分自身では自己複製の能力までは持っていません。ウイルスは生物の細胞に入り込んで、その細胞の能力を利用してウイルス自体の複製を行います。

このため、一般的には細胞が存在しないとウイルスも存在しないと考えられ、生命の起源におけるウイルスの登場時期は明確ではありませんでした。しかし、私が立てている化学工場ネットワーク仮説においては、ウイルスは化学工場としての細胞を自己増殖に利用していると考える事が出来ます。自己増殖に利用できる機能を持っていれば、細胞ではなく、水のたまり場であっても構わないという事です。つまり、ウイルスは細胞が登場するよりもはるかに前から、地球上に存在し、自己増殖をすることが可能だったと考える事が出来ます。

ウイルスの仕組みは、細胞の仕組みに比べればシンプルです。このため、自己増殖さえ可能であれば、細胞が登場する前にウイルスが登場したと考えることはごく自然であり、合理的な仮説です。

すると、生命の起源における自己複製の仕組みの登場に、1つの大きなマイルストーンを置くことができます。つまり、化学物質が自己増殖の仕組みが無い初期段階から、ウイルスのように化学工場の機能を利用して自己増殖する仕組みが登場する段階を中間段階として持ちます。その後、自己複製を行う事が出来るDNAのような仕組みが登場した、というロードマップです。

このロードマップに基づけば、初期の化学工場ネットワークにおける自己強化の仕組みから、ウイルスのように化学工場の仕組みを媒介して自己増殖する仕組みへの進化が第一段階のステップとなります。その後、ウイルスの仕組みから、完全な自己増殖が可能になるDNAを持つ細胞へと進化するまでが第二段階のステップとなります。ウイルスの仕組みをマイルストーンとすることで、このようにステップを分けて検討を進めることができます。

■さいごに

この記事では、今まで私が検討してきた化学進化における自己強化的なフィードバックループの仕組み、地球の地形や水の循環を利用した化学進化の促進、化学進化と構造進化の両輪というアイデアを、化学工場ネットワーク仮説として整理することができました。

また、その上で、ウイルスの自己増殖は化学工場で行う事が出来るという着想に基づいて、生物の自己複製の仕組みが発生するまでのロードマップを描くことができました。

このロードマップに基づいて、複製メカニズムの進化のストーリーを組み立てていけば、私が最大の壁と考えていたDNA形成の過程にも一定の合理的な仮説が立てられそうに思えます。


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