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進化する複雑なシステムの概論

生物や知能は、複雑なシステムを持ち、時間と共に進化していきます。

そこには物理的な身体や脳といった形の進化がありますが、その目に見える進化の裏側には、情報と処理という概念が存在しており、それらの自己増殖や淘汰が進化の鍵を握っていると私は考えています。

この記事では、こうした複雑なシステムを、情報と処理という抽象的なものの進化という視点で捉えつつ、それを実現する物理的な情報の記録媒体や処理の実装装置との関係を含めて考えていきます。

この考えを進めていくと、これらの集合がアイデンティティとフィードバックループを形成していることが見えてきます。そして、アイデンティティは情報として、フィードバックループは処理として、それぞれ進化する構造となっていることにも気がつきます。

こうして、全体としてはミクロな情報と処理の進化と、マクロなアイデンティティとフィードバックループの進化という入れ子の構造になっていることが分かります。

では、以下、詳しく見ていきます。

■情報・媒体・記録/処理・装置・実装

情報は、物質的な媒体の上に記録されます。処理は、物理的な装置の上で実行されます。この構造の概念図を図1に示します。

図1 情報と処理

装置が情報により処理の内容を変える事ができる汎用装置の場合、情報を与えることで、それに沿った処理を行う事ができます。この情報は、単なるデータであったり、プログラムや設計図のようなものであったりします。

装置が、与えられた情報をコピーするように実装されていた場合、情報のコピーを別の媒体へ記録する処理が実行されます。

装置が、与えられたプログラムや設計図のような情報を元に別の装置を実装する処理を持つこともできます。その処理により、情報に基づいて別の装置を実装します。

このようにして、同じ情報は複数の媒体に記録され、同じ情報に基づいた処理が複数の装置に実装されていきます。また一つの媒体が複数の情報を記録したり、一つの装置が複数の処理を実装したりすることもできます。

■媒体や装置の事例

以下に、媒体や装置の事例を挙げます。

<コンピュータ>

コンピュータの世界では媒体はメモリやストレージで、装置はCPUやGPUです。情報はデータやプログラムという事になります。

データやプログラムは複数のメモリやストレージに記録することができます。記録処理はCPUやGPUで実行されます。CPUやGPUへの記録処理の実装も、別のプログラムによって実装することができます。

また、データやプログラムによってCPUやGPUの処理を実装すれば、様々な処理が実現できます。同じデータやプログラムに基づいて複数のCPUやGPUの処理を実装することもできます。複数のCPUやGPUをデータやプログラムに沿った処理をさせることも、特別なプログラムよって実現できます。

<人間社会>

人間の社会においては、人間の脳が媒体で、同じく人間の脳が装置にもなります。情報は知識や経験や表現という事になります。

知識や経験や表現は、複数の人間の間でコピーすることができます。特別な教育や訓練が必要な物である場合、教師やコーチなどの人間が必要です。教師やコーチは、教育方法や訓練方法を習得することで、教育や訓練という記録処理が行えるように実装されている、と解釈することができます。

また、人間は獲得したり参照した知識や経験や表現に基づいて、様々な処理を実施できます。同じ知識や経験や表現に基づいて、複数の人間が同じ処理を行う事もできます。

<生物>

生物の場合は、DNAやRNAが媒体です。そして、タンパク質やRNAが装置です。特定のタンパク質やRNAは、DNAやRNAの情報をコピーする記録処理を実現します。

タンパク質やRNAは、DNAの遺伝情報の一部を使って実装されます。これによりタンパク質やRNAは多様な処理を行う事ができます。同じ遺伝情報に基づいて複数のタンパク質やRNAが同じ処理を行う事もできます。DNAやRNAから、タンパク質やRNAを実装する処理も、タンパク質とRNAによって実現されています。

■自己増殖の性質を持つ情報

これらの事例で見たように、情報には、コンピュータの扱うプログラムやデータ、人間の持つ知識や経験や表現、生物の遺伝情報等があります。

コンピュータの経済、人間の社会、生物の生態系という観点から考えると、より状況に適した情報が、より多くの媒体により長く記録される傾向にある事が分かります。役に立つプログラムや、多くの人が楽しんだり興味をもつコンテンツのデータは、広くコピーされ長く活用されるでしょう。

社会に役立つ学問や技術などの知識、生活の知恵や技能などの経験、感動や楽しみを与える絵画や音楽のやダンスのような表現も、同様です。自然界と他の生物との相互作用において優位性があり、適応力の高い遺伝情報も、広く長く引き継がれていきます。

これは生物の自然淘汰と同じ作用を及ぼし、これらの情報は時間と共に進化していくことが分かります。進化した情報は、より長く広く存在することができますが、より進化した情報が登場すると淘汰されていくこともあります。また、全体としては様々な情報が調和しながら多様化していくことにもなります。

情報そのものは意志や意図を持っていませんが、こうした仕組みの中で情報が進化する様子は、あたかも情報が自分自身を広く長く存在させようとする性質を持つように見えます。こうした仕組みの中で進化した情報は、客観的に見れば、自己増殖の性質を持っていると言うことができます。

■自己増殖の性質を持つ処理

情報はそれだけでは何も行えません。必ず、処理が必要です。処理が情報のコピーを記録したり、情報に基づいて別の処理を実装したりできるのです。

処理は単なるデータではなく、時間経過を伴う動的なものです。装置に処理が実装されただけでなく、それが動作することで初めて処理となります。

先ほどは情報の観点から進化や自己増殖の性質を見てきましたが、視点を変えて処理の側から見ても、同じように考える事ができます。

つまり、コンピュータの経済、人間の社会、生物の生態系という観点で、より状況に適した処理が、より多くの装置で、より長期的に実施される、という見方ができるということです。この視点から見れば、処理にも自然淘汰は作用し、時間と共に処理は進化していき多様化していくことになります。こうした仕組みの中で、客観的には、処理も自己増殖の性質を持つと言えることになります。

■媒体と装置の増殖と進化

情報と処理が自己増殖する仕組みの中では、情報を記録するための媒体と、処理を実装するための装置が必要です。

ここまでの議論では、媒体と装置は既に豊富にあるということを暗黙の前提として、情報と処理に焦点を絞っていました。しかし、現実には媒体と装置も十分な量が無ければ、情報や処理は増殖することができません。

このため、情報と処理が増殖する仕組みにおいては、媒体と装置も増加していく仕組みが存在するはずです。

生物の場合、DNAやRNAが媒体であり、その媒体と情報を分離することができません。遺伝情報のコピーを記録する処理で、媒体としてのDNA自体が製造されながら情報が記録されます。

装置としてのRNAとタンパク質も同様に、処理と分離することができません。装置としてのRNAとタンパク質が製造されながら処理が実装されていきます。

このように生物の場合は情報と処理の増殖が、媒体と装置の増殖を意味します。

一方で、人間の場合は、生まれ持った本能としての情報の記録や処理の実装も持っていますが、後天的に情報を記録したり、処理を実装したりすることができます。コンピュータも同様に、製造時に組み込まれる情報や処理を持ちますが、後から情報や処理を加えることができます。

この後から追加される情報や処理の増殖は、媒体や装置としての人間やコンピュータの増殖を直接的には引き起こしません。人間は生物的な増殖によって人数が増え、コンピュータは工業的な製造によって台数が増えます。

ただし、より生物としての人間が増殖しやすいような情報や処理が登場することで、人数はより増えやすくなります。より経済的な価値の高い情報と処理が登場することで、コンピュータの台数は増えていきます。このように情報と処理の進化が、媒体や装置の増殖にも間接的に貢献します。

また、媒体や装置の性能や性質は、増殖の中で変化し、淘汰されることで進化していきます。より安定した情報の記録や、効率的な処理が行えるようになるという段階的な進化です。

それだけでなく、DNAとタンパク質から、脳が登場し、その先にコンピュータが登場すると言った形で非連続に進化することもあります。

■物理的な制約

もし物理的な制約がなく、媒体と装置が無限に存在していれば、情報と処理も無限に増殖可能です。その場合、有用な情報と処理でも、あまり有用でないものも、存続しつづけ、増殖していくことができます。

現実には物理的な制約があり、媒体と装置には限りがあります。媒体と装置は増殖できますが、それでも元となる資源やエネルギーや、物理的に存在するための空間が必要になり、それらの制約を受けます。

この制約が、情報と処理の増殖の制約となります。進化によってより存続や増殖しやすい情報や処理が登場すると、他の何れかの情報や処理は、規模を縮小せざるを得ません。そしてやがて消失することになります。

■フィードバックループ

自己増殖する情報や処理は、記録処理や実装処理によるフィードバックループを形成しています。このフィードバックループは多数存在し、関わっている情報や処理のバランスが安定しているフィードバックループは、安定した自己増殖を支えます。

バランスの悪いフィードバックループは、自然淘汰されることになります。従って、フィードバックループ自体も進化し、よりバランスが良く、安定したものが残っていくことになります。

■アイデンティティ

あるフィードバックループに関わっている情報や処理が進化により性質が変わりバランスが崩れることがあります。また、外部の情報や処理の進化による影響を受けて、物理的な制約の影響で、そのフィードバックループの関わっている一部の情報や処理の規模を縮小してしまい、バランスが崩れることもあります。

こうしてバランスを崩してしまった場合、そのフィードバックループが自己増殖を支える能力も崩れてしまいます。そして、進化の過程で、バランスを崩しやすいフィードバックループは淘汰されていきます。

内部の情報や処理が変化した際に、フィードバックループのバランスを崩さない変化は許容しつつ、バランスを崩すような変化をしたものは排除するような仕組みがあると、進化に対して有利です。

また、フィードバックループ外の情報や処理が進化した時に、それに応じた変化をしつつバランスを保つことができる方が有利です。

このように、内部と外部を区別し、内部の統制を強化したり、外部の変化に適応したりする能力が、フィードバックループの存続にとって重要です。この能力は、自他を区別するという意味で、フィードバックループのアイデンティティと言えるでしょう。

アイデンティティもまた、自然淘汰によって進化していくことになります。

■アイデンティティとフィードバックループ

アイデンティティは、いわば情報の一種です。そして、フィードバックループは処理と見なすことができます。ここには、再び自己増殖をする情報と処理が現れることになります。

アイデンティティは、そのアイデンティティを保持しておく単一の媒体があるというよりも、そのアイデンティティに参加している媒体グループが分散して保持していると捉えた方が、より正確です。

このため、アイデンティティは情報ではあり、部分的に複製することはできますが、全体を複製をすることは難しいことが分かります。

フィードバックループも、単一の装置が処理しているのではなく、複数の装置が連携して実施する処理です。このため、似たフィードバックループは存在しますが、完全に同一のフィードバックループの実装は難しいことが分かります。

このため、アイデンティティは似た性質を持ちつつも微妙に異なる形で別の媒体群に記録されて増殖し、フィードバックループも似た性質を持ちつつも微妙に異なる形で別の装置群に実装されて増殖します。また、アイデンティティとフィードバックは、内部や外部のミクロな情報や処理の変化を受けて、時々刻々と変化していきます。

■情報と処理の完全性

これはアイデンティティとフィードバックループが、複製や時間経過に対して、完全に同じ状態を保ち続ける性質を持ちにくいということを意味しています。これは、自己増殖をする情報と処理には、完全性の有無あるいは度合いという概念があることを意味します。

単一の媒体で記録される情報や、単一の装置に実装される処理は、比較的完全性が高くなりますが、それも媒体や装置の性質に依存します。アイデンティティのように複数の媒体で記録される情報や、フィードバックループのように複数の装置に実装される処理は、完全性を高くすることが困難になります。

■さいごに

この様子は、同じような地域であっても、誰一人として同一の人格を持つ人はいないということや、同じような地域にある森の生態系が、個々の森ごとに異なっているということに見られます。また、同一の人であっても日によって気分が変わり、森も時々刻々とその姿を変えるということにも見られます。

この対比は、人間の脳が単一の媒体と装置ではなく、多数の媒体と装置として捉える方が適している事を示唆しています。

森の中の生物たちは、一つの森の中に多数のフィードバックループとアイデンティティを形成しています。それらが影響を及ぼしながら複合的にバランスを取る事で、森は安定的な成長をします。

一人の人間の脳の中にも、多数のフィードバックループとアイデンティティが形成され、それらが複合的にバランスを取って一人の人格を形成していると捉えることができるはずです。

また、私は個人研究として、生命の起源についてシステム工学的な視点から探求を行っています。

この記事では生物についてはDNA、RNA、タンパク質に焦点を当てましたが、生物登場以前の生命の起源においても、これらの考えを適用して分析をすることができると考えています。

DNA、RNA、タンパク質は情報と処理の完全性が非常に高い媒体や装置と言えます。私は、おそらく生命が誕生するまでの過程では、これらよりも完全性が低い形で情報と処理が自己増殖をし、その中で媒体や装置が進化することでDNA、RNA、タンパク質の登場に繋がり、それが生命を形作っていったと考えています。

このように、この記事で整理した、情報、媒体、処理、装置、アイデンティティ、フィードバックループ、そしてそれらの完全性の度合いという概念で、生命の起源における無生物から生物への進化を分析することで、新しい洞察が得られるのではないかと考えています。

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