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オブジェクト制御エージェントとしての生命モデル

私は、システムエンジニアの立場から生命の起源について個人研究を行っています。

生命の起源は、生物を構成する複雑な化学物質群がどのように出来あがったのかという視点から考えられることが多いと思います。しかし、生物をシステムという観点から捉えることで、別の見方をすることもでき、それがこの謎に対する新しい知見や洞察の手がかりになると考えています。

この記事では、オブジェクトを制御するエージェントという観点から、生物を捉えてみます。エージェントを様々な制御能力を持った制御システムの集合体として捉えることで、生命の起源は制御システムの進化という考え方が出来るようになります。

■エージェントとオブジェクトと自然法則

エージェントとオブジェクトと自然法則という観点で物事を整理します。

オブジェクトは実在する物を指します。エージェントは、オブジェクトを制御します。自然法則はオブジェクトに時間と共に作用します。

エージェントは抽象的な概念です。エージェントの実体は、ある瞬間においては物が集合して形成されるシステムですので、オブジェクトの集合として捉えることもできます。ただし、エージェントを構成するオブジェクトは、時間と共に入れ替わったり、増加したり減少したりすることもできます。

また、エージェントが制御を行うオブジェクトには、エージェントの実体として機能しているオブジェクトも対象になります。

一方で、自然法則は、オブジェクトに作用します。エージェントと違い、自然法則はオブジェクトを制御することはなく、常に一定の法則としてオブジェクトに適用されます。

なお、実世界では、エージェントも自然法則の組合せで出来ています。多数のオブジェクトが巧妙な組合せとなった時に、そのオブジェクト群に作用する自然法則の集合が、エージェントとしてオブジェクトの制御をするような振る舞いを見せます。

■オブジェクトの制御

オブジェクトへの自然法則による作用と、エージェントによる制御の違いは状況判断です。

自然法則は状況によらず、常に全てのオブジェクトに作用します。一方で、エージェントは、状況によって、オブジェクトに与える作用を変化させます。

制御は生物や、人間が作った装置に、多数見られる作用です。人間が立っていてバランスを取る事ができるのは、身体が右に傾いたら左に重心を移動し、前に傾いたら後ろに重心を移動する、という制御を行っているためです。身体がオブジェクトであり、制御のために作用している神経や脳の働きがエージェントです。

エアコンで部屋を冷やしている時、室温が髙ければ部屋を冷やすように動作し、室温が設定温度よりも低くなったら動作を止めます。これも典型的な制御の例です。

■制御によるエージェントの存続

オブジェクトの制御が、エージェント自身の存続にプラスに働く場合があります。また、オブジェクトの制御が、エージェントの制御能力を高める場合もあります。

エネルギーや栄養を摂取するように身体を制御することで、生物は存続できる可能性が高くなります。動物は繰り返し練習することで食料を手に入れたり敵から身を守る技能が向上して、生存の可能性を高めることができます。また、人間は道具を作る事で、より多くオブジェクトを制御することができるようになり、さらに生存の可能性を高めます。

多種のエージェントが環境中に存在する時、存続する可能性が高いエージェントが時間と共に残っていきます。エージェントを増加させるメカニズムが働く場合、環境中には存続する可能性の高いエージェントの数が増えていくことになります。

エージェントが制御によって自身の制御能力を高めたり、増加する中でエージェントごとに差異が現れて偶発的により存続しやすいエージェントが登場したりすることがあります。

エージェントの増加と、存続しやすさの向上が組み合わさると、時間と共に環境中のエージェントの存続可能性はますます高まっていきます。そうしたエージェントは、より高度な制御能力を持つことになります。

■オブジェクトの制御精度

制御すると言っても、その精度や成功率には幅があります。コンピュータの内部のメモリ状態をオブジェクトと捉えると、プログラムはオブジェクトを完全に決定論的に制御することができます。

しかし、アナログな世界では、制御の精度はコンピュータほど高くはなく、バラつきがあります。バラつきは主に3か所にあります。1つ目は状況の判断のバラつき、2つ目は制御方針の選択のバラつき、3つ目は制御実行効果のバラつきです。

例えば、初期の生物は、栄養素がある場所が近くにあっても、その状況を上手く判断できなかったかもしれません。しかし、生物の個体の中に、栄養素が近くにある事をごく稀に気がつくことができる感知機能を持つ物が現れたかもしれません。そして、それを感知した時に、ごく稀に、活発に自身の体を動かすという制御を選択したかもしれません。そして動き回っているうちに、ごく稀に栄養素を取り込むことができたかもしれません。

ごく稀に、という点を強調しましたが、最初から完全な判断、選択、実行ができるものが登場したというよりも、こうしてレアな確率ではあるけれども存続に役に立つ性質を持ったものが登場したというシナリオだったと思います。こうしてごくわずかでも他の個体よりも生存に有利な性質であれば、時間と共にこの性質を持った個体が増えていくはずです。

そして、この性質がさらに偶発的に変化して、その精度が上がっていき、最終的には栄養素の有無を正確に判断し、栄養素があれば活動するという方針を選択し、確実に栄養素を取り込むことができるようになるでしょう。これは、制御精度の向上です。

■オブジェクトの制御の意味

存続しているエージェントから見れば、偶然に獲得した制御能力とは言っても、その存続に役立ってきたという事になります。そして、新しいエージェントが登場した時に、そのエージェントが持っている制御能力が、そのエージェントの存続を左右することになります。

従って、エージェントの存続という観点から考えると、制御能力が存続にとって重要な意味を持っていることになります。

エージェント自体は抽象的なものですが、エージェントが制御能力を発揮するためには、制御対象のオブジェクトだけでなく、制御機構を機能させるためのオブジェクトも必要です。このため、エージェントの存続とは、制御機構を機能させるためのオブジェクト群によるシステムの存続と言い換えることができます。また、エージェントの増加とは、この制御システムの増加に他なりません。

制御システムの存続のためには、制御リソースの確保、制御システム破損からの防護や回避、破損時の修復の能力がある事が望ましいでしょう。従って、エージェントが存続のために持つ制御能力は、これらの意味を持っていると考えられます。

従って、エージェントは、自身の制御システム自体の存続のための制御能力を持っていることで、存続しやすくなるという事です。

■制御能力と制御システム

生物や人間などのエージェントは、多種多様な制御ができる制御能力を持ち、自分自身を存続させることに努めています。

一方で、多様な種類の制御について、状況の判断、制御方針の選択、制御の実行は同じ部分が担っているという場合が多くあります。細胞内ではDNAからタンパク質を生成する仕組み、人間であれば脳が、そうした制御を司ります。

もちろん全ての制御に対してではありませんが、多種の制御を司っていることは確かです。

特定の制御のみを司る制御システムを、その制御専用の特化型の制御システムと呼ぶとしたら、このように複数の種類の制御を司る制御システムは、汎用制御システムと呼ぶことができるでしょう。

■汎用型と特化型の制御システム

汎用制御システムは、新しい制御を生み出すことが容易です。それは、汎用制御システムというオブジェクト群の物理構造を変更することなく、状態を変えるだけで済むためです。

細胞内のDNAからタンパク質を生成する仕組みにおいては、DNAのコードの並びを変えるだけです。脳の場合は、神経細胞の接続部分の刺激の感度や閾値を変えるだけです。

これに対して、特化型の制御システムの場合は、制御可能なオブジェクト群の物理構造を含めて開発が必要です。これは、汎用制御システムに比べて、新しい制御を生み出すハードルが格段に高いということを意味します。

ただし、汎用制御システム自体は非常に複雑なものです。このため、進化の初期の頃は、エージェントは複数の特化型の制御システムの集まりだったと考えられます。

そして、進化が進む中で汎用制御システムが登場したのだと思います。こうして、エージェントは、複数の特化型の制御システムと、1つあるいは少数の汎用制御システムを持つようになったのだと考えられます。

細胞におけるDNAからタンパク質を生成する汎用制御システムが登場するまでは、化学物質の反応による特化型の制御システムが複数存在していたと考えられます。化学進化の進行の中で、制御システムも進化していったと考えられます。そして、細胞は、DNAからタンパク質を生成する1つの汎用制御システムを持つと共に、複数の特化型の制御システムを持つに至ったのだと思います。

多細胞生物も、初期は神経やホルモンを使って複数の特化型の制御システムを持ち、やがて神経が集まった脳が汎用制御システムとして登場したのだと思います。条件反射やホルモンによる調整のように脳を介さない仕組みは、特化型の制御システムの現れだと考えられます。

■オブジェクトの取り込み

エージェントが新しい制御が可能になる時、その制御にオブジェクトを必要とする場合があります。それは、最終的な制御対象としてだけでなく、判断、選択、実行を行うためのものであったり、最終的な制御を達成するための中間状態を保持させるためであったりします。

エアコンの例を考えてみると、部屋の空気というオブジェクトの温度が制御対象です。判断のためには部屋の温度を知るための温度計が必要になります。そして、設定温度以上か未満かで、制御方針を選択するための仕組みが必要です。これはマイコンのようなもので実現できるでしょう。そして、実行のために冷房装置が必要ですし、マイコンによってその動作をON、OFFするスイッチが必要です。

連続動作していると電気代がかさむため、指定された時間連続で動作した場合には動作を止めるという仕様がある場合、稼働時間をカウントしておく仕掛けと、そのカウンタが一定値以上になったら動作を止めるというルールも、マイコンに入れておく必要があります。この場合、カウンタが中間状態の保持に相当します。

エアコンは、人間が設計した制御システムです。温度計、マイコン、スイッチ、冷房装置、カウンタは、全て人間が設計時に意図して制御システムに持ち込んだオブジェクトです。

無生物だった化学物質が生物へと進化する過程では、新しい制御を獲得し、その精度を上げていくという事が多様に行われたと考えられます。この制御の獲得の過程で、エアコンの例のように、判断、選択、実行、状態の保持のためのオブジェクトが必要になり、システムに取り込まれていくはずです。

■システムの境界の曖昧さ

この時、システムと環境の境界はとても曖昧です。

例えば、意志決定は誰かが行って、自分は実行を行うだけという場合、判断や選択をするためのオブジェクトはシステムの外にあると考えた方が適切でしょう。

反対に判断や選択は自分が行うけれど、実行は別の主体に任せるようなケースもあるでしょう。また、システムの内側にメモリとして状態を記憶するオブジェクトを持つこともありますし、メモを取っておくために外側にあるオブジェクトを利用するケースもあるでしょう。

例えば自己修復のための制御であれば、制御対象ですら、システムの内側にあるオブジェクトという事になります。このように、制御のためのシステムとしては様々なものを取り込みますが、エージェントの身体的な位置づけとしては、システムの外側にあるというオブジェクトもあるでしょう。

システムの内側にあるか外側にあるかに関わらず、エージェントはこうした様々なオブジェクトを利用しながら制御を行うことになります。

■さいごに:エージェントの所在

汎用制御システムであれば、各制御に共通している土台になっている部分があり、それはシステムの内側だと考えて良いでしょう。しかし、特化型の制御システムの場合は、制御に関わるオブジェクトの一部がシステムの外の環境にあると考える方が適切な場合もあります。

システムの内側であるかどうかを判断するもう一つの基準は、エージェントが複製や再生産の形で増加する際に、どこまでが複製や再生産の範囲か、ということに繋がってきます。

また、細胞膜のような仕切りがあれば、それをシステムの内側と外側の基準にできるでしょう。

従って、汎用制御システムや複製による増殖の仕組みや細胞膜ができる以前、つまり生物が誕生する以前の化学進化の過程では、化学物質による特化型の制御システムが多数形成されたとしても、システムの内側と外側の境界はあいまいだという事になります。すると、どこにエージェントが存在するのかが見えません。全体に渡って存在すると考えるのか、存在しないと考えるのか、見方が分かれるでしょう。

反対に、汎用制御システム、複製による増殖、細胞膜のような仕切りが登場することで、システムの境界は明確になります。これにより、エージェントの所在がはっきりします。その境界の内側が、エージェントの身体であるという見方ができるためです。

従って、生物の登場は、エージェントの登場という捉え方もできるでしょう。そう考えると、生命の起源とは、エージェントの所在が明確になる、その過程を辿っていくことであると言えるのかもしれません。


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