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【読書感想文】角田光代『タラント』

物語は故郷の空の狭さ空の近さが嫌だと言って
大学進学と同時に逃げるように上京した多田みのりと、
その祖父、寡黙で笑わない清美の過去を
交互に振り返る形で進んで行く。

清美は戦争に行って足を失って帰ってきた。
大学生の時徴兵された清美は
射撃は苦手だが高跳びは得意だった。
親しくなった松本甚平(仮)は同じく大学生で徴兵され
本好き、日記と手紙をよく書く変わり者だった。

大学で友達が出来なかったみのりは
住んでるアパートのコインランドリーで知り合った
真鍋市子の勧めで、ボランティアサークル『麦の会』
に入会する。
そこで知り合う代表の澤和彦、宮原玲、遠藤翔太とは
深い繋がりを持つようになっていく。

清美は先輩から感情を持つなと教えられる。
『甚平はほかの人と違うものを見ている。
銃をかまえながら、少し先の草にとまる
バッタを見ている。
歩哨をしながら瞬く星を見ている。
銃剣術の訓練をしながら
風に波打つ稲穂を見ている。
殴られながら殴る相手の汗を見ている。
ラジオで落語を聞きながら銀座の喫茶店を見ている。
ただ見ている。
それが考えることじゃないかとも思うと清美は考える』

ボランティアサークルのスタディツアーで
ネパールの孤児院を訪れた際
みのりは笑わない女の子と遭遇する。
彼女は人身売買された先で保護された
サジナという少女。

みのり、玲、後輩のムーミンは
その後三人で再度ネパールを訪れる。
『ボランティアってなんだ。
助けに来たんでもないし
良いことをしにきたんでもない。
ただ知るために来たんだ。』

『「ふつう」の意味。
私には私の日常
人身売買から救われた子の日々の ふつう
「ふつう」を通じ合わせる。』とは…。

『あった足がないのはあった足をなくしただけ。
痛くてかゆくてときどき思い出したように
体が熱くなったり寒くなったりする。
それだけ。
そのことについて何も思っちゃいけない。
誰かが息をするのをやめたのか、
夜に葬送ラッパが聞こえる』

『なぜ自分は生きてここにいるのか
裏も表もない簡単なただの疑問』

『どっちのつらさが大きいかじゃない。
朝起きるのがいやになる、という
小さな絶望がわかるか、わからないか、
大事なのはそこだ』

『「もう もう 何もとりあげるな。
そう言いに行く」
清美の沈黙は絶望だったのだと
みのりは気づく。
いったい何を失ったのかすら、
清美にはわからなかったに違いない
何を返せと叫べばいいのかもわからない。
そのしずかな絶望は、もうずっとずっと
清美の一部だったのだ。』

突き刺さる表現の多さに圧倒されて
久しぶりに読後感想を書いてみたくなった
一冊でした。

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