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ご冥福お祈り申し上げます。

 朝、6時に起きて、食欲がないからだらだら過ごす。
 
 TikTokを見ていてたら鳥山明さんの訃報のため、ドラゴンボールやらドラゴンクエストの投稿が目立つ。
 
 なんとはなしに、それを見ていたら、涙が出てきた。

 別にわたしは、鳥山さんの知り合いでもなんでもないし、漫画家でもない。

 でもなぜだろう。

 ドラゴンボールのOPやらEDやら、あるいはアラレちゃんだったりドラゴンクエストのショート動画を見て、涙が出てきた。

 悲しいのではない。

 鳥山さんが亡くなったことは、残念なことであるが、

 わたしにとってはまったく関係ないことなのだ。

 だから、悲しくて、泣いているのではない。

 なんだろうな、って、考えると、それはきっと、「こころ」の問題なのだと思う。

 心の問題。


筋斗雲に乗る孫悟空

 心の問題。

 わたしは現在失業中で、病気持ちである。

 ひどく厳しい環境に置かれている。

 鳥山さんに関することを見ながら、幼い記憶を思い出す。

 わたしは、ドラゴンボール世代である。アラレちゃん世代でもある。し、ドラゴンクエスト世代でもある。
 
 がっつり鳥山先生のチルドレンなのである。

 だけど、別にファンというほどのことでもない。

 ただ、わたしの記憶のなかで、しっかりと根づいているのだ。

 昔の話をしよう。

 わたしは、幼稚園で、ブラスバンド部に所属していた。

 小太鼓を担当していた。

 その、小太鼓を収納するのに、「袋」が必要で、

 その「袋」を母が作ってくれた。

 そこには、「孫悟空」が描かれていたのだ。

 アップリケなのか、刺繍なのかはわからない。

 でも、その「袋」がわたしは好きだった。

 まわりの友達はそんなかっこいいものをもっていなかった。

 母は、裁縫が得意なのだ。

 そのことが自慢だった。

 だから、ブラスバンドに出るのも、楽しかった。

 悟空がいたから。

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 次に、小学生のころのこと。

 わたしは少年だった。

 ドラゴンボールを、リアルテイムで見ていた。

 「気」の練習もしたし、「きっといつかはかめはめ波を打つことが出来る」と信じていたし、「空も飛べるはず」と思っていた。

 毎週の水曜日の夜が楽しみだった。

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 思い出して、こうやって記事を書いていると、

 涙がこぼれてくる。

 なんでだろう。

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 そういえば、兄は、ドラゴンボールを全巻持っていたな。

 兄とは、犬猿の仲なのだけれども。

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 まあそういったわけで、わたしは過去の、「汚れのない自分」を思い出して、いまの「汚れのある自分」と照らし合わせながら、

 何かを感じて、涙をしているのだ。

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 鳥山明さんの訃報に対して、ワンピースの尾田栄一郎先生も、ナルトの岸本先生もコメントを残していた。

 わたしも、たぶん、いやきっと、

「ありがとう」って、言いたいんだと思う。

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 少年の夢を見させてくれた鳥山先生。

 孫悟空、Z戦士たち、アラレちゃん。ドラクエのキャラ。

 ああ、

 ああ。

 別に、鳥山先生のことなんて、他人なのに。

 なんで、涙が出てくるんだろう。

 藤本先生(藤子・F・不二雄)先生のときも、さくらももこ先生のときも、泣かなかったのに、

 なんでだろう。

 少年の頃、思った。

 筋斗雲に乗りたい。

 筋斗雲に乗れるためには、「汚れのない心」を持っていなければならない。

 わたしは、わたしは、

 ずいぶんと汚れてしまった。

 だけどわたしの心のなかに、「悟空」はいるのだ。

 涙がこぼれてくる。

 別に、知り合いでもなんでもないし、

 ファンというほどのことでもないけれど、

 わたしは、鳥山先生のご冥福をお祈り申し上げます。

 素晴らしい作品を残してくれて、ありがとう。

 わたしも、そういう作品をつくりたい。


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