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大阪の玉造(たまつくり)の夜。1996年頃の話。


元プロレスラー、故Mr.ヒト さんはボクの恩師だ
ボクは「ヒトさん」とは一度も呼んでなくて
初めて会った時から「安達さん」と呼んでる。
なのでここでも「安達さん」と呼ぶが
安達さんは大阪の玉造(たまつくり)と言う町で
亡くなったお姉さんが営んでいたお好み焼き屋を奥さんと2人で
まぁ、継ぐという形でやっていた。
当時ボクは、ほぼ毎夜安達さんの店
「お好み焼き屋 ゆき」で晩御飯を食べていた。


安達さんのお店はお好み焼き屋だけど
ボクにはほぼお好み焼きは出て来ない
というか注文しても 出て来ない。
安達さんのノリが悪い日には
「今日はキャベツが無いからお好みは焼けない」
と言って断られたが代わりに
「井上くん、今日はカレー作ったから食べてよ」とか、
「お好みとか食わずにステーキ焼いてやるよ」とか、
あとちゃんこ鍋をよく作ってくれたりもした、
ちゃんこで使う肉は必ず豚肉だった。
(ボクがよく豚肉を食べるのはここから来ている、安達さんが豚肉が体に一番良いと言っていたからだ)


奥さん(女将さん)にも
「井上さん、トンカツ作ってあげるわよ」とか
「サンドイッチ食べる?」とか
どの料理も美味しくて
本当に良くしていただいた。
だいたい1996年とかそれぐらいの年だ。

メニューにあるやつで一番食べたのは「そば飯」。
「そば飯」って単に焼きそばにご飯を混ぜたやつ。

ボクは安達さんの所で食べたのが初めてだったけど
神戸の言わばソウルフード的なものだと言うのを後で聞いた。

当時店は何だかんだ安達さんが面白いので
「お好み焼き屋 ゆき」にお客さんはたくさん来ていて
たいがい満席だった。

その夜もそば飯を食べようと注文した。
ボクには特盛で出してくれる。


隣のテーブルにはその日の大阪巡業での試合を終えた
ターザン後藤さんが付人の若手レスラーと座っていた。
ターザン後藤さんの額には激闘を物語る白く分厚い絆創膏がテープで貼られていた。

夜10時ぐらいだったか、
店のトビラがガラガラガラ…と開いて
浮浪者みたいな痩せたおじちゃんが立っていた。

髪の毛はボサボサで伸び散らかしていて
かけた銀縁のメガネはズレていて
ヨレヨレのカーディガンに
クタクタのスウェットを履いて
足には履き古した感のある便所草履だ。

ボクは最初「…乞食なんじゃないか」と思ったが
安達さんは
「おおぅ…!悪いんだけど相席しかないんで、…そこ、座ってもらえる?」
とボクのテーブルを指差した。

ボクは目の前のお好み焼きのテーブルの鉄板が埋め尽くされるぐらいそば飯が大量に来るのが解っているので
「…って、ちょっと。」となったけど、
…もうええわ…。って
おじちゃんに座ってもらった。

そしてお好み焼きテーブルの黒い鉄板に安達さんが
そば飯をドサリと置いてくれた。

出来たての湯気の立つ大量のそば飯を一人で食べるのも何なので
「おじちゃん、良かったら一緒にそば飯食べましょ」
と声をかけると、おじちゃんは躊躇なく
「うん、ありがとう」
と言い、そば飯を一緒に食べるのだった。

おじちゃん隣のテーブルのターザン後藤さんをチラチラ見ている。

ボクはビールを飲んでいたけど
おじちゃんはお酒は飲んでない。烏龍茶。
何となく悪いな…と思い
「なんならボクが出すんで良かったら飲んでくださいよ」
と言った。
けれどおじちゃんは
「まだ仕事があるから飲まれへんねん」
と言った。

思わずボクは
「見栄はって」と言ってしまった…、
だってそれぐらいボロボロでくたくたの格好をしていた。
聞くと
「この辺に仕事してる事務所があって、お腹空いたからちょっと食べよ、と思って来てん」と、おじちゃんは言ったが
その出立ちからそんなこと信用出来るわけ無い、
それに何だか悲壮感が漂っているし。

しかしおじちゃんはそう言うのだ。
相変わらずターザン後藤さんの方をチラチラ見ていた。

おじちゃんと途切れ途切れでも話している内に
どう言うワケか格闘技の話になった。
ボクは当時シュートボクシング、キックボクシング、グローブ空手をやっていたのでそれを話すが関心無さげに「ふーん…」と言っていた。

おじちゃんは相変わらずターザン後藤さんをチラチラ見ていて、
額の白い絆創膏をゼスチャーで自分の額を指さし、ニヤリとして
「…これで多い日も安心…」と言った。

ボクはかなりムカッとして
(マジでなんてこと言うんだ…
この人はまったく…!)

と思わざるを得なかった。


しばらくして大量のそば飯も食べ尽くし、(ほぼボク一人で食べた…)

安達さんの方を見て「ほな、もうぼつぼつ行くわ」と言って
おじちゃんがポケットからお金を出そうとしていた。

そろそろそのおじちゃんに情が湧き出していたボクは、
「おじちゃん、ボクが払うから良いですよ!」と口走る。

するとおじちゃんは、
「…ううん、おじちゃんけっこうお金持ってんねん」
と言ってこちらの分もあっさり払ってくれた。

ほんとにお金を持っていた、
しかしなけなしのお金だったのではないか?…

やがてターザン後藤さん一行もひき上げて、
他のお客さん達も帰って
ボクと安達さんだけになり
安達さんがボクに

「今日井上くんの前に座った人、
誰か知ってるか?」

と聞いてきたのでボクは

「ああ、この辺に事務所があるとか言ってたけど、
 …まぁただの浮浪者でしょ」

と応えた。

すると安達さんは信じられないことを言った。

「バカヤロウッ!あれが 中島らも さんだよッ!」



驚いた…。



愛妻tamamixと知り合ったばかりの頃、彼女の部屋である本を見て驚いた、
何でこんなの持っているんだ!
…その本のタイトルは
クマと闘ったヒト」中島らも著
(株式会社メディアファクトリー発行)

安達さんとの対談や、安達さんの事を綴った本だ。
自分でも持っていたが大阪の実家を引き払う時のドタバタで何処かに行ってしまった、…いや、弟が持ってるかも知れないな、どうかな?
そんな懐かしさで…これは、と思っていたら
tamamixは
「中島らもさんは好きだし
Mr.ヒトさんもむちゃくちゃで面白い」
と言う、
ボクはボクと安達さん(Mr.ヒトさん)の話をし、
tamamixはその繋がりにビックリしていたのでした。


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