平野川に落ちた日。1983年頃の話。

大阪の生野区に淀川水系の一級河川、平野川がある。

これがボクの小学生や中学生の頃は汚いのなんの…いわゆるドブ川だった。その水路の両脇はコンクリートで舗装されていて、川面から3mぐらいは高さがあるのだけど少し暖かくなる季節には物凄い臭いを放つ。

平野川はそんな川だった。

橋から川面を見下ろすとヘドロがドロドロになっていた。
放り込まれたんだろうな、
フレームがぐにゃぐにゃの自転車が何台も見えていて
それは流れずにヘドロをぬるぬるに車体にまとわらせて揺れもしない。
川の色なんか油ねんどに赤とか紫とかを混ぜたような色でぐったりと動いてる。

ボクはそんな川に落ちた思い出がある、
1983年頃の話だ。

自転車でプラモデル屋に出かけている途中、当時ボクに暴力を振るってそれを楽しみにしていた子供たち何人かに捕まった。
自転車をチェーンで繋がれて誰も来ないような
ちょっと影になってて、粗大ゴミがいつまでも置いてある様な
そんな場所に引っ張られ、先ず持っていたお金を取られた。

「金を取ったんだから良いだろう、もう。」とボクは思うが、彼らは薄く笑いながら
「井上は懸垂でけへんらしいで。いえ~いっ!」
と何人かで「ほんまかー!」とかヘラヘラ笑ってる。

何がいえ~いだ、と思いつつも
「…出来るわ。」と言うだけ言ったが
実は懸垂1回も出来なかった。

当時ボクは何かの格闘技をやっているでもなく、筋力も弱く、体重も50kgも無く…、
つまり ガリガリで弱かった 。

あまり喋りもしなかったので言葉の暴力、物理的暴力になす術が無い。

「ほんなら 橋から吊るしたるからショウメイしてみろや。」

…でッ!?
…落ちて死んだらどうするんだ?とか
お前ら何も考えて無いのか!?とか思うけど
彼らが何かを考えているワケは無い、
そういう思考ではないのだ。

ボクは何人もにどんどん追い詰められて
金網を何かで破って鉄柵をねじ曲げた所を潜った。
川面までかなり高さがある。

「行けや、おら!」とか言われながら
コンクリートで舗装され
ヘドロがドロドロの水路に掛かる橋の橋桁のパイプや
L字の所に掴まってぶら下がった。

そのまま先に行く事も戻る事もできずに
何分か…(自分の感覚なので何分も経っていないと思うが)
足をバタつかせるでもなるブラーンとしていた。

もうL字の所をつかんでいる手の指はとっくに伸びていて
もうダメだ、落ちる。 確実に落ちる、、そう思っていた

だが妙に冷静だ。
ボクを追い詰めている皆の顔がクリアに見えた。

相手はくしゃくしゃと笑って、
手を叩きボクを指差す。

やけにスローモーションだ。
あれから40年以上は経過しているが、その時の映像はまるでスクショされた画像みたいにハッキリと思い出すことが出来る。

そしてボクは皆の期待通りヘドロの中に落ちた。

…その瞬間、
「キャャーッッ!!」
「アホや~!」「落ちよったー!」

もはや悲鳴の様な、
歓声に似た歓喜の様な、
けたたましい …
それでいて異常なほど純粋な声を
ドブ川のヘドロまみれの中で聴いた。

ドロドロのヘドロがクッションになり
約3メートルほどの高さから落ちた衝撃を吸収してくれたのだが

ボクは思う、純粋さの正体は「狂気」だ。

…どうなってんだ?
ヘドロに落ちて何分ぐらいもがいていたのかわからない、
もう一頻り笑いバカにし終えたのか、誰の気配も橋や周辺には無い。

もう頭のてっぺんから爪先までドロンドロンのデチョデチョで
脱げたビーチサンダルはどこかにいってしまった。

裸足だけど足を切ったりしないで良かった
どこか擦りむいているかな?わからない。
右の脇腹が痛かった。
首も痛かった。
冬でなくて良かった…

しかし臭い…。

不思議と腹は立ってない、ああゆう奴らはどんな世界にも何をやっている人達の中にも必ずいる、

それよりも脱出だ。

懸垂が1回も出来ないんだ、どうやって登るんだ?
3メートルはあるだろうヘドロまみれのコンクリートの壁を。。

そうこうしている内に 持つべきは友だ、
一緒にプラモデル屋さんに行こうと言っていた吉川君
が橋の上から手を振っていた。

「おーい! やられたなあ!ひゃひゃ…!」
と笑ってる。

ボクは「上げてー…」と手を伸ばし言うが
「ヘドロがついたらいやや!」と吉川君はいった。

吉川君にロープのようなものを粗大ゴミの辺りから持ってきてもらい
引き上げに手伝ってもらった。
力が無いから途中まで登っては落下を繰り返し
1時間以上はかかったと思うけど、ようやく陸に戻った。

ひっくり返されていた自転車を起こし
ドロドロのままそれに乗って
町行く人の注目を集めながら家に帰った。

母親の成子はびっくりして

「あんた、破傷風になったらアカンで。
お金も取られたん!まぁ…。」
と、その程度の感想を言い、洗濯機からホースを引っ張って来た。

ボクは自宅と隣の家との路地で
服を全部脱いでゴミ袋に入れ全裸でホースの水を頭から被り、
食器用洗剤で全身を洗った。

食器用洗剤で体洗うとどうなるか知ってます?…もうバリバリ。

「一応体の臭いは大丈夫やで」と母親。

耳の中のヌルヌルしたのも取った。
でも口の中に食べたワケでもないのにヘドロの味がする、、
味がするんだよ…

…もうイヤや。

今日はプラモデル屋さんに行って
ダグラムの24部隊専用ソルティックのプラモを買って
幸せな気分になるはずだったのに、
金は取られるわ、ドブ川に落とされるわ…

ボクが被害を受けた未成年の少年達による
金品強奪の社会的責任を問うのはさておき、母親は
「お風呂行っておいで、はよ!」と言い、お風呂道具とチャリ銭を持って来てくれた。

近所の銭湯サウナのある「辰巳湯」に行こう。

もういいよ…、サウナだ。サウナ、サウナ。
もうどうでもいい、サウナ入ろう。早く早く。

そしてボクの行っていた実家のすぐ近所の銭湯サウナには、行くと必ず出会う人がいた、ヤクザの親分だ。

会う…と言うか、遭遇するとボクはわりと喋りかけられた。

「自分より先にサウナから出たら10万な」…とか、
水風呂に叩き込まれたり、いろいろしたけど…。

その夜も居た。
サウナのテレビでナイターを見ていた。
黙って座るボクは普通にしていたが
顔の力が抜けなかったと思うし
ずっと目が充血していて涙が溜まってる感じだ

そりゃそうだ、ドブ川のヘドロに落ちたのだ。

野球の切りの良いところでヤクザの親分は立ち上がってテレビに一人言を言ったのか、ボクに言ったのかは知らないが

「 しょうもない顔すんな。」

そう呟いてサウナを出ていったのが思い出に残ってる。

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この文章も何年か前にWEB連載していた
「日刊サウナ」の記事なんだけど、
当時はアップされた後で「こんなの書くべきじゃなかったか」とか思ったりしていた。
これ読んでも誰も良い気分にならないんじゃないかな。と考えたりしていたんだけど
大好きな妻のtamamixが「すごい良い記事だよ、きっとこの文章を必要としている人がいるんじゃないかな」と言ってくれたので今回もサルベージする事にしました。

全てのニュアンスは連載当時の感じだけど現在に合わせて修正している箇所はあります。

本文中のボクは「誰かに対して腹が立っていない」的な事を言っていて、
きっとその部分で「何で?腹立たないの?そんな事されて…」
と思われる読者も居られるとは思いますが
それほど当時のボクの感情は
毎日の様に自分自身に振るわれる他者からの暴力に馴れており、何とも思わなくなっていっている時期であった様に思い返します。

それと、

ボクは他人、特に明らかに自分より実際に力の劣る者に対して暴言や力による暴力を振るう様な人間やそんな集団、そして権力には

興味がないのです、

一切の影響は受けません。


よく10代後半辺でボディビルとパワーリフティングのトレーニングで平均以上のフィジカルを持った時代に
ジムの先輩等から
「やはり昔いじめられたりした経験から強くなろう、と思ったんやな」
と言われたりしましたが
ボクは人をいじめる様な人間からはまったくインスピレーションを感じません。

ボクが強くなりたい、と思ったのは
「ゴジラ」の破壊や、
独りで戦った「仮面ライダー」や、他のライダー達や、
違う星から来て地球を守る「ウルトラマン」や「ウルトラ兄弟」達や、
バカにされながらずっと孤独に生きてきた初期の「キン肉マン」や、その仲間や、
北斗の拳の「ケンシロウ」や他の登場する拳法家に影響されたからです。


ずっと変わらない気持ちです。








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