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【連載小説】悩み のち 晴れ!sideサトシ(ライトブルー・バード第3部&FINAL《1》)

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そして登場人物の相関図(の一部)はコチラです↓

⭐イラストは小説執筆ツール『Nola』様のプリセット画像をお借りしております


《井原サトシ》

 
 サトシたちの通う高校では、毎年2月にマラソン大会が開催されている。

 男子15キロ、女子は7キロ。男女学年別で走るこの催しは、マンモス校ゆえ、ほぼ一日かけて行われ、自分たちが走る時間以外は、非日常を楽しんでいる生徒は割りと多い。

 もちろん、運動部のプライドをかけ、その日に向かって準備を怠らない生徒も多数いる。井原サトシもその1人だ。

 大会本番まであと一週間。

「サトシぃ、オマエって本当に『体力バケモン』だよな。今日のマラソン練習でも1位だったんだって? 3組に陸上部の長距離担当いるんだろ? 少しは花を持たせろや」

 ここはバスケ部の部室。

 運動部だけあって、最近の話題に上がるのは、やはりマラソン大会関連が多い。
 
 今日の3~4校時は1組から5組までの『クラス前半組』による大会前合同練習だった。余裕で1位を取ったサトシは、表情一つ変えずクールに振る舞う。

「あ? 知ったこっちゃありませんが何か?」
 
 ちなみに昨年度の大会優勝者はサトシで、当時1年生だった彼のタイムは、学年どころか校内1位の記録を作ってしまった。

「オマエの2連覇は、ほぼ決定だな。また女子のファンが増えるぞ」

「うぜぇ」

 サトシが本気で呟く。自分の外側しか見ていない女子たちが、わざとらしく騒いだり、『付き合って下さい』なんて言う神経を、彼は理解出来なかった。

 (アイドルじゃあるまいし…)

「……そうそうサトシ、『クラス後半組』の練習が5、6校時にあったんだけど、1位はオマエと同中の星名リュウヘイだったってよ」

「はぁぁぁぁぁぁ!!??」

 さっきまでのクールな態度はどこへやら……。サトシが顔を思い切りひきつらせる。

「おぃ! そこの『クラス後半組』2人ぃ!」

 サトシが2人のレギュラーメンバーを睨む。

「オマエら運動部のクセに、あの『帰宅部バイト野郎』に負けちゃった……ってこと?」

「まあ、結果はそうだけど、俺ら最後まで競っていたぜ。俺が2位でコイツが3位」

「そうそう、星名には負けたけど、陸上部のヤツらには勝ったんだからいいじゃねーかよ」

「…………色々大丈夫か? ウチの陸上部」

「それにして、星名あのチビメチャクチャ体力あるな」

 ちなみに、昨年度大会でのリュウヘイ順位は22位で、帰宅部としては脅威の健闘だった。

「あの野郎、ハンバーガー屋のバイトで体力をつけやがったかぁ?」

 サトシは溜め息をつきながら腕を組んだ。

「星名って帰宅部のクセに運動神経はいいんだな。勿体なくね?」

「いや、リュウヘイの運動神経は平均的だよ。だけど昔から長距離だけは得意だったな。スポーツテストの持久走では、アイツ毎年2位だったし……」

「おっ! サトシ、星名のコト随分詳しいねぇ。さすがは『BL疑惑』の相手……」

 部員の一人がサトシを茶化して、その場の空気を笑いに変えようとしたが、それは余りにも無謀だった。

「あっ!? 泣かすぞテメー!!」

 この疑惑は、もちろん事実無根なのだが、長身イケメンのサトシと、小柄な『ワンコ男子』リュウヘイとの組み合わせに、過剰反応する女子生徒が未だに存在するらしい。『幼なじみ』という間柄が、想像力豊かな彼女たちを、より刺激するとか、しないとか……。

 更に、ネットにアップされている某BL漫画の主人公2人が、サトシとリュウヘイにそっくりだということも、周りから熱い視線を注がれる理由の1つになっていた。

 実はこの漫画の作者は、サトシの姉である井原ナルミだ。実の姉が意図的に描いた作品なのだから、似ているのは当然だろう。
 この事実を弟のサトシは知らない。もっともこの件に関しては、その方が幸せなのかもしれないが……。

「いいか、オマエら!! バスケ部のプライドがあるなら、間違ってもリュウヘイに負けるんじゃねーぞ!! 万が一、アイツより順位が下だったら、トレーニングでペナルティーが待っているからなっ!!」

 『地雷』を踏まれてスイッチがONになってしまったサトシ。怒りがヒートアップすると、彼の口角は自然に上がってしまうのだが、その表情は一般的な怒り顔よりも、周りにかなりの『圧』を与えていた。

「へ、へ~い」


★☆★☆


「サトシ、お疲れさま」

 体育館を出ると、山田カエデの姿が見えた。カエデは帰宅部なのだが、最近は図書室で勉強しながら、『彼氏』であるサトシを待っていることが多い。

「おぅ、カエデ」

「サトシ、相変わらず仲いいなー。んじゃ、俺らはここで」

 メンバーたちは、「羨ましいな~」、「俺も、部活終わるまで待っててくれる彼女が欲しい」などと言いながら、薄暗い景色の中に消えて行った。

「……俺らも帰るか」

「うん」

 仲の良いカップルぶりが、結構さま・・になってきたと思う。
 
 そう、自分たちはカップルはカップルでも『偽物』カップルだ。

 一軍女子グループを敵に回してしまい、陰湿なイジメを受けるようになったカエデを守る為に、サトシは自ら『番犬役』をかって出た。

 学校内における井原サトシ自分の立ち位置を客観的に見た結果、その『彼女』に嫌がらせをするバカはいないだろうと判断したからだ。

 効果はてきめんだった。ただし、イジメはなくなったものの、今度はカエデに媚びを売る輩が想像以上に増えてしまったのだが……。
 先日は、『バスケ部に気になる部員がいるというクラスの女子』が、「その男子を自分に紹介して欲しい」なんてカエデに頼んできたそうだ。

 ここまで図々しいと、一周回って感心してしまう。

 ちなみに2人が『偽物』カップルだという秘密を知っているのは、リュウヘイとナルミ、そしてサトシのクラスメートである今泉マナカの3人だけだ。
 
 特にリュウヘイには事実を知ってもらう必要があった。

 だって、カエデが本当に好きなのは、リュウヘイなのだから……。

「…………」

「どうしたのサトシ?」

「ん? あ、いや何でもねぇ」

 思わず考え事に集中してしまった。

「ねぇサトシ、知ってる? 『クラス後半組』のマラソン練習、リュウヘイが1位だったんだって!」

「聞いた聞いた。アイツ…マジであなどれないよなー。メンバーに『当日はリュウヘイに負けるんじゃねーぞ』って渇を入れておいた」

「マナカちゃんが言ってたよ。リュウヘイって、バイト先の女性マネージャーさんに気に入られ過ぎて、色々こき使われている……って。だから体力がついたんだろうね」

「ソレ……いいのかよ?」

 小型犬のように厨房の中をあたふたと動いているリュウヘイを想像して、サトシは苦笑いをしてしまった。

 カエデも同じことを考えていたのだろう。口元に手を当てながらクスクスと笑っている。

「……カエデ」

「何?」

「大会当日……、心の中でリュウヘイを応援してもいいけど、表面では俺のことを応援してくれよ」

「えっ? いやいやいやいやいや…私はサトシを応援するよ」

 カエデの心底困ったような表情を見て、ちょっと意地悪だったと反省した。

 彼女はサトシの気持ちを知っている。『偽物』カレシになったあの時、長年の想いを、ついうっかり口にしてしまったからだ。

 それだけが悔やまれてしょうがない。一方的な気持ちで、彼女を困らせたくなんかなかった。

「ごめん……」

 そう言ってカエデの頭にポンと手のひらを置く。
 
 『偽物カレシ』の自分は、彼女にどこまで触れていいのだろう。

「別に謝らなくてもいいって。…っていうか、応援してもしなくても、1位はサトシに決まってるけどね。それでも私はサトシを応援するよ!」

「…………おう、サンキュ」

 
 本当は、今すぐにでも彼女に触れたい。

 偽物カップルの『契約』終了条件は、2人が高校を卒業…又はリュウヘイがカエデの気持ちに応えた時。……ならば、これ以上、自分から関係を進めることはできない。

 自分はカエデに小3から片思いしていて、カエデはカエデで幼稚園の頃から、隣の家に住むリュウヘイのことをずっと想っている。
 しかしリュウヘイは、高校の入学式で偶然見かけたマナカに一目惚れをしてしまった。そんなマナカの片思い相手は、バイト先で一緒に働いていた大学生の荒川ヒロキ……。

 (まるで一直線だよな。ここまですれ違うと、逆に清々しいや)

 この4人が、これからどうなるのかは、当事者であるサトシにも分からない。

 でも……、

 カエデを手放す準備は、いつでも出来ている。


☆★☆★

 
 あっという間に一週間が過ぎ、冬晴れの空の下で、マラソン大会が始まった。

 2年男子のスタートは午後イチ。昼食後ということで、コンディション的に結構キツイと感じる生徒たちが多い中、サトシは余裕でストレッチを行っていた。

「井原センパーイ!」「カッコいい!!」などという黄色い声は全て無視だ。

 (あ、リュウヘイ)

 スタートラインに立っている2年男子は約150人。そんな中にいる小柄なリュウヘイは、うっかりすると周りに埋もれてしまいそうだ。

 リュウヘイがどんなに自己記録を伸ばそうが、彼は所詮、自分の敵ではない。しかしカエデのことに関しては、色々複雑な思いがあるので、やはり注目せずにはいられなかった。

 (……で、カエデは?)

 カエデはこういう時に恋人ヅラするタイプではないので、サトシはギャラリーの後ろに視線を伸ばす。案の定、彼女は集団の一番後ろで自分のことを見ていてくれた。一瞬だけ目が合う。それで充分だ。

 サトシはクスッと笑うと、リュウヘイのいる方向へと歩き出した。

「よっ、リュウヘイ。ちょっと顔貸せや」

「ん? 何だよサトシ?」

 怪訝そうな顔をしながらも、リュウヘイはサトシの横に移動する。

「オウ、リュウヘイ。オマエ、かなり絶好調らしいじゃねーか?」

「まあね。バイト入る度、チーフマネージャーに無茶振りされるから、かなり体力がついたよ」

「やっぱりな。……って、なんでオマエはそのブラックな状況を、当たり前のように受け入れてるんだよ!?」

「ん? まあ、楽しいっていえば楽しいからね。基本、みんないい人ばっかだし」

「ふ~ん、今泉もいるしな。せいぜい頑張れや。アイツの前で張り切りすぎて、スッ転ぶなよ」

 サトシが意地悪っぽくマナカの名前を付け足すと、リュウヘイの顔が赤くなった。  

 (リュウヘイのヤツ、やっぱり今泉のこと……まだ好きなんだな)

 分かってはいたけど……。

「さ、サトシぃ! 前にも言ったけど俺は今泉さんに近づくつもりはないのっ!」

「ふ~ん」

 (だったら、幼稚園の頃から自分オマエを見ているカエデの視線に気づけよ。話はそれからだ)

「そ、そりゃぁ、クリスマスに2人でバイキングに行った時は、うっかり告白しそうになったけど……」

「はぁ!?」

 予期せぬ話の流れに驚き、サトシは思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。

「そこまで驚く?」

「オマエら、クリスマス……一緒にいたの?」

「バイトしてたら、元スタッフの人が突然やって来て、俺たちにバイキングのチケットをくれたの。本当に『たまたま』だから……」

「…………『たまたま』ねぇ」

 なんかしっくりこない。

「サトシこそ、カエデとどうなってるんだよ? オマエらが『偽装』しているって分かっていても、俺なりに気を使ってるんだからな? はっきりさせたら? 『カエデの本命』なんか気にしないでさ……」

 (『カエデの本命』って……それオマエのことだからっ!!)

 危うく脳内の言葉を実際の言語に変えてしまいそうになったサトシ。
 しかし『2年男子は全員スタート地点に移動して下さい』というアナウンスが乱入してくれたおかげで、それは未遂に終わった。

 (あ、あぶねぇ。またうっかり口を滑らすとこだった)

「じゃあなリュウヘイ。俺以外のバスケ部員は、全員オマエを意識して走るからな」

「おう!」

 色々ひっかかることはあるが、今は忘れて走ることに集中するだけだ。サトシは両肩を交互に回しながら、ゆっくりとスタート地点に向かった。

 そして……

「全員、位置についてっ!!」

 ピストルの合図が空に向かって放たれる!!

 (よっしゃいくぜ!2連覇)

 サトシの足は軽やかだった。


☆★☆★

 
 校庭のトラックを半周し、校門を出た時点で、上位グループと下位グループが既に出来上がっていた。サトシとリュウヘイはもちろん上位。2人ともペースは安定している。

 (リュウヘイのヤツ、やっぱり食らいついてくるなぁ)

 周りの現状と己の余力を確認するサトシ。差をつけるタイミングはどこでどうするかを彼は冷静に考えていた。

 そして……、

 (今だ!!)

 サトシの足が集団から頭1つ分飛び出す。このリードが合図になったかのように、上位グループ集団のカタチが、だんだんと崩れてきた。

 (悪ぃな。お先!!)

 あとは感覚と自分の足を信じるのみ!! サトシは予定通りのペースを維持しながら、周りの生徒をどんどん引き離していった。


★☆★☆

 
 2月の風は、いつもにも増して冷たいけれど、今の自分にはこれくらいの体感が丁度いい。

 前を走るランナーが誰もいないマラソンコース。サトシは全身で風を受けながら、順調に足を動かしていた。

 余力はまだある。

 (2連覇確定!)

 心にも余裕が出来たことで、サトシはねじった首を後方に向けた。他の『上位グループ勝ち抜き組』を確認するためだ。

「…………えっ?」

 数メートル後方を走っているのは、何とリュウヘイ! いや、リュウヘイだけ・・と言った方がいい。

 (オイオイオイオイ……リュウヘイが速いのか? それとも他の連中が遅いのか!? どっちにしろ、大丈夫かよ!? ウチの運動部はっ!!)

 サトシの顔がみるみるひきつってきた。

 その瞬間だった。

 (あっ!!)

 スタート前、リュウヘイとの会話で感じていた『しっくりこない気持ち』……。今頃になってサトシは、その違和感の『正体』に気づいてしまった。

 
 今泉マナカのことだ!!

 
 (そうだよ……今泉は、プライベートで男子と合うような誤解を招く行動はしないハズ……)

 『校内3大美少女』に数えられているマナカは男子からのアプローチが半端ない。勘違いされない為……つまりは自分を守る為に、男子からの誘いは些細なことでもしっかりと断っているのだ。

 (アイツは結構ハッキリしているからな)

 そんなマナカがリュウヘイとクリスマスの夜に会っていたなんて……。

 彼女の性格は把握しているつもりなので、サトシは密かに驚いていた。

 (……でもなぁ)

 相手は童顔のワンコ男子。犬好きなマナカが、愛犬とドッグカフェにでも行くノリでオッケーしてしまった可能性もある。そうそう、これは彼女にとって特例で、つまりはリュウヘイを『異性扱い』していない的な……。

 (そういえばアイツら前にもカフェに行ったことあるって、カエデから聞いてたし)

 そう思ったものの……

 (いやいやいやいや……クリスマスだぞ!! さすがにそれはない!!)

 つまり、リュウヘイを『ワンコではなく異性として見た結果』だという方が、充分しっくりくるのだ。

 (今泉……、『荒川さん』のことは、もういいのかよ?)

 マナカの片思い相手である荒川ヒロキとは、一度だけ遭遇したことがある。

 冬が始まった頃、マナカはひょんなことからヒロキの住所を知り、数日後には、なんと彼の自宅アパートへと向かってしまった。『彼が住んでいる場所の空気に少しだけ触れてみたかった』という気持ちで、ただただ建物を眺めていただけなのだが……。

 その時、運悪く部屋からヒロキが出てきてしまい、隠れる場所がなかったマナカは彼に見つかりそうになってしまう。
 だが、たまたま通りかかったサトシが『バカップルのカレシのフリ』を土壇場で思い付いた。彼女を思い切り抱きしめ、すぐ近くを歩くヒロキの視界からマナカの姿を遮ることに成功。鉢合わせという最悪の事態を、なんとか回避することができた。

 (……う~ん、考えてみりゃ、俺ってかなり大胆だったよなぁ)

 それはさておき、

 あの時、サトシはマナカの姿を隠しながら、実はヒロキのことをチラ見していた。

 後ろ寄りの横顔だけだったが、知的なオーラとカッコよさは確認できたと思っている。

 (そんな荒川さんの後にリュウヘイアイツを!?)

 思わず後ろを走るリュウヘイを確認してしまうサトシ。その走る姿を見て、なんだか親戚の家で飼っている白いチワワを思い出してしまった。

「…………」

 別にリュウヘイをディスっているつもりはない。ただヒロキとは随分タイプが違うな…と思っただけだ。

 リュウヘイと目が合い、彼が『なんだよ?』という目でサトシを見る。

 (なんでもねーよ)

 サトシは慌てて前を見た。

「あれっ?」

 ここで自分は大変なことに気がつく。

「あっ!!」

 どうやらリュウヘイもらしい。

 そして2人の声が重なった。

「や、やべぇ! コース間違えた!!」

 考え事に没頭しすぎたせいで、うっかりコースアウトしたことを、2人は全く気づいていなかったのだ。
 実はリュウヘイの方も、クリスマスに聞いたマナカからの意味深なセリフを思い出してしまい、途中から集中しきれずに、そのまま前のサトシにつられてしまった。

「戻るぞ! リュウヘイ!」

「おぅ!」

 コースから逸れた距離は大体100メートルくらいだった。サトシとリュウヘイはマックスに近い速度で、コースに戻る。

 先を走るランナーが数人いたが、サトシは全員をごぼう抜きして、再び1位に返り咲いた。余力の貯金は既に使い果たしたが、意地とプライドが越えた限界を必死に支えている。

 そのままゴールテープを切ったサトシは、無様にもその場に倒れこんでしまった。

 
 井原サトシ 1位
 星名リュウヘイ 12位


 (や、……やったぜ…2連覇)


「サトシのバカ! コース間違えるんじゃねーよ! 本当なら、俺は2位だったんだぞ!」

 後続ランナーがどんどんゴールする中、サトシとリュウヘイは『第2バトル』……すなわち口喧嘩が始まっていた。

「うるせーな! オマエもボーっと走っていたから、俺につられたんじゃねーか!!」 

「オイ、開き直るなよ!!」

「大体なっ! これはそもそもオマエの責任なんだよ!」

「は? 意味が分かんねーんだけど!?」

「オマエのこと考えて走っていたから、こうなっちまったんだよっ!!」

「……………………へっ?」

 リュウヘイだけでなく、周りの生徒たちも一瞬フリーズ……。そして己の発言がニュアンス的にヤバいと気づいたサトシは「そういう意味じゃねーよっ!!」と慌てて否定した。

「紛らわしいこと言ってんじゃねーよ、バカサトシ!!」

「バカにバカって、言われたくねーよ、バカリュウヘイ!!」

「バカはどっちだよっ!」

「ハイハイ…井原、星名、ケンカはそこまで」

 2人の間に体育教師が割って入る。そしてニコニコしながら、残酷なことを言い放った。

「お前ら2人、コースアウトしたから失格ね」

「!!??」

 この瞬間、サトシの2連覇は幻となってしまった。

 
★☆★☆


「サトシぃ、俺ら、星名どころかオマエにも勝ったけど、トレーニングどうすんだ?」

 その日の放課後、サトシが部室に入ると、中にいるメンバーが、必死に笑いを噛み殺していた。

「うるせー! 確かに失格だけど、俺は200メートルくらい余計に走った上で、オマエらより速くゴールしたんだからなっ!」

「まあ、実際それはスゲーと思うわ。サトシは本当にバケモノだよな。……ところでサトシ、知ってるか?」

「ん?」

「BL女子たちが、オマエと星名のことでまた騒ぎだしたぞ」

「へっ?」

 サトシの顔が青ざめる。

「『2人きりになりたくて、星名とコースアウトした』ってアノ女子共は言ってるぞwwww。駄目だろサトシぃ、アイツらの想像力刺激しちゃ」

「それにスタート前、隅っこの方で仲良くナイショ話してたっていうじゃねーかwwww」

「…………」

「トドメは、ゴール後に『星名のこと考えて走ってた発言』だろ! お前らヤバいってwwww」

「…………」

「ま、俺らは事実無根だって知ってるけど、おもしれーからなwwww」

「おーまーえーらぁぁぁぁ」

 メンバーが爆笑する中で、サトシのこめかみがピクピクと動く。

 その時、部室のドアが荒々しく開いた。

「失礼しますっ!」

 入ってきたのは、マネージャーの1年男子だ。顧問から新しい情報でも仕入れてきたのだろうか? その表情は何かにワクワクしているように見えた。

「おぅ、どうした?」

「練習試合が決まりました。相手の学校は……」

 マネージャーが学校名を口にすると、さっきまでふざけていた全員の顔が、嘘のようにキリッと引き締まった。


☆★☆★


「サトシ、凄いね! インターハイ常連と対戦できるなんて!」

 カエデとの帰り道、再来週の練習試合の話をすると、彼女は自分のことのように目を輝かせた。

「ああ、マジでびっくりした」

「楽しみだね」

「まぁ、胸を借りるつもりで頑張るわ」

「あれれ? サトシ、いつもの『オラオラ』モードはどうしたの? もう少し強気になれば?」

「客観的に全体を見て、判断した結果ですが何か?」

「同じ高校生なんだから、バチは当たらないよ」

「ふーん。……だからってなー」

 サトシは両腕を組み、芝居がかったようなポーズで、考えるフリをしてみた。

「……じゃあさカエデ、『もしも試合に勝ったら、私はサトシの本カノになってもいいよ』って言ってくれる?」

「…………えっ?」
 
 そのまま黙り込んだカエデ。それを見て『また調子に乗ってしまった』とサトシは反省した。

「カエデ…冗談だよ。ごめんな」

 そう言ってカエデの頭をポンポンしようとするが……、

「……いよ」

「はっ?」

 サトシの手が直前で止まる。

「だから『いいよ』って言ったの」

「オマエ、自分が何言ってんのか分ってんの?」

「分ってる!」

「…………」

 マジかよ!!??

 女心って何なの!? 

 難しすぎる。カエデも……そしてマナカも。

「…………」

 
 でも、それは、

 
 近いうちに、一直線だった自分たちの相関図が変わる前兆なのかもしれない。

 何がどう変わるか本当に分からないけど…。

 (……まあ、今はこの流れに少しだけ感情を委ねてみるか)

 そう決心すると、サトシは自分の目をカエデにしっかり合わせた。

「OKカエデ。俺、マジでやってみるからな!?」

 《2》↓に続く


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