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土曜午後五時、珈琲店

「だって、あの頃って、世界が終わっちゃうって思ってたじゃない?」

「それ、可夏子さんだけだと思いますけど」

「そんなことないよ。みんな、心のどこかで何となく信じてたと思う。直人くんは小6だったから……」

「どうせ子供でしたー」

「すねない、すねない……でね、うちは兄が実家から大学に通ってたんだけど、映画ばっかり観てたの」

「それで映画好きが移ったんですか」

「そう。いつもレンタルビデオが家にあって、私はそれを拝借して」

「いいですね」

「うん。でも、借りて来るのは兄だから、ちょっと偏りがあって、世界の終わりみたいな映画が多かったの。流行ってたっていうのもあるとは思うけど」

「終末論とか好きだったんですかね。終わる世界……何だろう?『ディープ・インパクト』」

「あ、いい線行ってる。結構『アルマゲドン』っていう人が多い気がするけど。ミミ・レダーはセンスいいね」

「印象に残ってるのってありますか?」

「ちょっとマイナーだけど『ドゥーム・ジェネレーション』っていう映画が好きだった。ロサンゼルスが舞台で、あるカップルが、クラブの駐車場で殴られていた男を助けるんだけど、そこから三角関係なロードムービーが始まるの。行き場のない感じが凄く良くて、ヒロインのエイミーが真っ白できれいな肌なんだけど、真っ赤な口紅をしたまま物憂げにバスタブに浸かっているシーンが、いつまでも残って……結局、真似しておかっぱ頭にしたんだよ」

「もしかして、それからおかっぱなんですか?」

「そうだよ」

「高1からずっと?」

「ずっと」

「凄い。観てみます、その映画」

「DVD持ってくるよ」

「意外です。可夏子さん、そんな風に影響受けるんですね」

「ふふっ……意外なのは、直人くんの方でしょう?」

「え?」

「前回は聞かなかったけど、どうしてだったの?突然の告白。今までそんな素振り見せなかったじゃない」

「んー、異動の話を聞いて、会えなくなると思ったら、何だかこう、心臓が痛くて」

「ちょっと、それは病院に行ってほしい」

「あ、いえ、寂しかったんです、無性に。気付いてなかったんです。一緒に仕事しているのが当たり前になってて」

「ふうん」

「そうしたら、ダメ元でも気持ち伝えないとって思って」

「ダメ元……結構、鈍感なんだね。好意は示してたと思うんだけど。スニッカーズとかあげたじゃない」

「ずいぶん控えめな示し方ですね」

「だって、噂好きの巣窟だから、うちの会社」

「そうですね」

「でも、もう気にしない。根拠はないけど、私たち上手くいくと思う。だから、ストレートにズドーンと行きましょう」

「痛っ……そうですね。あ、すいません!コーヒーお代わりください」

「あ、ありがと」

「次の土曜日は空いていますか?」

「うん、空いてる」

「そういえば、二回続けて映画デートでしたけど、良かったです?」

「何回でもいいよ、映画なら。虫が嫌いだからアウトドアは苦手だし、あと、美術館もパスかな。休みが取れたら旅行はしたいけど」

「美術館は好きかと思ってました」

「絵を見るのは嫌いじゃないよ。あの静か過ぎるのが苦手なの。足音を立てないように歩くのに必死になって、全然集中できないから」

「忍者みたいに歩けばいいんですよ。こうやって小指から親指、かかとの順で。抜き足、差し足、忍び足」

「練習はしたんだよ」

「練習?」

「いろいろ忍者映画も観たし。最終的には、香港映画に出てくる軽功(けいこう)っていう技も練習した。空中をひょいひょい歩くやつ」

「できました?」

「全然。でも2キロ痩せた」

「ふふっ、観てみようかな」

「『スウォーズマン』っていう映画。1は観なくていいから、2だけね。あと、あんまり関係ないけど『SF サムライ・フィクション』っていう邦画もいいよ。谷啓さんが忍者役で出てくるの」

「それも90年代ですか?」

「そう。何だかあの頃って、素っ頓狂な映画が許されてた感じがいいの」

「すっとんきょう?」

「うん、若いお侍さんが素浪人に奪われた家宝の刀を取り戻すために奔走する話。布袋寅泰が素浪人役なんだけど、要はロックな映画なわけ。時代は江戸なのに、すごく今風な言葉とか、考え方で。リアリティなんてそっちのけで、何だかそれが可笑しいの」

「ふふっ」

「ん?私、変なこと言った?」

「楽しそうだなと思って」

「喋り過ぎ?」

「いえ、嬉しいんです」

「そっか、良かった。直人くんのこれっていう映画はある?」

「『レオン』ですかね」

「おー、おっしゃれー」

「いえ、そういうんじゃないんですけど。初めて見たゲイリー・オールドマンの演技が凄くて。彼が出ているのは気になって、だいたい観てるかな」

「歳を重ねて、どんどん格好良くなるよね」

「最近は悪役じゃないのがいいんですよね。服とか髪型とか何となく参考にしてます。まあ、もちろん、レオンの真似して鉢植えは買いましたけど」

「そっか、妙にトラッドな服装の秘密はそれね」

「『妙に』は余計です」

「でも、『レオン』は本当に流行っていたもんね。『ポストマン・ブルース』は観た?」

「ん、ケビン・コスナーでしたっけ?」

「あ、それは『ポストマン』。じゃなくて、邦画の堤真一主演のやつ」

「初めて聞きました」

「平凡な郵便配達員がひょんなことから殺し屋と間違われて警察に追われる話。しかも、ヤクザからも運び屋だと間違われて追われちゃうの。ブラックコメディなのかな。今観るとちょっと問題ありかもしれないけど、ほっこりするところもあって。大杉漣さんも殺し屋役で出てくるんだけど、とぼけた役でいい味出してるんだ。その中に『レオン』オマージュなシーンがあるの。ちょっと笑えるかもよ」

「次の映画も90年代にしますか?何かやってればですけど」

「いいの?新作じゃなくて」

「ええ。可夏子さんの面白い話、聞けそうですし」

「じゃあ、『パルプ・フィクション』を観に行こうよ。ちょうど始まるから」

「懐かしいですね。トラボルタのツイスト、渋かったなあ」

「直人くん、基本、男で映画観るんだね」

「ああ、そういうところ、あるのかもしれませんね。クリストファー・ウォーケンも格好良かったし」

「周りの男子は、ユマ・サーマン一択だったけどな」

「可夏子さん、踊ってたんじゃないですか?」

「私は、銀行強盗をしてみたくなった人。あ、ダイナーか」

「いきなり物騒ですね」

「でも、憧れない?周りにしたことある人っていないし。どんなんだろうなって。カップルで犯行に及んで、逃避行っていう流れが凄くスリリングでしょ」

「もう、でも、無理ですよ。電子マネーの世の中ですから」

「だから、私は電子マネーは使ってないよ。お財布には必ず三万円入れておくようにしてる」

「どっちかって言うと、それは被害者側になっちゃいますけどね」

「でも、結局、この街にはあんなダイナーないから、成立しないんだよ。だから、叶うことはない夢なの。それが寂しい」

「叶えないで下さいね。ちょっと見たい気もするけど……」

「あーあ、一緒にダイナー叩きたかったな。ねえ、追加していい?」

「いいですよ」

「すいませーん、この790円のシェイクとフィッシュバーガー、半分にカットしてください」

「食べますね。そして、790円って……」

「夢に破れた憂さ晴らし……っていうのは嘘で、シェイクが5ドルするのに気付いちゃったから。バーガーは半分食べてね」

「あ、ユマ・サーマンが頼んでたやつですか?」

「そう。でも、なんか美味しくなかったらがっかりしそう。世界の終わりかも」

「でも……結局、世界は終わらなかったんですよね?」

「終わらなくて、みんな、ちょっと戸惑ってた」

「だから、戻って受け入れた……」

「あれ?今日の感想?」

「僕たちはどう生きようかなと思って」

「変なの」

「……ちゃんと、ふたりの終わりまで行きましょうね」

「変なの」

「何かでも、こういうのが幸せなのかなって」

「変なの……でも、次の週末も楽しみにしてる。あ、次はタメ口ね」

「うわっ、いきなりハードル高っ!」

「終わりまで行くんでしょ?まだ始まったばっかりだよ。んー、美味しい、さすが5ドル」

「世界、終わらなくて良かったですね。あっ……」

「何?」

「……一口、もらってもいいかな?」

「ふふっ、トラボルタ先生の力を借りたわけね……ストローでどうぞ」


(初出:映画好包 vol.3 特集「みて、はなす。」)
 https://booth.pm/ja/items/5232988

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