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腎臓ガン、チューインガムをかみながら(第2話:ガン告知と賢者モード)

担当医「はじめにお話があります」

ぼく「はぁ…なんでしょうか??」

担当医「あなた、アンケートで『検査結果をひとりで聞く』にチェックをいれてますよね?この先何があるかはわかりませんが、家族に隠したまま進めようとか考えていませんか?」

ぼく「特にそういうことはないっす」

担当医「ここからは隠し通せる状況じゃないんですよ。入院もあるかもしれない、手術もあるかもしれない、家族の理解と支援が無くては乗り切れませんよ。本来、この場は家族同席で来てもらって一緒に結果を聞くものなんです」

どうやらこの検査は今後の運命を分ける重めのものらしい。

ぼく「す、すいません、隠す気はなく…妻にもすべて話しているのですが医療従事者でして…なるべく自分でできるところは進めたいんです」

担当医「…わかりました。次に結果を聞くときに予定が合えば奥さん同席で」

ぼく「すいません…予定が合えばということで…」

ぼくははそう答えたが、妻を同席させることはないだろう。昔からそうだ。想定外のことが起こりそうな場合、誰かと結果を聞いて、よろこんだり悲しんだりしている姿を見られるのが恥ずかしいのだ。と同時に同席した人が万が一悲しむ状況になったときに、見たくないという気持ちがある。

ぼくは、ひとと悲しみを分かち合うことができない人間なのだ。悲しい気持ちはじぶんだけが味わって、サクッと捨ててしまいたいのだ。

さて、先生の機嫌もおさまったようなので、このあと受ける検査の話を聞く。副作用の注意事項とサインの紙が多かったので大変な検査なのだろうと思った。『●%の確率で▲▲が起こる可能性があります』のオンパレードだ。

部屋を出て検査室に向うと、待合室にはまた別の老夫婦が座っていた。こんな感じで夫婦で結果を待つ時間、気まずいよなぁ。無理無理無理。

これから行われる造影剤CT検査というのは、通常のCTとはちょっと違う。体中の血管に薬を入れるんだけど、薬が入っているところはX線が通らない性質があるので影に写る。こうしてガンを見つけやすくするらしい。また注射かよ…最近採血や注射が続いて慣れるかと思ったけど、数回程度では全然慣れない。

検査室につくと、水色の検査着がわたされた。サウナでよく着ていたガウンに似ていて、新橋の『オアシスサウナ・アスティル』が思い出される。早くこの日々から解放されてととのいたいわー。

着替えが終わると、検査室の前でイスに座る。検査場からグアングアンと機械音が聞こえてくる。無機質な壁とドアの向こうで何が起こっているのだろうか。怖えよ。

そして、その時がやってくる。

ぼく「お手柔らかにお願いします。注射マジきらいなんす」

「はーい、わかりました。リラックスしてくださいね♪」

担当のひとは手際よくセッティングを始めた。ベッドに仰向けに寝転んで、筒の中に入って撮影をするっぽい。注射もサクッと針を刺すとその先を管につなぐ。

「そのまま、腕をバンザイしてみてくださいー」

ぼく「ええええ??針刺さってますよ、おかしなことになりませんか???」

どうやらウデに点滴の管がくっついたまま、バンザイのポーズをするらしい。針が体に入っている時くらいは安静にさせておくれよ。動いたら針が深く刺さるとか痛くなっちゃったりしたら最悪だ。怖すぎますよ!!!とにかくこの瞬間は一番怖くて、動かさないでくれーと何度も心の中で叫んだ。

グアーン、グアーン、グアーン、

機械音「息を吸ってください」

機械音「息をとめてください」

グアーン、グアーン、グアーン…

こんな時間がしばらく続いた。

担当医「はい、そろそろお薬いれますよー、カラダが熱くなります。気分が悪くなったら言ってくださいねー。1分くらいで全身にお薬がまわるのでそこから撮影します」

ぼくはだまってうなずいた。じゅうぶん気分は悪かった。
一言一言が怖すぎる。

点滴の針を刺した状態で合図がでると一瞬でムカデの大群が全身の血管を走りまわっているんじゃないかというモゾモゾした感覚に襲われる。背中とおしりがムズムズしてきて、ノドが熱くなる。続いて体の中を熱いものが広がった。

人間の血は数分で身体中を一周するらしいと聞いたことがあったけど、この時それを身を持って体験したのだった。体が熱くなってノドがずっと痛い。そのまま再び筒のマシーンに入って息をすったり止めたりを何度も繰り返した。

正直、記憶が飛んであとのことは詳しく覚えていないけど、水分をとると造影剤はおしっこになるらしいから人体って不思議。

ちょうどこの頃、おしっこは血液からつくられるようなことを初めて知ったのだった。腎臓って大事なのよ。

そんなこんなでCTは終わり、結果は後日。午後から会議が数珠繋ぎなので急いで気持ちを切り替えなければ。僕は会計を済ませると駐車場に向かうのだった。CTって結構お金かかるのね。1万円くらいかかったと思う。あとで妻に聞いたらそんなにしょっちゅう受けさせてもらえないものらしくて羨ましがられた。さすが医療系職種。

12月の滋賀は寒い。

田舎の病院は駐車場が広くて、出入り口から車までの移動で体は冷え冷えだ。僕はエンジンをかけると暖房をフルマックスにして走り出す。

琵琶湖には鳥がたくさん飛んでいた。冬支度でバタバタしているのかもしれない。リピートしたままのVaundyの歌詞がしみるぜ(2回目)

時代に乗って僕たちは
変わらず愛に生きるだろう
僕らが散って残るのは
変わらぬ愛の歌なんだろうな

Vaundy『踊り子』

CTの結果、腎臓には…

・・・

いずいず「それで?それで?腎臓のほうはどうだったの?」

残り少ないコーヒーの入ったカップを置いた、いずいずが前のめりに話を聞いてくれている。けっこう一気に話してしまったかもしれない。

カウンターに座っていたお客さんはいつのまにか入れ替わっていた。カウンターの奥からはまた次のコーヒーの湯気が上がっている。

「見る?見る?画像を写メ撮らせてもらったんだけどさ」

「ふむふむ」

「じゃーん、ワタシの裸でーす」

後にがんと診断される腫瘍が写ってます!

「おお、こんなにきれいに写るものなのね」

「そうそう、造影剤ってのがいい仕事するんだよね。ちなみに腎臓はどこかわかる??」

「ええー2つある臓器だよね、たしか」

「そうそう」

スマホの画面を拡大しながら、僕は腎臓についた2つの腫瘍を指差した。そう、こいつが問題児なのである。

・・・

CTから数日、ぼくは検査結果を聞きに病院に向かった。いつもの待合室に座って名前が呼ばれるのを待つ。もちろんひとりで。

だいぶこの病院にも慣れてきた。思い返すと採血するときもゲロゲロしているときもみなさんやさしくて、僕は居心地の良さを感じていた。来年も人間ドックを絶対ここでお世話になろうと思った。

心境の変化もあった。人間ドックから検査を受けまくっているうちにちょっとだけ病院に行くのが楽しみな自分にも気がついた。数値のことはわからないけれど、おしっこしたり色んな機械を体験して時には体をぐるぐる回転させられたり(バリウム)しながら自分の体や心と向き合う。

最終的には病院にいれば体に不調があってもなんとかしてもらえそうだという安心感も持てるようになった。これはなんとなく知らなくて怖かった病院という存在が、知ることによって理解でき、不安要素がなくなってきたからに違いない。もう騒がないぞ。賢者モード発動だ。

ついでにちょっとだけWEB検索もしてみた。腎臓ガンは小さければ最新医療のロボット手術というのがあるらしく、体に1cmくらいの穴をいくつか開けてロボットアームで手術をすることもできるらしい。穴が小さいぶん、体への負担も小さいそうな。すごいよね、最新医療って。

さて、診察室に入るといつもの先生にごあいさつ。先生はCTの画像をPCに写して待っていてくれた。さぁ結果はどうなんだ???

「CTの結果なのですが、2つ腫瘍がありましてね、1つは良性。今んとこ悪さをしなければ大丈夫。それでもう一つなのですが、良性か悪性か判断が難しい状況です」

「難しいってのはどういうことでしょうか??」

「CTでは完全に悪性とは言えない状況なのです。ちょっと造影されているように見えるのですが、水膨れのような状況でよくわからないのです。一番手っ取り早いのは、手術をして腹を切ることです。切って分析すると悪性か良性かハッキリします。ちなみに、悪性の場合、ステージは1aです。腫瘍が4cmを超えると1bって定義ですね」

「むむむ」(どうする?)

「切れば、正体がわかるというメリットがあります。が、デメリットもあります。切った時に良性だった場合は『切らなきゃ良かった』と少なからず後悔するでしょう、なぜなら体に負担がかかりますし、切った場合はいずれの場合も腎臓機能がその分失われるからです。腎臓は復活する臓器ではありません」

賢者モードの僕はなぜか冷静だった。

「先生、どのみち悪性だったら困るので今のうちに切りたいっす」

「切るんですか?今、自分だけで決めていいんですか?同じような状況の患者さんで経過観察をしている人もいます」

「はい、切る方向でいきたいと思います。切ってみて悪性ならラッキーだし、良性だったらそれはそれでラッキーって思えばいいですよね?切っちゃえば転移とかないですよね???」

「ええ、そうなのですが、、、そう思えるのでしたら手術する方向ですすめましょうか。しかし問題がありましてね。術式はこの状況ならロボット手術を選びたいところなのですが、うちの病院にはロボがないんですよ…」

(ええーーーロボないのーーーーー!!!!それは困るんですけど。ロボットで簡単に終わるんやったら手術しよって思ってたんだけど!!)

賢者モード終了。超動揺。
おもてたんと違う。

「そ、それは…慎重に考え直したほうが…いいですよね…」

「あのロボ、1台3億円するんですよ…地方の病院じゃ予算厳しくてね」

「さ、さん億はきついですね…」

「そうなのですよ…ちなみにですが、あなたしゃべり方が滋賀の人っぽくないのですが、東京出身だったりするのでしょうか?」

そのとき、自分の中で何かがはじけた。
営業マンの勘というやつだろうか、この状況で出す情報が運命を分けるような気がしたのだった。

「はい、仕事は東京の会社です。東京に社宅がありまして、場所は勝どきです。有明がんセンター??の近くです」

有明がんセンターが何かは知らない、けど誰かがすごい病院だと言ってた気がする。とっさに思い出して伝えると先生の表情が変わる。

「おおそうか、有明の近くに家があるか!それは良い。あそこには泌尿器科の知り合いの先生がいるんだよ。しかもロボットもある!そうだ、今すぐ連絡する。君はちょっと待合室で待っててくれないか」

先生のテンションが明らかにあがったのでびっくりしたけど、そのまま東京に電話してくれるという。すげえな先生。

それから数分後、診察室から再びお呼びがかかる。

担当医「ほら、見なさい。紹介状と予約取りましたよ。ここ見て『がん研有明病院』書いてあるでしょ。君はここにいきなさい」

先生のドヤ顔が神々しく見えた。

「は、はい。先生すごいですね」

担当医「私は日本で一番がんの研究が進んでいる病院だと思ってる。あとは念の為こちらでMRI検査をするのでその結果をDVDで持って行きなさい。絶対なんとかなるからね」

そうなのか。日本で一番という言葉はいい響きだ。

担当医「さて、これで君とはお別れだ。次の検査の日は私はオペだからもう私が君と会うことはないだろう」

別れは突然やってきた。

なんだろう、この感じ。

別れっていうか、医者と患者だからそもそも出会いっていうのもおかしい気もするし。でも確かに、別れを告げられた時はちょっと寂しい気持ちになっていた。いつのまにか目の前の先生は恩師のような存在になっていたのだった。

「は、はい、そう願ってます!お世話になりました」

なんて気持ちのいい先生や。びっくりするくらい一気にものごとを進めて送り出してくれた。



いつか、全てが終わったらお手紙でも書こう。僕は卒業式を迎える生徒のような気持ちになっていた。

その後、世にも恐ろしい奇声を発する機械でMRI検査を受けてDVDを獲得。僕は転院することになった。ガンかもしれないし、そうでないかもしれない。あいまいな状況がことの深刻さをやわらげてくれているのかな。僕は前に進み続けた。

妻「あ、そう。東京の病院で診てもらえるのはうれしいよね」

妻は少し安心したように見えた。しかし、変わらずあっさりしたリアクション。ふたりでCTの画像をみながら、まるいまんじゅうみたいな腫瘍がこれ以上悪さをしないことを願った。

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闘病の記録、第二話でした。
今回も読んで下さりありがとうございます。
続きはまた更新していきますのでよろしくおねがいします

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