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山本まんぼ(京都・七条)

まさか京都まで来るとは思わなかった。彼女とは、3月にきちんと終わったはずなのに。それでも断れなかったのは、自分の意思の弱さでしかない。

来週に、3年ぶりの開催となる祇園祭の宵山と山鉾巡行を控え、京都の街は浮足立っていた。七条のワンルームマンションのあたりはいつも通りの日常だが、繁華街に出ると浴衣姿の女性も目立つ。

まだ21歳の星奈の寝顔は幼かった。服装もどこか垢抜けなく感じるのは、自分がある程度大きい街で暮らし始めたからだろうか。夜行バスで早朝に京都駅に着き、「眠い」という彼女にベッドを貸した。隣に寝てほしそうな顔をしていたがその手には乗らず、狭いソファで数時間をやり過ごした。

起きるなり、今度は「お腹空いた」と言われたので、近所で気になっていたお好み焼き屋に来ている。
「え~。お好み焼きって大阪じゃないの?私来年からいくらでも食べられるじゃん。京都だったら、もっと川床?とか、和食とかないの?」
「ここは京都流のお好み焼きで、大阪のとも違うらしいよ。住んでたら普段からわざわざそんな京都らしいものなんて食べに行かないよ」
来年の春から星奈は、大阪本社の製薬会社で営業職として働くらしい。赴任地はまだ決まっていないが、最初の数か月の研修は大阪、そして、その後も関西圏内でと希望を出していると、店に向かう最中で言われた。埼玉出身で、茨城の大学に通う彼女と関西の唯一の縁は、元カレである自分が住んでいるというだけなのに。

「あ、美味しそうじゃん。京都って、なんのお店行っても美味しいよねえ」
14時前と言う微妙な時間にもかかわらず、満席の店内を眺めて星奈は満足そうに言う。
「前、2年の終わりの春休みにリカコたちと来たときはさあ」
朝八条口で落ち合ってから、寝ている間はずっと自分の話だ。3歳も下なので無理もないが、こういう子供っぽいところが嫌になって別れを切り出したことを思い出す。

「とりあえず飲もうか。ビールで良い?」
「うん。砂ずりも食べたい」
こういう男同士と同じ感覚で気を遣わなくて良いところは、確かに好きだったのだ。

「私が4月から大阪に来れば遠距離じゃなくなるじゃん?親も、優樹くんがいるなら安心ね、だって。もうあんな田舎早く出たいよ。あー。やっぱり大学、東京の私立に行けばよかったかなあ。そしたら優樹くんに会えなかったけど。あ、関西も悪くないよね?」
親御さんは、俺たちが別れたことを知らないのだろう。それ以前に、星奈自身も咀嚼できていない。遠距離になるという免罪符を使って別れを切り出したのが悪かったのだろうか。卒業したら、とりあえずは都内の企業に勤めるのが順当ではないのか。そうすれば、親元からも通えるだろう。

「あ、お好み焼き。そばとうどんどっちか選べるんだって。うどんってあんまりなくない?」
「じゃあうどんで」
無駄にガーリーなワンピースが安っぽい。出会った頃は、可愛いなと思っていた低めの身長と童顔も、ただ子供っぽいだけに思える。数か月別の街に暮らしただけで、異性の好みまで変わるものなのだろうか。

「わ!すごい」
星奈が歓声を上げる。目の前の鉄板で焼かれていたお好み焼きに挟まったうどんは思っていたよりずっと量が多い。
「冷めないうちに食べよ~。あ、ビールもう1本お願いします」
「美味しい~。ビールと合うわ~」
四六時中しゃべっていてうるさいと思うこともあるが、この飲みっぷりと素直さは大阪の人間と合うかもしれない。同期で1番仲が良くなってしまった翔太の顔を思い浮かべながら思う。翔太、そうだ。星奈は翔太のような男とであれば合うのではないだろうか。すぐ浮気されて誰かに泣きついている様子も目に浮かぶが。

「今日もさ、ホテル取ってないし、優樹くんの家泊まるからね」
ソースでてかてかした唇も、アルコールと鉄板の熱気で赤らんだ顔もちっとも色っぽくない。
「来てもいいけど。何もしないからね」
「え~。ケチ。久しぶりなんだし構ってよ~」
「そもそも何で来たの」
「明日大阪で研修があるって言わなかったっけ?これからも何回かあるみたいだから遊びに来てあげるよ」
誰もそんなことは求めていない。星奈は、自分の愛嬌や若さに必要以上の自信を持っている。今俺が気になっているのが年上の女性だと知ったら、どんな反応をするのだろうか。

「3月に俺が言ったこと、覚えてないの?」
「え?覚えてるよ。遠距離だからダメなんでしょ?だから安心して」
この子に今何を言っても無駄だ。俺は諦めて、ビールで最後の一口を流し込んだ。


山本まんぼ
京都・七条
お好み焼き
山本まんぼ - 京都/お好み焼き | 食べログ (tabelog.com)

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