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私らしくもない話。

前髪を切ってもらうためだけに美容院に行った。
幼馴染が独立して出したお店だ。
当日にバタバタ予約を入れた。
仕事帰りの遅い時間帯だったが、彼は快くOKしてくれた。

数日続く雨は止むどころか激しさを増して、彼の店へ続く道は家路を急ぐ人の車の列で見えなかった。
フロントガラスの雨粒に、無数のテールランプが乱反射して視界を遮る。
時間ギリギリに着いたと思ったが、まだ先客のスタイリング中で思ったよりも時間があった。
ソファーに座ってスマホを眺めた。
それほど待たずに順番が回ってきて、軽口を叩きながら椅子に座る。
彼の鋏捌きは、音楽を奏でるように繊細だ。

最近立て続けに落ち込むことがあり、誰かに聞いてもらいたかった。
前髪だけのために予約をしたのは、前髪が伸びて鬱陶しくなったからだけではなかったかもしれない。
堰を切ったように口からモヤモヤが飛び出した。

「でもまあ、それが働くってことだよね」
「そうそう。お金のためやから、しゃーない」
「なんかいいことないかね」
「宝くじが当たるとかね」
空き地で鬼ごっこをしていた私達は、長く会わない間にいつの間にか大人になっていた。

髪を切り終えると、彼は柔らかな指使いで髪にオイルをつけ、軽くスタイリングしてくれた。
『あぁ、どうせ帰ったら洗っちゃうのに。もったいない。』
貧乏性の私が顔を出した。

少しいい香りになった前髪と一緒に車に乗り込んだ。
たったワンコインしか払っていない客に、彼は深々とお辞儀して見送ってくれた。

幼い頃、彼のことを好きだったことをふと思い出した。
見込みのない恋をしている余裕は、今の私にはない。
毎日の生活で精一杯だ。
スピーカーから源さんの声が聞こえる。

【君の癖を知りたいが ひかれそうで悩むのだ】

帰り道、スタバに寄り道した。
新作は当の昔に品切れしていて、仕方なく別のものを注文する。
ドライブスルーでは、じっくり悩む暇などない。

【悪いことは重なるなあ 苦しい日々は続くのだ】

相変わらずの運の悪さに辟易する。
が、支払いの時に新作の広告が目に入る。
今度こそ、間に合うように飲まなくちゃ。
雨の中、帰り慣れた道を急いだ。

なぜか不意に胸が締め付けられて、涙が頬を伝った。
エスプレッソアフォガードフラペチーノ、前に飲んだ時はこんなに苦かっただろうか。
店舗によって甘さの差がすごいよね、と言っていた同僚の言葉を思い出し、そういうことにしておいた。
明日も雨だし、明日も仕事だ。
ほんのりと、車中にオイルが香る。

【君の癖はなんですか?】

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