見出し画像

自由な絵画教育とは何か

芸術というものは人に教えることができない。クレヨンの使い方を教える事ができても、素晴らしい絵画の描き方は人に伝えられない。

学校における美術教育は情緒的発達や豊かな感性を磨くことを目指して行われる。つまり、生徒達には自分で成長していくことが求められる。美術教師にできるのは成長を見守ること、そして成績をつけること。

成績は授業内容の理解や目的の達成度、やる気、参加度などを考慮して教師の主観によってつけられる。公平になるように配慮したり、時には進級があやしい生徒へ少し甘くつけたりする救済措置も適用される。教育して成長を促すことと評価をつけることは矛盾するがシステムがそうなっている。その板挟みの中で、教師はうまいことやりくりする。

多くの生徒達は良い成績を取りたいとは思うものの、結局は才能が物を言うことを知っている。だからあまり乗り気ではない。数学と違って答えが決まっているわけじゃないし、一生懸命頑張っても必ずしも結果が出ない。

教師としては生徒にそのように思われることを避けたい。才能とはあまり関係の無いやる気や参加度、課題への理解などを評価項目にしていることを力説する。

その結果、生徒達は課題が決めた優先順位に向けてに取り組むことになる。少し空気の読めない者はマイペースにやりたいことをやってすごいものを作り、誉められるが評価は高くない。目立ちたがりは課題の裏の裏を読んだと自称し、奇抜な作品を作って注目を浴びる。デュシャンが便器なら俺はトイレットペーパーだ!いや、そもそも作ること自体古い。"俺"こそ俺の作品だ!などと宣う。そして女子の冷たい視線。教師のダメ出し。

同じ環境が与えられているにも関わらず、生徒達は各々、全く違った体験をする。作品を作ることで世界を知る。そして作品から自分自身を知る。そのような出会いがある。

さて、ここで疑問が沸いてくる。

家で一人で作品を作っていてもそのような気付きが沸いてくるんじゃないの?授業でわざわざやることなの?、と。

わざわざ一ヶ所に集められ、同級生を横目で見ながら作品を作る意味とは?才能がある人が評価され、才能の無い人は恥をかく、そんな体験に意味があるの?、と。

結論から言えば、かつては「あった」
しかしそれは必ずしも生徒側の求める意味ではない。政府だ。

これは学校教育の歴史まで遡らねばならない。
明治時代の新政権は、日本列島の人々に新たな価値観を信じさせる必要があった。「日本国民」という自覚、そして海外を意識した成長戦略である。江戸時代の日本は国や言葉もバラバラで、「日本人」という意識がなかった。海外との競争に勝つため、そして日本社会を西欧の価値観に即したものに作り替えるにはふさわしい人材が必要だった。その為に学歴社会を作り、競争心を煽った。たくさん勉強して海外に渡航し、日本に帰ってきて出羽の守になる。西洋の知識や思想があれば遅れた日本社会で大きな顔ができる。それをアメリカンドリームならぬ、ジャパニーズドリームとした。そのような人々が国の文化や経済など重要な事柄を決定していった。

明治時代の美術教育は現代と少し異なるようだ。見たものを描く写生は今でも変わらないが、絵手本というお手本をわきに置いて、それをそっくり真似して描くやり方もあった。あまり自由ではないが、皆が比較的同じ条件で、なおかつ評価がしやすい。学習者は観察力が鍛えられるし、絵というものの解釈の仕方を習う。学ぶとは真似ること。江戸時代から伝わる絵画教育のやり方だ。他にも製図のような実用的な物事を学んだ。
情緒を育むとか「ふわっと」したものではない。美術教育には技術の習得を目指してエンジニアを養成すること、文化を発展させる職人などの人材の育成という具体的で確かな目標があった。生徒にとっては手に職をつけて食い扶持を見つけてゆくチャンスかも知れないし、日本の将来にとっても有益なもの。winwinではないか。

こうして、明治期の日本は高い技術を誇る工芸品をたくさん輸出して世界の人々を驚かせた。日本という国に夢中にさせた。

その後の日本は第二次世界大戦を経験してきた。ナチスと共に世界を死と恐怖のどん底に突き落としたので、GHQなど、戦後の方針を決める人々は国民の考え方を変えさせなければいけなかった。国粋主義的な考え方が諸悪の根元とされ、国益と学校の生徒を結びつけることはタブー視された。個人主義を重視して、多様な価値観を尊重することが求められた。現代アートも、アルタミラの壁画も、等しく多様なアートの一環であり、教育者が正解を押し付けてはいけない、生徒自身で選びとらなければいけない、と。そのせいで、この世には正解などない、だから自由にやって良いという考え方をする人までいるのは問題であるが、選択肢が増えたことは良いと思う。

それでイマイチつながらないのである!家でもできるような自由な作品づくりを、一ヶ所に集められて成績をつけられる意味が!

結局は昔からの習慣がシステムの都合や政権の都合で変わった部分と変わらなかった部分がある、ただそれだけなのだ。

このような私見による、味もそっけもない自由な絵画教育論を展開してみたが、どちらかと言えば、現代の自由な美術教育には反感を感じている。

個人主義や自由はけっこうであるが、生徒達が確かな力をつけ、逞しく生きてゆくことは明治においても、現代においても、私達の共通の願いではないだろうか?漫然とやっていて何かが身に付くだろうか?

私は生きる為の力としての実用的な美術教育の構築が必要だと考える。絵画は才能ではなく技術。どんな天才も、ひたすら練習あるのみだ。そして、確かな技術が身に付いた時、仕事や生活、人生の中にそれは確かに生きてくる。物事の捉え方や身体感覚、全てが調和の取れた美しいバランスによって成り立っていることが初めて実感できてくるのだ。

それこそ、生きる喜びの1つだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?