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特許書誌分析・情報収集分析 ユーグレナの「キューサイ」買収について

昨年末から今年にかけて話題になったユーグレナ社の買収について、私淑している野崎氏が分析記事を書かれれおりました。

野崎氏は方法論の解説に鋭い切れ味があると考えております。

特に、2020年の記念すべきオンライン特許情報フェアにおいて、ブースで取り上げられた機能性食品についての資料などは秀逸でした。ウェブサイト上には公開されていないようで少し残念です。

野崎氏は、「キューサイの健康食品関連出願によって、ユーグレナの健康食品関連出願ポートフォリオが強化されていることを示すことで、特許面からのシナジーが確認できるか」を例に挙げて、方法論を示しています。方法論としてはオーソドクスな読み込みが不要なデータ解析でどこまでわかるか、という例の紹介で、「このケースではデータ解析だけからでは、シナジーが確認できない」としていますが、それはそれで重要な情報だと私は考えます。

「特許価値」や「テキストマイニング」などを使って、データ化する余地もある点など、持っているツールと思考範囲の広さをうかがわせる記事で、好感が持てました。

さて、偶然私も年末年始、ユーグレナ社を分析しておりました。私の場合は、「知的財産の分析」において特に「非特許文献を活用する」ことをテーマにしておりますので、有価証券の記載と、特許情報から、どのような意図があったのかを分析いたしました。

結論としては、「本来の本業である食品関係分野の収益化を図るために、「青汁」などのブランドを有するキューサイを傘下に収めることが目的であったのではないかという結論となりました。

以下に私が行った分析例をご紹介します。

1.まずは対象企業を確認する

まずは、対象企業がはっきりしている場合は対象企業を検索するところから始まります。ここで、ウィキペディアに情報が載っていたり、「載っていない」ことなどが後に何かのヒントになることがあります。

今回はスタートアップ企業だったので、ウィキペディアにのっておりました。一部上場とわかったので、有価証券報告書を確認します。

売上高が150億円を超えており、従業員が300人程度というところから、現在は基本的には設備・資本が重要な企業だといえます。

しかし、会社ウェブサイトをよく見ると、そもそも、2005年8月9日創業であり、ミドリムシ(ユーグレナ)の食用大量培養に成功した東京大学発のスタートアップである、ということがわかります

食用大量培養では、これほど大きな設備がいるとは考えにくく、売上高も150億円に達するとは考えにくいところです。続いて記載を読むと、2006年にバイオ燃料事業に参入とあるので、「当初は食用大量培養」だったが、「バイオ燃料」で急拡大したという経緯が想像できます

折角なのでここで、最近の経営状態を取り出して図表化しました。

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2020年度の有価証券報告書には、2019年度で大きな赤字を計上していますが(70億円)、燃料用の実証研究用の研究開発設備をすべて営業損失として計上した部分が大きいため、外れ値です。

さらに読み進めると、ユーグレナ社は、二つの事業部門を抱えており、人員の記載が2020年度有価証券報告書の12ページに記載されています。スクリーンショットで紹介いたします。

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予想に反して、もともと、従業員の9割近くが「ヘルスケア事業」(食品等を含みます)の従業員だったということがここでわかります。

ここを踏まえて、「燃料用」の「研究開発費」を営業損失から除外したほうが状況がよくわかると考えられるので、2019年度の有価証券報告書から実証炉の価格を取得し、引き算して図表に引き直しました。

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企業が複数のセグメントを持っている場合、特に例外的な支出が損失計上されることがあります。

ケースによりますが、今回は「実証炉」という研究開発目的の支出だったので、セグメント別の計算を行わず、単純に引き算を行いました。

もちろん、各セグメント毎で分析をしてもよいと思います。ただ、セグメント別でも、研究開発段階であるエネルギー・環境事業はほとんど売り上げに寄与していませんので簡易集計では不要でしょう。

さて、ユーグレナ社は、もともと、食用ユーグレナに関する事業が収益の会社であったということが、わかります。

2.特許出願を書誌的に把握する(国の展開:共同出願人の変遷)

しかし、なぜ、ユーグレナ社「バイオ燃料」というイメージがついているのか?特許出願から調べてみます。

書誌的情報で意外と洞察を与えてくれるのが、どの国に出願しているかの分布を調べる手法です。OrbitIntelligenceを使って出願をファミリ単位で時系列でどの国に出願したかを表記するグラフを作成いたしました。

ユーグレナ出願

2010年~2013年と、それ以降とで出願に傾向の差が出ています。ここで、2010年~2013年までの出願と、それ以降との出願を比較すれば差が出てきます。

このケースでは、クラスコードはあまり効きませんでした。どちらもほとんど「微生物培養装置」で変わりがありません。

タイトル、要約、クレームなどを、クラスタリング分析をすることもできますが、書誌的情報にこだわって出願人の整理でどこまでできるか検討します。

2013年以前と2014年以後の比較

こうしてみると、2013年までの出願は「石油」関連の企業が共同出願が多かったのに対し、2014年になってからは「製薬」が共同出願に上がってきています。

もともと、初めに挙げた通り、もともとユーグレナ社は、ミドリムシ(ユーグレナ)の食用大量培養に成功した東京大学発のスタートアップであり、食品としての利用という点で、「青汁」などの強いブランドを持つキューサイは、本業である食用ユーグレナの販路開拓の点では、非常に魅力的な買収候補であった可能性があります。

3.一定程度で深堀はやめる

実のところ、特許情報を外すと、いくらでも調査はできます。

有価証券報告書の中に「ブランド」の記載があることや、「通販事業への注力」の記載があります。

今後は、製薬に関連し、機能性食品を売りにする企業の買収もあるかもしれません。また、通販に強いプラットフォーマーと何かしら検討を始めている可能性もあります。

今度は商標を調べることも可能です。

ただ、それを始めるときりがないので、一定程度で見切りをつけ、区切りをつけるようにしております。

結語

以上、本日の、川瀬の情報共有でした。

今回は技術面に全く触れない情報活用をご提示しました。通常はインドのパリンテック社の優れた技術者と共にサービスをご提供いたします。

皆様のお役に立てることを祈念しております。

2021年1月14日

川瀬知的財産情報サービス 川瀬健人

付記

蛇足になりますが、私が先日紹介したIPジャーナル2017年12月号についても、発刊当時に適切にコメントしていらっしゃいます。私の目の付け所と、野崎氏が説明している点は大分異なります。

しかし野崎氏が、繰り返し「個人的な見解ですが」と断っている個所、「IPランドスケープという表現であろうが、経営戦略の三位一体であろうが、経営に資する知的財産でもいずれでも良いのですが、15年ほど前からずっと変わらない知財層からこのような問題意識の発信を行うのではなく、ぜひとも経営層や事業部門層の方々と双発的に議論ができる(=知財をどのように経営・知財で活かしていけば良いのか?)場ができる、または経営層・事業部門層の方から知財の方への理解を深めていただき、積極的に働きかけてくれるようになることを祈っています。」とのコメントには100%同意です。参考までに野崎氏の該当ブログはこちらです。


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