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よの30 沈黙のちから

大好きなドラマがある。
毎週木曜日20時からの社会派ドラマ「カリスマ上司青田」。
はっきりいってハマっている。

主人公のダメ社員「山田」がカリスマ上司「青田」に導かれながら会社の新しいプロジェクトを次々と成功させていく、胸躍るサクセスストーリーである。

回を追うごとに面白くなってきて目が離せない。
夢中である。

特にカリスマ上司の青田がすごい。
口数が少ないのに説得力が半端ではない。
自分の思う方向へ自然と部下を導いていくのだ。

このドラマを見逃さないよう、私は毎週かかさず録画して、あとで自分のタイミングでゆっくり観ることにしている。

ダメ社員の山田は回を追うごとに成長していく。
そのきっかけはいつもカリスマ上司青田だ。
前回は、大きなプロジェクトで誤った選択をしそうになった山田を、自ら気づかせようとする青田との2人のシーンが見所だった。

「今度のプロジェクトで推し進める案は決まったかね?」と青田。
「ええ。私は初めからB案しかないと思っていましたから」
山田はいかにB案が優れているかを青田に語り始める。青田は真剣に耳を傾け、時折なるほどと相槌を打つ。

実はB案には大きな欠陥(リスク)があることを青田は知っていた。今の会社の状況を鑑みると、B案はリスクが大きすぎる。実際仲間内でもA案で行くべきだという声が多いなか山田は聞く耳を持たなかった。それで山田に忠告してくれないかと青田は頼まれていたのだ。だが今の山田に忠告しても意固地になるだけだということも青田は知っていた。

青田は山田の話しに真剣に耳を傾け、時折あいづちを打つのみ、否定も肯定もしない。
そして最後に山田はこのプロジェクトに対する意見を青谷に求めた。
ところが青田は口を閉ざし沈黙。

長い沈黙だ。

山田はその沈黙に耐えかねるが、青田のただならぬ雰囲気に言葉を出せないでいる。見ると青田は何ともいえない険しい表情で宙の一点を見つめている。

沈黙が続く。

と突然一転して、青田は山田を哀れみの表情でじっと見つめはじめる。
ぎょっとする山田。

何か言いたげだが言わない青田。

と、またもや一転、
今度は笑顔をみせはじめる。そして突然笑い出す青田。ぎょっとする山田。

青田はコーヒーを一気に飲み干し、
「君が本当にいいと思う案で進めたらいいよ」
と一言だけ残して去っていく。
あっけに取られて見送る山田。

そして2週間後のプレゼン会議で、なんと山田はみずからA案を推し進めはじめるのだ。

沈黙のちからを操る魔術師、
恐るべきカリスマ上司青田なのである。
次回が本当に待ち遠しい。

ただ。

カリスマ上司青田はしょせんはドラマの世界。
現実はこう上手くはいかないものだ。

実際私は同じような職場で上司の立場にあるが全く思い通りにいかないことばかりで悩みはつきない。
自分がカリスマになれたらどんなにいいか。
口下手で説得力のかけらもない。
沈黙がこわくてこちらから話しかけてしまう。
後輩を導くどころか自分の立場を守るだけで精一杯だ。
そんな私だが意外と後輩には好かれているようだ。威厳がない分話しやすいのだろうか、よく相談事も受ける。

先日、来月の社内プロジェクトについて後輩の川田から相談を受けた。
「今度のプロジェクト、B案で進めたいと思うんですが、反対意見もあり少し迷ってるんです」

ただ川田は明らかにB案で進めたいらしく、B案の良さを力説した。
私は川田の話しに真剣に耳を傾け、時折あいづちを打った。
私もB案には賛成だ。多少のリスクもあるが魅力ある企画だ。B案で進めていくべきだと思いながら聞いていた。そして川田が最後に私の意見を求めようとした
まさにその時、突然私の脳裏に衝撃が走った。

私は青ざめた。

しまった。
忘れてしまった。

なんと「カリスマ上司青田」の録画予約を忘れていたのだ。
しかも放送は今日だ。まずい。なんて馬鹿なことをしてしまったのか。取り返しがつかない。

私は険しい表情で宙の一点を見つめた。
川田はただならぬ表情の私を見守る。

長い沈黙。

大事な一話が見れなくなる。この先連続ドラマの一話が抜けたまま最後まで見なくてはならない。
そう思うと悲痛な気持ちになった。

私は哀れみの表情で川田を見つめた。
ぎょっとする川田。

沈黙。

いや、まてよ。
私は慌ててカレンダーに目をやる。
今日は水曜日じゃないか。
ドラマは明日だ。

私は嬉しくなって笑い出した。

あと一日あるじゃないか。

川田はびっくりして私を見つめる。
私はコーヒーを一気に飲み干し、
「君が本当にいいと思う案で進めたらいいよ。もちろん僕もB案に賛成だよ」
と一言残して立ち去った。

川田はあっけに取られて私を見送る。

忘れないうちに一刻も早く帰ってセットしないと。

それから2週間後のプレゼン会議では、なぜか川田はA案で進めていた。



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kawawano

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