ななちゃんがお休みした。
毎週来てくれているななちゃん(2歳)が先日初めてのこのこをお休みしたいと言った。(自分の意思で)
理由はその前の週に池にボチャンしてしまって、怖いからいきたくないとのことだった。
私とお母さんで話をした。
浅いとはいえ池は池。
自分でも思いもよらぬ出来事にとても恐怖があっただろう。
私はななちゃんが池に落ちてから考えていた。
私はななちゃんの恐怖心にしっかり向き合っていたか。
実は私の心の片隅で、「野外保育っぽい出来事」と思ってしまっている自分がいた。
また、そこの周りにいた子どももななちゃんには駆け寄らず、大人も私とお母さんしか寄ってこなかった。
これは駆け寄らないことがいいとかダメなことではなく、どれだけ危険につながることかを他の大人も子どもも把握していなかったということ。
恐怖や怖さを感じていたのが本人だけだったということ。
私は猛反省していた。
そしてななちゃんはその次の週に「いかない」という選択をした。
恐怖や怖さを感じているのが自分だけなのであれば無理はない。
生半可な気持ちで大人が命と向き合っている場所になんて来たくないだろう。
なんてことをしてしまったんだろう。
私は改めて危険について考えなければいけないと思った。
野外で生活するということの本当の意味を理解しなければいけないと思った。
命をお預かりするということは片手間ではできることでなない。
ななちゃんが休んだ次の週から私はより一層危険箇所を見るようになった。
そして城山さとの家を守ってくれている木々たちに、改めて感謝の気持ちを伝えるようになった。
いつも見守ってくれてありがとう。
そして先週はななちゃんが来た。
朝は「いきたくない」と言っていたとのことだけど、ななちゃんのお父さんが「かよ先生にゼリーあげたら?」と提案をしてくれて、ななちゃんはのこのこに来る決断をしたとのこと。
ななちゃんの背中を押してくれてありがとうございました。
「お池に落ちたこと怖かったよね。今日は怖くないの?」と聞いてみた。
するとななちゃんは「うん!」とあっけらかんと答えた。
私「え!?怖い気持ちなくなったの?」
ななちゃん「もうない」
私「怖い気持ち自分でなくしたってこと?」
ななちゃん「そうだよ!」
ななちゃんは、自分で怖い気持ちをなくしていた。
大人はなかなか恐怖が取れないのにね。
1週間2週間で自分で怖かった気持ちをなくすということを決めたのだと思うと、すごい決断だと思う。
そして、恐怖はなくすけど、起こったことはずっと心に残り続けるのだろう。というか残すのだろうと思った。
生きるってこういうことなんだろうな。
自分に起こった苦しいことや辛かったこと目を瞑ることなく、全てをなかったことにせず、受け止めて手放していくことなのだろう。
この出来事を「子どもはすぐ忘れるから」と小さく見積もっていいことなのかなって思うのです。
のこのこでは引き続き仲間を募集しています!!
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