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いつも忘れそうになるのだけれど、私は服を作れる

いつも忘れそうになるのだけれど、私は服を作れる。両親が婦人服の縫製工場を経営していて、物心ついた頃には工業用ミシンを踏んで、工場のラインを手伝っていた。

何百枚ものポケット布の山、前身頃の山、後身頃の山、裏地の山、ベルト芯の山を毎日毎日追いかけて育った。


「お手伝い」の前

初めてミシンを踏んだのは何歳だっただろう。おそらく小学校に上がったあとだったはず、としか覚えていない。両親が小さな工場を始めたのは、私が保育園に通っていたころだったから、その頃私は母の踏むミシンの足元で、折り紙をしたり、本を読んだりしていたのだ。

ミシンの音は大きい。ダン!ダー!ダー!ダン!!と、かなり響く。その音の中で私はいつも遊んでいた。折り紙が分からなければ背伸びして母に尋ねる。漢字が読めなければ背伸びして母に聞く。小学校に上がる前の私の生活には、すでにしっかりミシンがあったのだ。

「お手伝い」の頃

子どもは親がやっていることをまねしたがる。私のそんな望みを上手にくすぐって、母は私にミシンの扱いを教えた。子どもは怖いもの知らず。運よくケガをすることもなくマスターしてしまった。

縫えるようになった我が子。仕事が増え、従業員が増え、工場らしくなってきた両親がのんびりさせておくはずがない。「ちょっと手伝ってくれない?」が増えたのは小学校の3年頃か。学校から帰ってきて、遊ぶ約束もなくのんびりしていると声がかかることが増えた。

とはいえ、子どもに失敗が許されない表地、服の本体など縫わせるわけにはいかない。スカートの裏地の裾なら裾、脇なら脇。同じところをひたすら何枚も何枚も、ダン!ダー!ダー!ダン!!ダン!ダー!ダー!ダン!!

「かよこは思い切りがいいね、踏み方がいい」とか「きれいに縫えるようになったね」とか、子どもがもっとうまくなりたいと思う言葉はかんたんなものだ。裏地が問題なくきれいに縫えるようになってきて、「ちょっと今日はこれ、やってみない?」と表地の束が渡された時の震えるような誇らしさ。

「お手伝い」から「仕事」へ

小学校4年の夏休み。この年から私の職務経歴書は始まる。これまでは「お手伝い」だったものが、夏休み中の決まった曜日、決まった時間に工場のラインに入ったのだ。「仕事」だ。仕事初日の緊張は、その後のアルバイト初日などより大きかった。

ただでさえ小柄な私が大人の従業員さんに混じってミシンを踏む。両親の期待を裏切るわけにはいかない。下手に踏んで両親の顔をつぶすわけにはいかない。胸がドキドキして、手元が震える。ミシンの前に座って、あんなにも落ち着かなかったのはあの日が初めてだ。

お昼休みに母がくすくす笑っていった。「子どものあなたが思い切りよくダー!って縫うから、みんなびっくりしていたよ」隣から父が「みんなピリッとしていいね、いつもよりも仕事の進みがいい」こんな誇らしい褒め言葉はそのあともらったこと、あったかしら。

「服を作る」ための技術って…

工場のラインに入るということは、服を作れるようになるということからは程遠い。例えば、裏地の右脇のハギ(縫い合わせること)なら、右脇のハギだけをひたすら何十枚も何十枚も、何束も何束も繰り返す。そうして、次のひとに仕事の山を回していくのだ。

だから、縫製工場で立派に仕事をすることと、自力で服を作れるようになることとは、結びつかないどころか、結構遠くにある事柄だと、私は考えている。

では、私はどうして服を作れるようになったのか?


私が服を作れるようになったわけ

これは、私が工場内のすべての工程を経験していることと、こなした枚数が桁違いであること、それから一番大事な点が、いつでも無邪気に質問できる相手がいてくれたからであると考えられる。

例えば、パンツの前身頃と後身頃の中心は、なぜ前身頃の方が浅いのか?6枚ハギのスカートは、どうして6種類の型紙が必要なのか?(同じ形の布をはぎ合わせればいいじゃん?)

平らな布を凹凸激しい人体にぴったりと沿うように立体化するためのあれやこれやを、私は父の裁断を手伝うことで身につけた。何種類もの型紙を見比べて、サイズが変わるとはどこが変わるのか、体のこの部分に合わせるにはどんな形と形を縫い合わせるのか。

「知った」とは違う、体にしみこんで理解した。

型紙の技術、裁断の技術、縫った後のアイロンの技術。「縫う技術」の周辺にある、「平面(布)を立体化するための技術」そのものを私は習得してしまったことになる。しかもそれを、何百枚、何千枚という繰り返しの実践の中で。

従業員が退けて、家族だけになった工場で、「これはどうしてこう並ぶの?」「どうしてこうしちゃいけないの?」という小さな疑問を、納期を追いかける必死さと並行しながらも、ちゃんと答えてくれた両親はすごい。

かくして、私は服が作れるようになった。

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