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デザインリサーチ再考


デザインリサーチの必要性

Barkerが指摘しているように(Joel ArthureBarker, パラダイムの魔力,日経BPマーケティング,1995)、これからの時代、企業は、問題へ対応し、その解決を図るだけではなく、将来を予見し、機会を発見していく姿勢を持つことが重要です。つまり、現在の延長線上の「改善」によって今のパラダイムを強化するという発想から、「機会発見」によってパラダイムシフト、イノベーションを起こしていくという発想に切り替えていく必要があります。(勿論、問題解決、改善が不要ということでは決してありません。)

では、いかにして将来を予見し、機会を発見できるのでしょうか。

結局のところ、最適なアプローチは、生活者の声に耳を傾ける(=リサーチ)しかないと思います。しばしば、「Appleは市場調査を行わずにiPod・iPhoneを生み出した」と言われますが、それは必ずしも正確ではないと思います。SteveJobsも勿論そうですが、Appleのあらゆるエンジニアやデザイナーが、日々の生活のなかで、様々な人間の行動や心理を観察・洞察し、その知見を個人あるいは組織の中で、形式的あるいは暗黙的にストックしていたはずです。それが一般的な意味での市場調査ではないというだけです。

では、いかに生活者の声に耳を傾ければよいのでしょうか。 いかにリサーチすればよいのでしょうか。

従来のマーケティングリサーチでは、市場でサービス/商品がどの程度好まれ、受け入れられるかを調べること(=選好調査)は可能ですが、機会を発見することは困難です。少し長いですが、Krippendorffによる指摘を記載します。

初期のマーケットリサーチは世論調査のやり方に倣って、ターゲットとされる社会経済的特性を持つ消費者グループによって主張された意見や態度を測定しようとした。人々が行うと言ったことと実際に人々が行うこととの間の(中略)よくある隔たりのために、世論は全く信頼することのできない消費予測となることが判明した。その後コンシューマリサーチが現れた。コンシューマーリサーチは、何が消費者を動機づけたかという観点から消費者の選択を説明しようとする。しかしながら選択というものは利用可能な製品においてのみ観察され、代替の製品を意識しながら行われた選択が、消費者がその選択を行った理由について記述するのだが、その代替製品をこそデザイナーはこれから造ろうとしているのだ。(中略)さらに、大きな市場を捉えようとすることはいつも最大の分母に目を向けることになり、最も期待されないもの、すなわち真に革新的なものには反対することになる。これに対し、リーダーによって導かれた少数の消費者のフォーカスグループは、当該の製品についてや彼らの生活の中で遭遇する問題について,よりざっくばらんに話し合い、予期されない回答を生み出すことが出来る。しかしながらこのフォーカスグループのデータは、前述したような主張する見解と行動の間の隔たりをこうむっており…(Klaus Krippendorff, 意味論的展開 デザインの新しい基礎理論, エスアイビーアクセス, 2009)

つまり、マーケティングリサーチは、「意見と実際の行動との間に隔たりがある」、「創造しようとしているサービス/商品について何も言及できない」、「市場全体を捉えようとするがゆえに革新的なサービス/商品には反してしまう」といった課題を抱えており、それがゆえに、機会を発見する方法にはなり難いのです。言わば、あくまで市場全体を「知るための調査」でしかないのです。(勿論、現在、マーケティングリサーチ業界内でも、そこから脱却しようという流れが顕著ではありますが。)

一方で、所謂ユーザビリティテストのように、生活者に実際にサービス/商品を使ってもらうことで、問題を発見し、改善すること(=評価的調査)は、あくまで「改善のための調査」でしかないため、同様に機会を発見する方法にはなり難いです。

上記の背景をうけて、いま求められているリサーチこそが、良いアイディアを仮説として生み出すための、デザインリサーチです。言わば「作るための調査」と言えます。これは、昔からある生成的調査の概念とほぼ同じではありますが、デザインに落としていくという姿勢がより色濃いように思います。

本稿では、様々な実践家・専門家の指摘も踏まえつつ、自分なりにデザインリサーチという概念の整理を試みたいと思います。僕はデザインリサーチを以下3つの特徴を有するものとして捉えることができるのではないか、全てを満たすと機会発見を行いやすくなるのではないかと考えています。

1.ソリューションにフォーカスする

2.タスクとコンテクストにフォーカスする   

3.極端なヒトにフォーカスする

では順にこの3つを説明していきます。 


デザインリサーチの特徴1:ソリューションにフォーカスする

前述したとおり、デザインリサーチは、「作るための調査」で、作る際のヒントや糸口を得ることが目的です。この考え方は、Mckergow & Jacksonが提唱しているソリューションフォーカスアプローチ(Mark Mckergow & Paul Z Jackson, 組織の成果に直結する問題解決法ソリューションフォーカス, ダイヤモンド社,2008)と非常に親和性が高い考え方です。

ソリューションフォーカスアプローチでは、問題やその原因の探索ではなく、解決に焦点を合わせます。(勿論、プロブレムフォーカスが有効な場面も多々ありますが、それはモノに対してのみであり、ヒトが関わる事象に対しては有効でないと言われています。)

例えば、あるイタリアの化学工場では、安全性担保のため、工員に保護メガネをかけることを義務付けていましたが、誰もかけていませんでした。このとき、プロブレムフォーカスの場合は、メガネをかけていない理由や起こりうる事故の根底にある原因などを探ってから解決策を考えていきます。もしかしたら、工員へのインタビューを通じて、「かけるのが面倒くさい」「かけるのを忘れてしまう」「かけなくても平気だよ」といった工員の意識が顕在化され、注意喚起の紙を貼る、朝礼にてペアでチェックさせる、といった解決策を考えるかもしれません(※)。一方で、ソリューションフォーカスの場合は、「厳しく言われなくても皆が保護メガネをかけるとしたら、それはどういうときだろう?」という発想から出発し、お洒落なサングラスにするという解決策を提示しました。実際に、この解決策によって、工員は着用し始めたようです。(※の部分は書籍に記載されている内容ではなく、私の所見です。)

デザインリサーチも、このソリューションフォーカスアプローチと同じ発想です。つまり、Mckergow & Jacksonの言葉を借りるならば、デザインリサーチは、“うまくいく条件を探しに出る旅”であり、新たな機会の兆しを見出す活動なのです。これは具体的なスキルやノウハウと言うよりもマインドセットに近く、それが故に、本当の意味でデザインリサーチしようとした場合、リサーチャーやコンサルタントだけでの実行はなかなか難しいのではないかと思います。つまり、実践の中でデザインの取っ掛かりを日々見出そうとしているデザイナーやエンジニアがチームにいないと、なかなかデザイン解にまで落としこむのは至難の技なような気がします。

デザインリサーチの特徴2:タスク&コンテクストにフォーカスする

イノベーションは、サービス/商品の表面的な見栄えを良くすることではありません。機能的なスペックを向上させることでもありません。生活者の暮らし或はその暮らしにおける行為を変革することです。

例えば、SONYのウォークマンや、AppleのiPodは「音楽を聴く」という行為を変革していると言えます。ゆえに、生活者の行動(=タスク)に着目してリサーチする必要があります。(勿論、前述した「意見と実際の行動との間に隔たりがある」という点も行動に着目する理由です。)

この点については、Adaptive path、IDEO、Red Associatesなどの様々なデザインファームのコンサルタントが、色々なニュアンスで指摘していて興味深いので、いくつかピックアップしてみたいと思います。   

好き嫌いではなく、タスクと価値観に注目する(Indi Young, メンタルモデル, 丸善出版,2014)   
名詞ではなく動詞で考える(Tom Kelly & Jonathan Littman, 発想する会社, 早川書房, 2002)   
アディダスから「ランニングシューズにおける市場シェアが落ちている」との相談を受けたとする。(中略)「なぜ市場シェアが落ちているんだろう」ではなく「なぜ、人間は走るのだろう」と考えていく(WORKSIGHT, 社会科学に基づいた知見とデータをイノベーションに活かす, 2013)

行動(タスク)に着目するのに加えて、そのコンテクストにも目を向ける必要があります。よく引き合いに出される例で恐縮ですが、例えば、「板に穴をあけたい」というニーズだけ明らかにしても、最適なデザイン解は導き出せません。小学生が夏休みの工作で1枚だけ穴をあけたいのであれば、既に穴の空いたベニヤ板を提供することが最適かもしれません。一方で、DIYが趣味のお父さんが、毎週末、色々な厚さの板に穴をあけたいのであれば、幾つかのサイズの電動ドリルキットを提供することが最適かもしれません。

つまり、Chipchaseが述べているとおり(Jan Chipchase, サイレントニーズ, 英治出版, 2014)(Harvard Business Review, デザイン・リサーチとは"Why"を知ること, 2014)、デザインリサーチは、生活者が何をしているか、どのようにしているかといった"What"や"How"だけでなく、なぜそうするのかという"Why"にも焦点を当てます。そして、そのWhyに該当するのが、生活者や、その生活者の気持ち・価値観、行為が行われる時間・場面・空間、おかれている文化・社会などを含むコンテクストなのです。 


デザインリサーチの特徴3:極端なヒトにフォーカスする

では、ソリューション志向で、タスクとコンテクストに着目してリサーチすれば十分かと言うとそんなことはありません。と言うのも、新たな機会の発見、あるいはイノベーションを目指しているからです。つまり、冒頭で述べたとおり、新しいサービス/商品をこれから創り出そうとしているので、今のサービス/商品や、その利用におけるタスクとコンテクストをただリサーチしても、"改善"の糸口しか掴めないのです。

では、どのようにリサーチすればよいのでしょうか。

現状考えられる、上記に対する答えは、極端なヒトにフォーカスすることです。ここで言う極端なヒトとは、①自分なりの工夫を極端に施しているヒト、②現在主流のやり方から逸脱している変わり者、③全くのド素人、④社会に対して独自の視点を持つヒト(例:タクシードライバー、バーテンダー、トレンドに敏感な若者)などです。 ※Barkerは、パラダイムシフトを起こす人物像として、企業側の視点から「よろずいじくりまわし屋」「一匹狼」「新人」「異分野出身者」の4タイプを挙げていますが、上記の①〜④は顧客側の視点からの人物像として、ちょうどBarkerの4タイプに対応付けることができそうです。

極端なヒトにフォーカスして成功した例としては、靴のオンラインショップjavariがあります。このサービスは、もともと7日間で返却するサービスだったらしいのですが、毎回決まって7日後に数足返却する顧客がいました。サービス提供者側からすると、面倒な顧客だと思ってしまいがちですが、javariはこれを見逃しませんでした。つまり、顧客は皆「気に入らなければ返却したい」という普遍的な気持ちを持っているはずで、「面倒くさい」「悪い気がしてしまう」などといった心理的な障壁があるから返却していないだけだと考えました。つまり、この顧客は唯一障壁を乗り越えた変わり者なのです。javariは、この事象をもとに、「どうしたら普通のヒトもその障壁を低く感じるか」を検討し、365日間返却可能なサービスに切り替えることで、成功しました。

これは、特別な例ではありません。至るところに極端なヒトがいて、至るところにデザインのヒントが転がっています。例えば、トイレの度にシャワーを浴びるような変わったオジさんがいれば、ウォシュレット開発のヒントになったはずです。(注:実際にはウォシュレットは医療用・福祉用から移転された経緯を持つ商品だそうです。)

総括

これまでの議論を整理すると、以下のように言えそうです。   

デザインリサーチとは、極端な生活者のタスクやコンテクストを知ることで、新たなデザイン解の糸口を掴むための活動

このように纏めてしまうと、それほど新しいことではありませんね…。何百年、何千年も前から、優れた職人、発明家は皆やっていたことかもしれません。

また、お気づきの通り、デザインリサーチは特定の手技法を指すわけではないと考えます。特徴1〜3を満たそうとすると、必然的にエスノグラフィになることが多いので、デザインリサーチ=エスグラフィと捉えられがちですが、どちらかと言えば、リサーチにあたってのスタンスや心構えに近いと思います。ですので、工夫次第では、アンケート・インタビューでデザインリサーチを行うことも可能だと考えます。相当な工夫が必要だとは思いますが...

結局のことろ、デザインリサーチは手段でしかありません。Barkerが述べている通り、パラダイムシフトは、量的な変化ではなく、質的な変化であり、データを使って説明することはできません。データでは語れないからこそ、いかにそのアイディアに対して信念を持てるか、持ち続けられるかが、デザインリサーチを行う上で最も重要なマインドセットだと改めて感じます。

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