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珍獣動物園Vol.1-社長-

「何やっとんじゃ‼ボケッ!」
「早よせいや‼ボケッ!」
「何でこないなるねん!!ボケッ!」
彼の口癖は「ボケッ!」だ。みんな緊張して、普段のペースではなくなっている。いつもはしないミスをし、いつもはしない仕事が増え、いつもより仕事が遅い。空回りしている。言われる内容より、声の大きさにしょっぱらからビビッてしまうのだ。不思議に私は怖くなかった。その代わり、その姿が滑稽で不快だった。大嫌いだと思った。
父の会社が傾き始めた頃、私では到底支えられないと悟り、図面描きとして出稼ぎすることを決めた会社の若社長だ。私より二つ年上なだけの二代目社長。
会社は男の人だらけで家族経営の小さな会社だった。会長に退いた彼の父親は人格者だったようだが、長男の彼は違った。いつも誰かを愛なく怒鳴り、会社の為と、かこつけて無理難題を押し付けては出来なければまた怒鳴る。そのくせ、取引相手にはおこぼれ頂戴と言わんばかりに媚びを売る。が、いずれの相手も彼より上手で、結果は、媚びの割にはそれほど大きな利益を生むことはない。
アナログな彼の一か月の日程表は、A4サイズの紙に、小さく意外ときれいな字でみっちりと書き込まれている。とても几帳面な面もある。出張や打ち合わせの時間や場所もそうだ。道順、電車の時刻、乗り場に至るまでがA4サイズの紙に打ち出される。ペーパーレスの時代に未だ紙の消費が止まらない。
東京支社をつくれば、自ら引き抜いて一緒に連れて行った社員に対しては、
「こいつは24時間営業のコンビニみたいなもんや!」
と、事務から雑用までの全てをさせた上に、来る日も来る日も夜な夜な図面を描かせた。慣れない土地で道を間違えると手近なもので殴りつけた。
ある年の暮れ、少しどもりのある物静かなその社員は、
「うるせぇ~っ!」
と、辞め際に最大級のパンチを社長にお見舞いした。社長の左目がしばらく紫色だったのを思い出す。
通っていた下町のキャバクラの女を事務員として雇ったこともあった。女は東京の妻気取りだった。彼女からのメールやファックスには必ずハートマークがついていた。ここはキャバクラではない。だが、男性社員のまなざしは彼女に優しかった。世の多くの男は、女が嫌う分かりやすい媚びでも溶けてしまうものなのだろう。見かねた本妻は三人娘の写真が数枚入っただけの手紙を愛人に送り付けた。子供を産めなかった愛人は、社長に家族を捨てられるのかと迫った。社長は家族を取り、愛人との関係は終了した。代償に東京の社長の社宅からは生活必需品の全てが愛人と共に消えた。裸電球だけの薄暗い部屋で、しばらく社長の独り暮らしが続いたという。

会社の為には嫌われ役が必要で、社長の俺がそれをやると社員の結束が強くなるんや…というようなことを私が辞める時に言っていたが、やり方が間違っていると感じた。結局、みんなが離れていく。
「去る者追わずや。」
などと格好つけている場合ではない。何故去るのかを何故考えない?
傲慢で横暴でわがまま。サイコパスに近い。だけど、本当は自信が無く小心者か?。社長職になる人は小心者の方がうまくいくと聞いたことがある。本当だろうか?ライオンの皮を被ったネズミ…かしら。ライオンに申し訳ない。

彼の長女はパパが大好きである。この会社を自分が継ぐのが夢だと語る。少なくとも長女からは尊敬されている。
どこからどんなふうに見るかで、人というのは違って見える。だからと言って、やっぱり私は彼が大嫌いである。

それにしても腑に落ちないのは、彼がクリスマスに生まれたことだ。




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