見出し画像

ココアを飲むとMからエアメールが届く

学生の頃の夏休み、一通のエアメールが届いた。フランスからだった。フランスに知り合いなどいるはずもなく、友達の誰かが旅行に行くとも聞いてはいなかった。差出人はMだった。
「cheka様。元気にしていますか?僕は今、フランスにいます。セーヌ川のほとりでこの手紙を書いています…。」
とか何とか。この先の文章をしっかり覚えていないけれど、いつものMっぽくなくて感心したことを覚えている。折角のいい文面をしっかり覚えていないのは、Mの住む町の消印が押されていることに気づいて、ひとりふきだしたからだ。

Mは同じ学科のひとつ年下の男の子だった。私の同期の友人が予備校で同じだったり、長く付き合っていた彼が留年したり…そんなことで、ひとつ年下の学年の何人かとは仲が良かった。
彼は、パンク好きでバイク好き。冬はライダース、夏も黒っぽい服を着て、いつもキマってた。
だけど、どこかドンくさくて、
「ウィリーの練習してたらやってもた…。」
と怪我をしたりもするおバカさんだった。
パンク好きのくせに物腰やわらかで、話しているといつもほっこりした。
実は本をよく読む少年でもあった。ジャンルは幅広く、アガサクリスティーが好きだとも言っていた。名探偵ポアロが好きだったからか、ポアロを彷彿とさせる紳士的なところもあった。パンクで紳士。Mは今思えば魅力的だった。
Mがエアメールをくれたのは、長くお付き合いしていた彼との関係が上手くいかなくなっていた頃だった。たぶん、私達二人を心配してたんだと思う。二人とMで出かけたりもした。
いつだったか、Mの家に遊び行ったことがある。その日はとても寒い日だった。
その時、Mのお母さんが持って来てくれたのはココアだった。Mのお父さんは喫茶店をしていて、きっとそこでも出しているココアだと思う。ココアにはバターがひとかけら浮かんでいた。まったりとしたくちどけのココアの泡がゆっくりと体を温めてくれた。長く付き合った彼とお別れしたのはその後だった。そしてその後、父が倒れたのである。
一度だけ、Mからメールが来たことがある。
「大丈夫か?」
という一言だった。
「大丈夫。」
と、返信した。
本当は全然大丈夫じゃなかった。でも、あの時は誰にも頼ってはならない気がしていた。全くもって可愛げのない女だ。
もし、あの時Mに頼っていたら、温かい関係を築けていただろうか…?
ふと、考えるけど、あの時に戻って違う選択をしたところで、きっと今の状態になるのだと思う。人生はもう最初から決まっているんだ。…そう考える。
Mとは今、SNSという文明の利器によって互いの近況を知る程度だ。彼はいいパパさんになった。
ココアを飲む時にはバターをひとかけ浮かせ、Mが送ってくれたエアメールを思い出してほっこりする。これは愛でも恋でもないのだけれど、とても温かい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?