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『追憶 』 #シロクマ文芸部

*鍵っ子


 消えた鍵っ子・・・

 令和には意味不明の言葉だが《鍵っ子》は時代を写す流行語でもあった。
昭和38年(1963)~昭和40年、家を留守にする共働きの両親の子が常に紐に結んだ鍵を首からブラ下げている・・・そんな子供たちが話題になったのである。決して虐待されていた訳でもなく、ただ一人で寂しそうにしている子供の印象がその時代の景色として人々の意識に強く残ったのだと思う。

全てがマニュアルに用意されているかのような今の時代だからこそ、そんな時代を・・・ふと、懐かしく思い出すことがあるのだ。

 自分の子供の頃にはまだ《鍵っ子》などという言葉はなく、既婚の女性の大半が専業主婦だった時代。子供の遊び場は主に外だったりしたので鍵を持つ子は少なかった・・・さらに貧しい時代だったとも思う。



*ここで以前、書いたことのある実体験を以下に再記してみます。



○ ある少年のエピソード

小学4年。北海道の北見から網走の小学校に
転校してきて二年になろうとしていた。

同級生に気になる少年がいた。Y君とする。
Y君は誰とも口をきかず、いつも孤立していた。どこか、
秘めた狂気を帯びたようなオーラを発するY君には、
誰もが怖がって近寄らなかった。


一緒に帰るべ?
「・・・?!

話しかけてきた少年を怪訝そうに見たが、Y君は無言でうなずいた。

Y君「やることがある・・・」
少年「・・・
(なんだ、口がきけるじゃないか・・?)と、少年。
Y君は家に帰らず、目的の場所に少年と向かった。

林業の町だった置戸ではごく普通の光景だったが、Y君の向かった先にも、大量の木材が積み上げられた「土場」があった。
Y君は「毎日やってる!」と、
隠してあった大きい籠と鉄棒を持ち出してきた。鉄棒というのは、
先がノミの刃のようになった、木材の木の皮を剥ぐ道具である。
相変わらず、狂気を秘めたままのY君は凶器の鉄棒を持ち、
木材に向かって作業を始めた。

少年「いつもやってるの?
Y君「そうだよ。・・・うまいべや!

Y君は少し自慢げに言ったが、少年は手伝うこともないので、
Y君の作業を黙って見ていた。
夏から秋にかけて、剥いだ木の皮を毎日、家に持ち運び、冬の間の
薪(たきぎ)とするのだ。 

そんな事から、なんとなくY君と付き合うようになったある日のこと、
Y君は少年に話しかけた。

今日、オレんちに来いよ!

・・・初めて家に誘われたのである。

Y君「母ちゃんにも言ってあるからよ

少年「わかった!

Y君の家が貧乏なことは予想がついていた。
Y君の家は網走の中でも、貧しさがわかる集落にあったからである。
それでも興味はあった。
予想通りのバラック(木材で出来た家屋)に着き、
入れよ!」と招かれた。

いらっしゃい!

Y君のお母さんが笑顔で迎えてくれた。何だか・・とても
嬉しそうだった。

待ってね・・・」と、番茶とカリントウを出してくれた。

少年は部屋の様子をそれとなく観察する・・
木材の柱は焼け焦げたように真っ黒で、壁の木も古く、襖には全て
新聞の広告紙(チラシ)が貼られていた。障子も・・同様であった。

Y君のお母さんは次々と、少年にいろいろ話しかけてくれた。
部屋も笑い声で満たされ、笑った顔など知らないY君の顔にも
笑顔が感じられた。そんな時間が過ぎた頃、

ご飯・・・ 食べてく?
「・・・はい!

出された食事に少年はちょっと驚いていた。
小皿にあったおかずは・・出がらしの番茶の漬物のみ。
ほぼ麦で占められたパラパラのご飯に、それをかけて食べるのだ。

「・・・どう?おいしい?」お母さんに聞かれ、
おいしいです!」と答えた。

お腹を空かせていた少年にとって、嘘ではない正直な感想だった。

おそらく初めて訪れた、Y君の初めての友達に対する、
精一杯のもてなしだったのだと思う。
お母さんはとても嬉しそうに見送ってくれた。

この日は家にいなかったのだが、
Y君には小児麻痺の障害を抱えた弟もいた。

それから半年も過ぎた頃・・・

Y君の住む集落一帯は火事となり全焼した。

Y君の弟が亡くなったとの噂も聞いた。

Y君は転校したと聞かされたが、
Y君の集めていた薪と火事のイメージが妙に重なり、
複雑な思いのまま・・・ 
少年は彼ら一家のその後の幸せを願うしかなかった。


お母さん・・・番茶漬物のご飯、とっても美味しかったです!
ごちそうさまでした!!

(ある少年のエピソード・終わり)



*上記の時代から数年後に『鍵っ子』が話題になる年が訪れた。

 まだまだ未熟な世相はそれでも元気がよく、かつて『鍵っ子』と呼ばれていた若者も含めた多くの人々の笑顔と、悲喜こもごもの昭和と平成があっという間に駆け抜けた・・・!

 必然とはいえ、どこか質感の違う令和の時代を迎えて、昭和からの時間を過ごした世代にとって『鍵っ子』は、時代に同居していた やはり自分の一部だった気もするのである。

【了】



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