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都市の思考

現在の社会制度の多くは、都市で思考され、都市で生まれました。だから、農村では使えない制度がたくさんあります。

例えば、都市計画という制度があって、都市計画事業(街路や下水道の整備、再開発事業など)と都市計画制限(開発行為等の規制)を制度化して、「都市の健全な発展と秩序ある整備」を図ることになっています。

都市計画制度は、その都市計画が定める「市街化区域」において良く機能する制度として設計されているのですが、都市計画は「市街化調整区域」や「非線引都市計画区域」も持っていて、つまりは農村地域にも都市計画制度が適用されることになっています。そして上手く機能していません。

「都市」と「農村」では、そもそも空間の構成原理が違うので、農村には都市計画制度とは別の空間計画制度が必要なのです。

日本列島のうえで、何を持って「都市」と呼ぶのかについて明確な定義はありませんが、例えば、市街化区域の面積は約14,400㎢、人口集中地区の面積は12,800㎢で、国土面積が約378,000㎢ですから、「都市」が国土に占める面積は、せいぜい4%程度です。
それでもその4%に、国民の約7割が住んでいるので、多くの人々は都市的に思考し、都市的な制度や政策を作ってきました。残りの96%の地域に、そうした特殊な地区の制度や政策を、そのまま適用することには相当な無理があるはずです。

景観政策や住宅政策も同じ。
空間に関する制度だけではありません。環境政策もエネルギー政策も、社会保障制度も税制も、財政制度も金融政策も、教育制度も選挙制度も、日本の基幹的な制度は「都市」を念頭に作られ、「農村」にも適用されています。

現代社会は都市的な社会経済システムで成り立っているので、多くの国民が都市的な価値観を抱いています。

都市的な思考というのは、そのまま、日本の近代化、工業化、都市化、グローバル化に結びついています。基本的に都市側から社会を見ているので、市街化区域と言っておいて、余白を市街化調整区域と呼びます。農村区域と言っておいて、都市を非農村区域と呼ぶことにはしません。どうしてフラットに、都市区域、農村区域と呼ばないのでしょうか。

都市的な思考の特徴のひとつは、社会的価値を「金額で測る」ということです。

都市計画の世界では、その土地が持っている歴史的、文化的な価値よりもその土地の容積率が重んじられます。それはお金になるからです。
自然環境を保全するより、宅地開発をすることが重んじられます。それはお金になるからです。緑地や公園は、地域の金銭的価値を高める場合に整備され、保全されます。

古い建物を修復するよりも、「建て直したほうが安い」というのは設計士や工務店の常套句です。実際には「建て直したほうが高い」のでこれはウソなのですが、その設計士や工務店は修復技術を持ち合わせていないか、面倒だから、新築に誘導するのです。
結局、施主は諦めて、古い家を壊し、新しい家を建てることになるのですが、この言説が意味するもっと重要な点は、職人たちによって伝統工法で建てられ、長い時間を湛えてきた空間と大量生産の工業製品を「金額」だけで比較しようとする都市的な思考にあります。
この「時空」は一度壊してしまえば二度と取り戻せないのだと、都市的な思考は思考しないのです。

私たちにとっても、お金のこと、経済性や事業採算性はとても重要です。そのことに間違いはありません。けれども、それはクリアすべき要件であって、決して目標ではありません。あたり前の話ですが、事業の目標は「お金で測れない」ところにあるはずです。

もうひとつ、都市的な思考の特徴は、「視程が浅い」ことにあります。

誰もが、今日の生活のことを、今月の売り上げのことを考えて生きています。人生設計くらいはあるでしょうが、自分の人生の時間スケールを超えることはありません。
自分が住む家は自分の世代だけが住むのであって、その先を考えることはありません。子供たちには別の人生があって、家を住み継ぐという考えはありません。自分の孫のために裏山に木を植えておこうと考える人は、もう誰もいません。

都市計画制度は、目前に迫った道路事業や下水道事業、再開発事業の事業計画について、社会的認知を得るための道具として使われています。
自治体の長期ビジョンである「都市計画マスタープラン」も、目標年次は20年後、長くて30年後ぐらいでしょうか。「国家百年の計」は死語となりました。

都市的な思考は、現世的な思考、刹那を生きる思考であると言ってよいでしょう。7割の人がそのように考えているので、その考えが農村にも普及して、残りの3割の人たちも同じ価値観を抱いているように思います。
けれども、国土の96%が都市ではなく、その環境は現世的な思考では守ることができず、そこでは刹那には生きられないことを、もう一度考え直してみる必要があると思います。

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