病床の君

「…あ、もうこんな季節か」
病室のベットから背もたれを起こして、朝日が差し込む窓を見ている女性がいる。
「おはようございます。裕理香さん。検診です」
看護士の声に少し慌てて振り向いたため、セミロングの黒髪がなびく。
枯葉となり、少しずつ落ちていく木の葉見ていたら、いつの間にか検診の時間になっていた。
20代半ばの裕理香は、この病室の患者の中では最年少になる。
10月の初め、例年に比べ急に冷え込んだ空気の訪れとともに入院し、三週間ほど過ごしている。
重い病気ではないため、あと一週間ほどで退院予定だ。
久しぶりに会社を離れて過ごす時間の流れは緩やかで、そしてどこか空虚なものだった。
仕事の引き継ぎは不備なく行なったものの、入院して一週間ほどは確認のメッセージが通知を埋めていた。
それも三日ほどで少なくなり、二週間目に入ると全く連絡は来なくなった。引き継ぎが上手くいった証だろう。
それからはスマホのゲームと小説の続きだけが楽しみとなっていた。
二週間くらいは復帰のため仕事の進捗を気にかけていて、それとともに復帰後のプレッシャーを感じていたが、
この頃はそれも薄くなり、自分が現実から浮いたような存在に思えてきた。それでも仕事が退院後に始まるという
現実を忘れるわけにはいかないので、機械的に仕事の進行具合を想定し、復帰後に備えて精神を整えていた。
また仕事前と仕事終わりに来る彼氏からのメッセージが社会生活の情緒を覚えたままでいさせてくれた。
部屋が少し片付いてないまま入院してしまい、そのことを気にしていたが、入院してから間も無く、
彼氏が片付けをしてくれたため、仕事ともに帰宅後の生活についても考えることがなくなった。
病室で初めて迎えた週末にはSNSで入院しいたことを伝え、親しいフォロワーには個別にメッセージを送った。
仕事は決して楽ではなく、入社して4年過ぎた今ではすっかり業務にも人間関係にもマンネリを感じていた。
ただ自分の生活の軸がすっかり仕事に依存したものになった今、急に解放され、どこか居心地の悪いものとなっていた。

「…あ、恭也君、部屋探してくれてんのかな。」

検診が終わり、落ち着いてしばらくしたら同棲先を検討していたことを思い出した。
一人で暮らすには少し広めな裕理香の部屋でもよかったのだが、どうせならと彼氏の恭也が新しい部屋を年内に決めようと言った。
年始後に決めると引っ越しシーズンで部屋探しが難しくなるので、九月中旬頃から探すことを決めていた。
しかし、そのことについての連絡は一切なかった。裕理香もまた仕事の引き継ぎと入院の報告ですっかり抜けていた。
勢いで行動しがちな恭也のことが少し心配になってきたのと、狭い1Kに住みながらも裕理香の部屋に転がり込むのを嫌がっている恭也のためにも
早く新生活を送りたいと考えていた。

食事をして、小説を読んで、休憩がてらにSNSチェックとネットニュースを見て、冬物のコーディネイトを考えて、また小説を読んで。
この繰り返しを数え切れないほどして夜になる。病院の明かりに照らされた樹木は心なしか、朝よりも木の葉が減っている気がした。
風の強い日だったのかもしれないが、病室の中からでは関心を向けない限り、それを感じなかった。
何も変化のない空間で唯一、季節の移り変わりを感じられる瞬間だった。

「あ、そうだ」

恭也にロングコートを持ってきてもらうようにメッセージを送った。

「…う、ん」

少し心配になったので、自分のスマホにもリマインドをかけて通知で思い出せるようにした。
仕事のない日々は本当にやることがない。何とか無理矢理やるべきことを思い出して、やってみたが、今ので大体やることのネタがなくなってしまった気がした。
そして、何よりも困るのが疲れないため眠くならないことだ。運がいいと、夜に本を読んでいる間に眠くなってそのまま寝て朝を迎えられるのだが、
大体はそうはいかず、昼頃に眠くなったりして、夜に目が冴えてしまうことが多い。
本とスマホによる眼精疲労だけで瞼を重くして眠るには限度がある。病院でもらう薬に眠くなる作用もないため自力でどうにかするしかなかった。
最近は小説の続きや外伝を妄想することにより夢を見ている状態に脳を近づけて、いつの間にか眠りに入るという方法に到達した。
これが思いのほか成功率が高く、生活リズムを崩さずにいられた。唯一の欠点は思いがけず、話がどんどん浮かんでしまい、
眠れなくなることはないものの出来がいいためちゃんと作品にしてしまいたくなるところだ。しかし、退院してしまうとその暇はないし、かと言ってスマホで
書くと小説を読む時間がなくなってしまうので、書くことはできない。そもそも書くのが好きなわけではないので、読書の時間を削ってまで書く気にならなかった。

ふと窓に目をやると、枯れてはいるが落ちそうで落ちない木の葉が穏やかになった風に揺られていた。

会社の昼休みに喫茶店のテラスで少しパン生地硬めのホットドッグを頬張りながら、恭也は同僚であり友人の雄二と向かい合っていた。
風がさざ波が寄せて返すように強く吹いたり、弱く吹いたりしていて、枯葉がその風の挙動に合わせて舞っている。
多くの枯葉は舞いながら木の根元に戻るか、車道に踊り出たりしていたが、いくつかの枯葉は心なく雑踏に踏みしめられ、砕かれていた。
スーツでジャケットを着ていれば、そこまで寒くはなかった。

会話に少し沈黙が入っていた。恭也は少し多めに口に入れすぎたホットドッグが邪魔をして、話すことができなくなっていた。その隙に雄二が話を始める。

「ほら、結局、前のライブ中止になって観に行けなかったじゃん?それで余った時間に焼肉食いに行こうとしたら、閉まってて行けなかったし。
今度、営業に行く時、お前も行くし、そのあとは飲み会になるだろ?そこで日程とか予定詰めてさ、その週末にどっか行こうと思ってんだけど…どうよ?」

プランが決まりに決まっている様子を話の中から伺いながら、ようやくホットドッグを水で流し込み、返答できるようになった。

「まぁ、いいんじゃね?とりあえず、飲み会までに答え出せるようにしとくわ。週末行けるかはそれ次第だな」

少し緩くなったコーヒーを飲み干して雄二はカップを置く。

「いいだろ?それで。別に予定とか特にないでしょ?ここんとこずっと出られなかったし、そろそろいいっしょ」

類は友を呼ぶというのか、なかなか恭也に劣らない強引っぷりだ。相手の予定をここまで強制できる社会人も珍しい。
彼はきっと仲がいい友人には皆こうなのであろう。入社から6年の付き合いなので、対応には慣れている。

「大体、大丈夫だけど、まず飲み会まで考えさせてくれ。それまでには予定とか伝えるし、飲み会後でもまた予定を伝えるから、それまではとりあえず待ってて。」

「おう、わかったわかった」

これが生返事なのはわかっていて、明日にはもう忘れているだろうけど、一応待つように釘を刺しておく。
何かあっても聞かなかった雄二のせいにするためである。

「あれ、そういえば佳奈ちゃんって飲み会に来るんだっけ?」

裕理香の友人のことを飲み会の話で思い出した恭也は確認をした。

「あー、多分来るんじゃない?裕理香のこと心配してるみたいだし、今、面会できないしな。
大体、この飲み会には毎回来てたし、今度も来るっしょ」

この様子だと連絡を取り合っていないことはわかった。佳奈が来るかどうかは彼の情報と性格からじゃ、確実に読み取れないが、
おおよそ来るだろうことは恭也もわかっていた。
カップの返却で席を外した恭也は座席に置いていたカバンを取り、そのまま雄二と会社に戻った。
ちょっと強めの風が吹き、喫茶店の前の枯葉は吹き飛ばされ、だいぶ少なくなっていた。


「課長、今度お会いする取引先に作成した資料送って、担当に返事してもらえるようお約束していただきました。」
「あ、はい、お疲れ様。念の為、吉川くんにも資料を送信したメールを転送しておいてください」
「かしこまりました」

夕暮れが夜空に変わりそうな中、オフィス内で恭也は一日の業務の締めに入っていた。
メールを送るだけで、今日は帰れる。転送もするように言われると思い、準備してから報告をしていた。
もう帰り支度を始めている社員が多い。管理職も諸々の確認をしたらすぐ帰るだろうし、恭也も帰れる。
自主的にする残業もなく、この部署に入ってからは比較的、安定した業務内容と終業時間を迎えられていた。
スマホを見ると裕理香からの連絡に返信していない部分があることに気付いた。
ロングコートを取りに行くことに気を取られていて、裕理香に約束していた部屋探しの件について返事をしていなかった。
すでに来週、2件ほど物件の内見をする予定を決めていた。もしかしたら、内見の予定先が増えるかもしれないので、
確定するまで保留にしていたらすっかり返事が遅くなってしまっていた。

会社から出て、まだ空にうっすらオレンジの光が残っている夜空を背に地下鉄の入り口へ入っていった。
電車の中で内見について裕理香に連絡し、帰りにロングコートを取りに行くことを忘れないように、
裕理香の住んでいるマンションの最寄駅を乗り過ごさないように注意した。

会社に入って2年目の時、飲み会で知り合い、そこから交際が始まったが、当時は何とか約束を果たすもののそれが
ギリギリになってしまったり、ちょっと予定より過ぎてから果たすことが多くなっていた。この時は仕事が忙しく、
マメに連絡できなかったのも原因としてあった。
しかし、それが5回ほど運悪く連続して続き、居酒屋で飲んでいて裕理香とそのことで話し合いになったことがあった。
飲み始めの時は無理しなくていいよと言ってくれたが、次第に改善を訴えるようになり、改善方法も出尽くすほどの時間になった頃、
涙ながらにこのままだと不安であると告げられた。どこか見捨てられているような気になってしまい、それでも互いに忙しいのは分かっていたから
口には出せなかったが、素直な気持ちとしては嫌悪感が募っていたとも言われた。その中でも裕理香の方は予定の確認を怠らなかったし、自分からも
行きたい場所や一緒にしたいことを提案していた。
彼女は自分がしたことを話し合いの場に持ち出すことはなかった。ただ、これからのことについて具体的な行動を願っていた。
それも全て彼女自身の気持ちを犠牲にした上で成り立っていた行為であった。本当はすぐに連絡が欲しかったし、もっと気にかけてもらいたかった。
十分、気持ちがあることは分かっていたけど、言葉と行動のない付き合いは不安がつきまとうものだ。
その不安がこの時に爆発した。

それ以降、恭也は裕理香との連絡はできるだけするようにして、一緒の予定を作るようにもした。
明るい感情でも暗い感情でも同じように伝えるようにした。
互いに我慢をせず、相手のことがわかるようにしようと心に決めた末の決意から来たものだった。

入院をした裕理香がなるべく退屈しないようにドラマの感想を送ったり、面白い動画を教えたりした。
きっとすっかり安心した彼女は退屈をしていて、ちょっと浮世離れした気持ちになっていると思っていた。
退院して馴染んだ十一月中旬くらいには新居で生活できればいいと考えていた。

自分の部屋に戻り、裕理香のロングコートを丁寧に保管した後、自分の部屋を見回した。
物がもともと少ない部屋で片付けるものは特になかったが、キッチンに目をやるとコンロ周りの汚れがこびりついているのに気付いた。
彼女や友人の面倒を見る前に自分のこともしっかりやらないとダメだと強く思った。


通販サイトで焦げがよく落ちる洗剤のリンク先を裕理香は彼へ送った。いつもなら寝てしまうかもしれない時間ではあったが、たまたま起きてたため、
彼から送られたコンロの惨状を確認ができたので、返信した。飲み会に佳奈が行くことは分かっていた。
高卒で働いた佳奈は年下であるものの大卒の裕理香より1年ほど社会人経験が長い。互いの性格もあり、同年齢の友達のようになっていた。
生真面目で融通の効かないところのある佳奈に何度もアドバイスをして、時には自分も純粋な感情をぶつけて、悩みを解消していた。
入院した時はまるで瀕死の重体であるが如く心配されたが、そんなことはないと2日間にわたって教え、納得してもらえた。
裕理香本人はあまり気付いてないが、佳奈は裕理香が自然と無理をしてしまう性格であることを見抜いていて、それで執拗に心配をしている。
裕理香は心配性だと思ってるだけだが、佳奈には人の本質を察する能力があった。

このまま病室にいると何もかもを忘れてしまいそうになるけど、やはり待っている人がいるからその人たちの元に帰りたい。
そう思うと気が楽になり、眠れる感じがした。


秋にしては珍しく、日差しが強く、上着がいらないくらい暖かかった。
空気が澄んでるように感じるせいか日光が鋭い気もした。
ビルに囲まれていると秋風も骨身に染みるような冷たさになる。この日はそれから少し逃れられた。

恭也が向かった営業先は二十階建てのビル、五階にある。周りのビルと比べて、高い方にあたる。この営業先はベンチャーであり、
五階だけがその企業のテナントとなっている。

「弊社のサービスを導入していただくと、ここでかかったロスがカットされ、導入以前より一割から二割ほど早くなります。
サービスの利用次第で早さは変わるかもしれませんが、有効に利用してもらえれば、二割以上の成果が期待できます。
もちろん弊社としても、成果向上に尽力いたします。」

役員、幹部数名にパワーポイントで図表を示しながらプレゼンを恭也はしていく。
すでに紙の資料を配布した時点で、納得はしてもらえていたので、あとは利用の確認がメインであった。
それでも油断をせずに進行した。
本来は営業事務であるため、営業は主幹業務ではなかったのだが、たまたまサービスについて詳しく、取引先と縁があったため、
営業に向かった。また、雄二も営業担当としてこの場にいた。同僚といえ、下手な姿は見せられないため、気合を入れて臨んだ。

「以上ですが、他にご質問はありますか?」

恭也が言い切るかどうかのタイミングで雄二が発言した。

「一つ付け加えさせていただきますが、こちら、説明させていただきましたオプションの他にも御社とのお付き合いもありますため、
記載はありませんが、こちらのオプションもございますので、ぜひご検討ください。また利用中にライトへの切り替えなども迅速に
対応させていただきますので、お気軽にご利用ください。他社よりも御社優先で対応するつもりですので、よろしくお願いします。」

課長が雄二も同行させた意味を恭也は深く理解した。押しの一手の強さがある。自分では資料にあることを噛み砕いて理解のスピードを
上げて、成約交渉のテーブルでやりやすくするので精一杯なのだ。押すことに関しては機転が効かず、才能に欠ける。
よく見ると雄二は無茶苦茶な営業トークと回し方をしているのだが、人格もあって、押し通せてしまう。これが才能なのだと見せつけられる。


ちょうちんがぶら下がり、頭上の壁面には筆文字のメニューがびっしり並んでいる。和風そのものの居酒屋で恭也たちは飲んでいた。

「いやぁ、お前がいるとやりやすいよ!あとはとにかく商品のいいところあるとこないとこ言うだけで済むもんなぁ‼︎」

雄二は恭也の肩をバンっと叩いて言う。秋風に吹かれて、冷えた体を熱燗が温めてくれる。肩を叩かれたのが飲み終わって、
完全に食道を通り過ぎていてよかった。雄二の力は細身に合わず、力強いので衝撃が重い。

「まぁ、あることはいいけど、ないことまで言っちゃダメじゃん。それで色々大変だったでしょ」

そう言った髪を結んでハーフアップにしたミディアムの薄い茶色の髪をした小柄な女性が裕理香の友人の佳奈だ。
若いからか、まだまだ真面目で、人の話もしっかり覚えている。小学生が卒業するほど社会人をやっている自分たちのような存在には
ちょうど身が引き締まるいい存在だ。

「今回は恭也がいたし、そういう失敗はいくつもしたからもう大丈夫だよ、佳奈ちゃん」

そう言いつつ、たこわさを美味しそうにつまみ、ビールで流し込む雄二はとても満足そうだ。

「恭也さんの負担も考えてあげなよ。みんなの責任になっちゃうんだから」

すごい速さでビールを飲み干し、雄二はテーブルに空いたジョッキを置く。

「アフターケアも含めて万全だから、大丈夫だよ。」

「お前の時だけ、やたらアフターケアが多いんだよなぁ」

ふざけた返しを恭也は嫌味な冗談でさらに返し、笑いが起きる。

こうやって、飲むのは何回目だろうか?恭也、裕理香、雄二、佳奈は4人とも異動など奇跡的になく、
たまに飲む程度の余力が残る業務内容だった。佳奈が社会人6年目で恭也、雄二と同じで恭也より1個下の裕理香が5年目だ。
3年目までは色々あり、その度に会ったり、相談に乗ったりしてた。それからはだんだんと落ち着き、それぞれトラブルも無くなってきた。
しかし、本音で深く話し合う機会も減った感じもする。それは隠しているのではなく、本音を出さずとも意思疎通が成立し、
互いに察することでその場をやり過ごしてしまえる。そして、自分のなだめ方も覚えてしまっている。

本当はもっと欲しいものがあるんじゃないか?言ってほしいこと、してもらいたいことがあるんじゃないのか?
それがこの仲間内からではわからない。他人よりは距離の近い4人だけど、どこかうまくいきすぎていて、心が見えてこない。
それでも日頃の生活でいっぱいいっぱいで、そこまで構うことはできない。それはみんなが同じなのである。

病院で参加することができない裕理香のためにメッセージのグループを作り、テキストで擬似参加してもらっている。
メッセージで病院の様子とか聞いてみたり、裕理香の方からも仕事やプライベートのことを聞かれたりした。

2時間近く飲み、少し落ち着きかけた頃、裕理香からメッセージが来た。

「佳奈ちゃんは好きな人いるの?」

このメッセージが来た瞬間、処理に少々時間がかかり、一瞬固まった。

「え、なんでこんなの急に」

恭也は笑いながら、彼女の無理な質問にツッコミを入れる。雄二も同じようなリアクションを取る。

「えー」

佳奈は困ったような声を出す。表情はどこか真剣だった。

「…あれ、誰か付き合ってる人いなかったっけ」

雄二が素面に戻った感じで聞く。

「い、いたら言うに決まってんでしょ。なんなの。え、わかんないの」

意外と強めに彼氏の存在を否定する佳奈。恭也はただ驚き、雄二はあっけに取られる。

「んー、でも、本当は何かあるとか?言えない何かがさ」

雄二は茶化した感じでそう言う。

「…あのさ。そういうとこなんじゃない。雄二くんがよくないところ。ただ何も考えないで、
喋ってれば、それでいいと思ってるんでしょ?なんとかなると思ってんじゃない?ねぇ」

空気が凍るのを恭也は感じた。雄二も同様だったであろう。

「いや、なんだよ。そんな悪気があって何か言ってるわけじゃないし、大したことない話だろ」

動揺しながらも雄二は答えていく。

「だから、そういうとこなんだって。人の気持ちがわからないよね。確かに雄二君がいると楽しいし、
盛り上げてくれようとしてるのもわかるよ。だけど、それが結構、独り善がりなところがあって。
気にしなければいいんだけど、話が通じないって言うか、それでも一緒に」

少し大きめの声で雄二が割って入るように答える。

「ごめん。確かにそういうのは色々、注意されてきた。人の考えてることもわからないで、悪いと思う。
申し訳ない」

ここまで静かに飲みの場で弁明する雄二を恭也は初めて見た。

「…本当にわかんないんだ」

恭也にだけ聞こえるような声量で佳奈は言う。

「こっちこそごめんね。ちょっと飲み過ぎちゃった。先に帰るね。また飲も」

そう言って、逃げるように帰り支度をする佳奈。
気まずい空気の中、動けずにいた2人。スリッパを脱ぎ、佳奈が靴を履き始めた時、重たい空気を無理矢理、押し上げて、声をかける。

「…ま、待って!話は…」

少し佳奈の動きが止まった気がするが、そのまま聞こえなかったかのように早歩きで去っていく。
恭也は全てを察したが、その場でかけられる言葉はなく、同時に声を出せた雄二を改めて心の中で称賛した。
無言の中、恭也はメッセージを送る。

「明日の昼、通話できる?声も聞きたいし、内見のこととか話そう。他にも色々」


三日月の綺麗な夜だった。しばらく見なくなっていた千鳥足のサラリーマンも見かけるようになった。
どことなく前向きに、熱くなれないのは秋が熱さを奪ってしまうせいだろうか。
想いが伝わらないのは寒さで震えてしまうからだろうか。

「いいよ。どうかしたん?私も声を聞きたい」

恭也はメッセージを見て、しばらくすると涙が出てるのに気付いた。
そして、罪悪感を感じた。何とかするつもりであっても、結局、何もできないことを予感してしまい、
そこにも罪を感じたし、これからの行動が全て、自身の罪を滅ぼすための行動だと思うと余計に罪を感じた。

感じるほどより一層、彼女に会いたくなってるだけの自分を見つけてしまい、ひどく自分の醜さを感じた。

読んでいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。 ところでこの「さぽーと」って何ですかね?神が使う魔法かなんかですかね??良くわかりませんが、これ使う人は人間以上の徳がある人なんでしょうね。