フゥム@江古田moja店長

1986.7.8 生まれ。編集・ライター志望。時々、江古田の地下で店長やってます。

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荒涼たる地を抜けて

突如、首と背中に負荷がかかる。 「…っ⁉」 強制的に開けた視界に光が差し込む。 天井、業務用エアコン、明かり。 (そういえば、スポットライトなんてついてたっけな。使ってないけど) 寝ぼけた状態から徐々に覚醒し、意識が明瞭になる。 椅子に座っている。 エビぞりで上を向いているような姿勢になっているのは、 その状態で寝てしまったからか。 目が覚めて体に血が廻ったのか、ドクっと心臓が鳴るのを感じた。 姿勢を正すと、テキストが移るパソコンの隣に漫画が積まれ、 その横には金庫

    • ドローン、すげぇ

      「ドローン操縦の補助をお願いしたい」 いろんな頼まれごとを受けたことがあったが、生まれて初めて受けたタイプの依頼だ。 難しいことは何もなく、ドローンと操縦者、周辺への安全配慮をメインに補助する役目だ。操縦も映像確認も本人がするので、補助者は目で見て、危険がないか判断し、必要な時は誘導するくらいだ。 別にこのくらいならなくてもいけそうなものだが、ちゃんと法律で決まってる。 わざわざルールとして決めるほどのことか?とも思ったが、決まってるものは仕方ないので、補助者は必要だ。

      • 異物で溢れた世界は異世界となるのか

        早朝、車の中で転がりながら運ばれている。椅子を倒して、フラットシートの状態にしてもらったので、無限にゴロゴロできる。注文した荷物の気持ちってきっとこんな感じなんだと思った。 乗り込んだ時には暗かった空が明るくなってきている。朝から昼に変わるのはなんだか早い。 外は快晴でこれほど爽やかな朝という表現が似合う日もないんじゃないかというくらい。車の中で外気に触れることはないが、日差しの気持ちよさが目でわかるほどだ。 この車は海の方に向かっている。方向性も完璧だ。素晴らしい日常を

        • 西へ撃ち出された弾丸に計画なんてない

          店での営業を終え、そのまま新宿に向かった。 自粛も何もなく、短かったが、普通の日常が過ごせた日々だった。 かねてからどこかに行きたかった。誰も知らないどこかに行って、 何もない自分に戻りたかった…。 ってわけではなく、自分が関係してる店に向かっていて、 むしろ自分のことをとてもよく知ってる人が行く予定の所だった。 謎のお嬢様キャラをTwitterでやろうとしたけど、秒で飽きてやめてしまったの図。 きっかけきっかけはこの御二方のイベント。ちょうど何の自粛もなくてかつ暇で

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          病床の君

          「…あ、もうこんな季節か」 病室のベットから背もたれを起こして、朝日が差し込む窓を見ている女性がいる。 「おはようございます。裕理香さん。検診です」 看護士の声に少し慌てて振り向いたため、セミロングの黒髪がなびく。 枯葉となり、少しずつ落ちていく木の葉見ていたら、いつの間にか検診の時間になっていた。 20代半ばの裕理香は、この病室の患者の中では最年少になる。 10月の初め、例年に比べ急に冷え込んだ空気の訪れとともに入院し、三週間ほど過ごしている。 重い病気ではないため、あと一

          昼下がりにカレー食った

          急遽、カレーを食べに行く用事が入り、店を人に任せることにした。 任せると言っても、店番してもらうわけではなく、違う店の利用の合間に待機所として使ってもらうという 謎の利用をしてもらうことにした。 カレー屋に行く前に店で待つことにしたのだが、結局、現地集合となり、待ってる間、ギターをいじってて指が痛くなっただけだった。 カレー屋は谷中にあって、久しぶりの訪れとなった。観光客が増えたりと変化はあるはずなのに昔からある街並みだと思わせる作り。 よくできてるなぁと思うし、別に生まれ

          昼下がりにカレー食った

          質量と魂(重量)で穿て

          前に書いた文章は10万字だった。これはもともと10万文字越えようと思って書いた文章だった。 毎回半年に一回くらい数万文字の文章を書くと決めてて、この前書いた文書は3万文字だった。 次は5万文字かな?って思ったけど、なんか刻んでいくのもうっとおしいと思った。 5万というのはキリがいい感じがするけど、前回から2万プラスされただけだ。 かと言って、倍の6万だとキリが悪い感じもあった。 書いて完全に納得のいく数字が10万文字だった。 今回は分割もしない、途中経過もツイートなどで報

          質量と魂(重量)で穿て

          SSDに変えたぞ

          この記事を書いているノートPCがあるのだが、HDDだった。 それをSSDに変えてもらってから爆速で動くようになった。 HDDというのはざっくりいうと円盤を中で回して記録する装置なのに対し、 SSDはUSBメモリと同じで半導体に記憶させる円盤不要の記憶装置だ。 物理的な動作ロスがなくて、質量も小さくて、まぁとにかく速いのだ。 速い理由は色々あるのだが、大体こんなところ(本当か) 元々、もらったノートPCだったのだが、どうしても動作が遅くて、 立ち上がるまでに5~10分かかっ

          どう言われても書く理由

          一定したテーマや文体でやってるわけではないから 記事ごとで完成度にばらつきが出る。 これは仕方ないし、やり続けてるとネタもなくなってくる。 そうなると読まれなくもなるし、読まれても評価が悪かったりする。 それでもやめるわけにはいかない。 もちろん本当はちゃんと書くために 調査や取材をして、下書き、清書、校正校閲などをやればいいのだが、 それをやっていると執筆ができなくなる。 なので、書ける範囲で書いて少しづつ修正とかできたらいいと思ってる。 出来がどうなるかわからないが、

          どう言われても書く理由

          キャスをやりまくって

          店に誰も来なかったとき、外にいてあまりに暇なとき、 早く人がいなくなったとき、自粛で人がいないときなど ひたすらキャスをやっていた。 初めての時は話すことないし、どうしたらいいかわからなかった。 台本みたいなの簡単に書けばと言われたこともあったが、 結局、書くことも思いつかず、そのまま始めた。 その時は話しながら、話す項目を考えていた。 意地で話した項目は覚えていた。 内容も少し思い出せるようにしていた。 少しうまいと言われてからはもっとやるようになった。 それから何も考

          キャスをやりまくって

          重たい食は何か

          世の中の食事はたいていg(グラム)で表示され、提供される。 そして、大体の限界は800gだ。これでも多い方とされ、あまり見かけない。 身近な人たちを見ると小食の人たちが多い。 しかし、なぜだろう。特盛を標準とするような人は多くない。 体育会系の人たちにはいるだろう。いや、そんなに多くないんじゃね? 不思議だ。みんなお腹空かないのか? え、ご飯残ってるけど食べ忘れ?見えてない? 同じ値段だけど、特盛にしないの?え?少な目?値段は同じだけど、え? 全くわからないことだらけだ

          生まれた近所で働くことになって再び

          なるべく若いうちは遠くに行きたいと思っていた。 そして、多くの土地を知ってそれから戻りたいとも思っていた。 生きている間、見られるもの聞けるものは限られている。 だから、より多くの物を。後悔のないように。 そう思ってたから一つの場所にとどまりたいとは考えられなかった。 最長最遠で東北に2年ほどいたことはある。昔の仕事だ。 それ以外はずっと東京のあちこちで過ごした。 本当は日本中、できれば世界中くらいは行きたかった。 しかし、そんなことができる金もなく、理想で終わってしまっ

          生まれた近所で働くことになって再び

          結婚できそうにない理由

          日ごろから結婚したいけど、できないから困ってんだろ!と 言い続けているので、そろそろできない理由を文章にしたい。 ・経済力がない これは金がないという話だけではない。まず、仕事がない。 職に就く能力がなく、家庭を支えるには不安な仕事しかない。 会社に入れたところで理解力が極めて遅く、仕事を覚えるのに一苦労し、 仕事をするのにも要領が悪い。そんな人間はそうそういなくて、 バイト先などでも同時入社の同期が複数いれば、俺が一番覚えが遅かった。 必死になって要求される習熟速度ギリギ

          結婚できそうにない理由

          とにかく店を開けて、人と会ってみて

          店に関わる前とどう変わったか。とは言え、もう店を任せられてから だいぶ経ってしまい人に会う必要のなかった日々も忘れてしまった。 だから、この会い続けてる日々が日常になり、 会わない方が非日常になった。すっかり感覚が変わってしまった。 だけど、はっきり言えるのは会話の反射速度は上がったとは思う。 とは言え、元の頭がいいわけでもないし、そこに変化はない。 気の利いた返しや含蓄のある返答ができるようになったわけではない。 少しは経験値を積んで知能にも影響があっただろうけど、 そ

          とにかく店を開けて、人と会ってみて

          大規模感染症とともに店長やって

          辛いし、苦しかったというのが感想だ。 しかし、このままだと細かいことが思い出せず、 本当にそれだけしか言うことができなくなってしまうので、 ここでちゃんと思い出せるだけ思い出して、残しておこうと思う。 もちろん、これを書いている今だって感染に対して恐怖が完全になくなっているわけではない。 ただ、店長になった瞬間、 自粛に追い込まれたという経験は2度とできないし、 人類史上でも大変珍しいことなので、 その時にどうだったのかを簡単に残しておきたい。 まず、最初に影響があった

          大規模感染症とともに店長やって

          椅子を減らしてみた

          長く使っていると備品は使えなくなるものだ。そこで処分も発生する。 当たり前のことだが、今回それが椅子だった。 ガタついてるくらいだから直せそうだったが、思い切って捨てることにした。 まず、席数としてどのくらい埋まれば十分なのかを考えた。 日ごろから壊れた椅子を直してでも埋める必要があっただろうか。 そもそもその椅子を使うほどに普段入っていただろうか。 これらだけを考えても、椅子を直して使うほどの理由はなかった。 そして、誰もいない店を見渡して分かったことがある。 椅子

          椅子を減らしてみた