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理知を継ぐ者(36) 現実的にいう①

 こんばんは、カズノです。
 この連載は河出書房新社刊、橋本治『完本 チャンバラ時代劇講座』文庫化記念でもあると前に話しましたが、そういえばこの前は彼の『桃尻娘』が出てきました。今回は『橋』です。

【概要】

 さて、(山本の抗議によって注目された)SPA!誌の報道から、日本のすべての学校は女子生徒に関する対応をしないとならなくなりました。
「ギャラ飲みでお持ち帰りされるような生徒はうちにいないか?」「そういうギャラ飲み運営にまで参加してる、やりてばばあみたいな生徒はうちにいないか?」、そういう疑惑を自分の学校に持たなければいけなくなりました。
 なので学内での相応の対応や、対外的な抗議がどうしても必要になる。そういう話が前回の結論でしたが、実際それって出来るでしょうか?
「さすがにそれは無理だろう?」と思う方が多いと思いますけど、おれも無理だろうと思ってます。
 でもじゃあ、なんでそれって無理なんでしょう?

 まあ実際、学校サイドしたら「山本も余計なことしてくれたよな」「なんでカズノは今さら蒸し返す?」というところかも知れませんが、これはこれでちゃんと考えてみましょうよ。

【橋】

 橋本治の小説に『橋』という作品があります。主人公は2人の女性ですが、このうちのひとり、ちひろをここでは話題にします。
 1981年に小学1年生だったちひろは、進学で東京に出てくるまで地方で育ちました。東京に出てきたのは93年です。昭和から平成に時代が変わり、その昭和最後の遺物・バブル経済が、最後の瞬間を迎えていた時期です。最後だからこそ、むしろ激しく燃えさかった時期でしょうか。つまりジュリアナに象徴されるそれです。
 東京の大学に進学したちひろは、すぐに処女を捨てます。たまたま知り合った男が部屋にやってきたので、とくにためらうこともなくコトを済ませます。ちひろは「女としての第一歩」がやっと始まったと思い、友人たちより優位に立った自分に興奮します。そうして彼女は、それから多くの男性と関係を持っていくのですが、ところで、ここで作者の橋本は興味深い話をしています。引用しましょう。

「ちひろは、女子大学というところが、……餌場になっていることを知らなかった。餌場ではなかったら、どうして共学の大学に通う男達が、自分のキャンパスメートをさしおいて、離れた女子大の女に手を出すのだろう。それこれとは違う。友人は友人で、餌は餌なのだ。ちひろは、自分の男性観が歪になりかかっていることを知らなかった。」
(※編注:原文ママ、「餌場」とは「餌ば」のことでしょう。また文中の太字は原文では傍点が振られていた箇所です)

 今現在この「女子大学」は、「女子」を抜かした「大学」「学校」と言い換えても同じです。93年当時にはまだ「女子大」「短大」とは「餌場」だったでしょうが、今はそういう区別はありません。偏差値制度が定着し、それによって大学/学校のランクが明瞭になり、人間のランク付けもはっきりし、誰もがそれに従うようになれば、要するに「自分より下の学校に通ってるやつは餌なのだ」になります。
 つまり大学ランキングの上位を競り合う数校より下の学校は、すべて餌ばになりうるということですね。そうして起こったのがスーフリ事件だったり、どこかの医大生の事件だったわけですが、もちろん餌ばとは、彼らが落とす釣り糸に食いつく餌がいなければ成り立ちません。

 *

 ちひろはファッションや生活スタイルを気にするようになります。つまり地方出身の、都会的でないような、自分のままではダメだと思うのです。大学に入って2年目、彼女は風俗店に勤務するようになります。仕送りとバイトだけでは生活費がついていかなくなったからです。
 キャビンアテンダントになりたかったちひろは、けっきょく派遣社員の秘書職に落ち着きます。男関係のだらしなさは大学時代と変わらず続き、なんとなく結婚した相手をある日、激情から殺します。
 ちひろにも友人はいましたが、その友人を大切と思ったことはありませんでした。親からは大事に育てられましたが──少なくとも今現在「教育熱心なお母様でうらやましい」とされるような親から育てられました。小さい頃からダンス教室に通わせ、どうも娘には向いてなさそうだと分かれば、こんどは「名門」と呼ばれる高校に行けるよう「勉強」を頑張るよう、支援してきた親です。でもちひろは、そんな親への感謝を持つことはありません。というより、誰かに特別な感情を持つことが、ちひろにはありません。一時の激情から夫を殺したちひろは、彼の死体を切断し、生ゴミと一緒に捨てます。

 今現在、この「ちひろ」を「地方出身の上昇志向の強い女性」という言い方は出来ません。同じような女性は都市部出身でもいます。大学あるいはそれに相当する進路を進み、あれよあれよと自堕落で享楽的な生活に身を落とす女性に、もはや出身地や志向は関係ありません。



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