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短編小説『夢の続きは、』

「まさみっ!年始くらいシャキッと起きたらどうなの?」

「う~ん......ピーチ。お願いだからもうすこしだけ寝かせてよ」

コタツから顔だけ出して、眠りこけているまさみの顔を覗き込むように声をかけたピーチは、まさみの唇の端に光るよだれに気づくと、美味しいものをいっぱい食べる夢でも見ていたんだろう、と呆れ顔でまさみを見つめています。

「もう、しょうがないなあ」

年末年始恒例のテレビ番組を見ていて、そのまま新年を迎えたまさみは、今年こそは毎週連続投稿に挑戦しようと決意しました。

新年早々、作品づくりに取りかかりましたが、何も思い浮かばず、小腹が空いたと手をつけたお菓子が、運のつき。

お酒もすこしだけいいかな。そう自分を甘やかし、1本だけ、と缶ビールを開けたらもういけません。

小説を書くどころか、だらだらとテレビを見続け、いつの間にかそのままコタツのなかで熟睡してしまったのでした。

「まさみ、また寝ていいから、せめて朝ごはんちょうだいよ」

「う~ん......冷蔵庫のなかのもの、適当に食べてよ」

「食べてよって。ぼく、冷蔵庫なんて開けられないってば!まさみっ」

「ん~っ!むにゃむにゃ......」

「ダメだこりゃっ!」

ピーチは呆れ顔でまさみに猫パンチを軽く食らわせました。
それでもまさみは起きようとしません。

「あーっ、お腹空いたな......」

ピーチがテーブルの上を見やると、まさみが昨日食べ散らかした、袋にはいったままのお菓子の残りが目に入ります。

「ぼくには辛すぎてからだには毒なんだけど、しょうがない」

おせんべいをペロッと舐めてみます。

「塩辛っ!こいつはどうだろう?」

スモークチーズにパクッと食いつきました。

「ペッ!変な味。水、みず」

ピーチは慌てて自分専用の水を飲もうとしますが、お皿に水は一滴もありません。

すると、テーブルの上に、缶ビールが倒れて中身が溢れているのが目に入りました。

のどがカラカラでたまらないピーチは、思いっ切りそれをペロペロと舐めます。

「は~っ!辛かった。なんとか喉の渇きもおさまったぞ......」



「あなた方はとてもラッキーです」
ピーチとまさみは、どこかの豪華なホテルのロビーにいました。
かしこまった衣装を着た執事っぽい白髪の男が、その場にいる大勢の人々に向かって恭しく講釈を垂れています。

「袖振り合うも多生の縁、と申します。そこで、新年を迎えるにあたって、わたくしどもの国の王子さまが、皆さまに両手に持てるだけの黄金のお年玉を賜ります」

ロビーに集まった宿泊客の間に歓声が上がります。

「ただし、注意点がひとつだけあります。王子さまには、『ありがとうございます』とだけ申し上げることが許されております。それ以外のことばを口にすることも、王子さまのお顔を仰ぎ見ることも許されておりません。お忘れなきよう。さもなければ大変なことになりますので」

そして、従者たちに促され、その場に居たものたちが列を成して前に進み、大きな〈富士山〉の絵が壁にかけられた王子さまの部屋に招き入れられました。

部屋のなかに積まれた山のような金貨や砂金から、両手いっぱいにそれらを掴み取ると、皆一様に「ありがとうございます」と王子さまに感謝の意を述べ自分の部屋に戻っていきます。

その度に王子さまは、みんなの笑顔を見ると、満足した微笑みを浮かべ、軽くうなづきます。

王子さまの腕に、王者の風格を湛えおとなしく留まっている一羽の〈鷹〉は、鋭い目を見開き、何かあったらいつでも飛び立てるように、戦闘態勢を保っています。

まさみとピーチの順番になりました。まさみは、金貨を右手に、砂金を左手のなかいっぱいに掴み取ると「ありがとうございます」といって下がろうとしました。

「まさみ、まさみーっ!待って、待って!ぼくまだ何にも手にしてないからっ!」

ピーチは王子さまの大きな部屋に響きるほどの素っ頓狂な声で叫んでしまいました。

不器用なピーチの前足は何も掴み取れていませんでした。
ピーチは自分の肉球を空しく見つめています。

そして、自分を見つめる誰かの視線に気づいたピーチは、あろうことか、王子さまの顔を見て、目を合わせてしまったのです。

王子さまの合図でピーチに襲いかかる金色の鷹。
その鋭い爪にからだを掴まれたピーチは意識を失いました。

ピーチが目を覚ますと、台の上に縛りつけられていました。
ピーチの口のなかに、王子さまのふたりの家来が、金貨と砂金を交互に無理やり詰め込んでいます。

「苦しいっ!やめてくれーっ!」

ピーチが声にならない声を上げながらふと横を見やると、まさみが煌びやかな衣装を身を纏い、王子さまのとなりにしゃんとして座っています。

「ピーチ、いままでありがとう。わたし、幸せになるからねっ!」

そういって涙ぐみ、優しく微笑んでいます。

「まさみーっ!まさみ......」



「ピーチ。ピーチっ!あんた、大丈夫?」

目を覚ましたピーチを心配そうに覗き込む、ひどい顔をした寝起きのまさみの姿がそこにありました。

「まさみっ!まさみーっ!」

ピーチは不器用な前足でまさみにしがみつきます。

「あんた、すごくうなされてたよ。変な夢でも見てた? ごめん、おなか空いてたんでしょ。本当にごめん」

目の前に置かれた、まさみの実家で食べたあのアカメバルの煮付けのいいにおいがピーチの食欲をそそります。

「ピーチに食べさせてやれ」とまさみの父の勇作が、母の敬子にいいつけて送ってくれたものでした。

ピーチは、さっきまでの悪夢はどこへやら、煮付けにむしゃぶりつきます。

「うまい、旨い、美味ーいっ!」

「よかったね、ピーチ。お父さん、お母さんに感謝だね」

ピーチは煮付けに夢中です。

横では、コタツに入り、年初めだというのに、髪はボサボサですっぴんのまさみが、母から送られて来たお節料理を、テレビの正月のお笑い番組を見ながら、缶ビール片手にパクついています。

ごはんを食べ終え、喉の渇きもおさまったピーチは、コタツのなかに潜り込むと、あぐらをかくまさみの足の上にそのからだを横たえます。

「まさみといっしょにいられて、ぼく幸せだよ」

ピーチの脳裏に、一瞬、悪夢のなかに出てきた、王子さまとまさみの姿が過りましたが、「いや、まさみが結婚なんて……ない、ない」

そうつぶやくピーチの頭を、まさみの左手は優しくなでなでしています。

ふたりは今年もこうやって仲良く生きていくのでしょう。



『まさみとぼく』より





俺は、理沙が大好きだ。

最近では、怒られることが多いけど、こうやってスヤスヤと寝息をたてて、幸せそうに眠っている理沙の寝顔を見ていると本当に愛おしくなる。

理沙をそんな風に怒らせているのは、俺だってことはわかっている。

まわりの誰が何をいっても、俺のことを信じて、大切に思っていてくれたことは、本当に心の底から感謝している。

ごめんな......口ばっかりで、結果なんて何にも出せなくて。

この前まで人間でいた頃は、書き始めた頃みたいに、毎日が楽しくて、夢中で物語を紡ぐことができなくなっていた。

いつも、頭の片隅に、読んでくれるみんなが楽しんでくれるだろうか?こんなものを書いたら笑われるんじゃないだろうか?なんて、人の目を気にし過ぎるようになっていた。

要するに、ええかっこしいだ。

これでは、いけないな。
そう思っていたときに、ゴキに変身だ。

こんな俺だけど、おまえといっしょにいたいのは、俺の正直な気持ちだ。
それは、このから先も変わらない。

俺は、こんな丸い容姿の〈サツマゴキブリ〉という種類のゴキになっちゃったから、人間だったころのように、おまえの恋人でいられないことくらいわかっているさ。

だから、おまえの邪魔になるようなことだけはしたくないんだ。

それでも、おまえを見ていたい。ただ、それだけだ。
それって、ダメかな?

「遼ちゃん、わかったから」

「理沙、お、おまえ。起きてたのか?いつからだ?」

「うん、『俺は理沙が大好きだ』から」

「それって、最初からってこと」

「そうだね」

「恥ずかしーっ!」

「嬉しかったよ。遼ちゃん」

「ほ、本当に?」

「本当に......。一年の始まりの今夜くらいはいっしょに寝ていいよ。けど、変なことはしないでよ。パンツのなかを覗くとか。キスをするとか」

「......」

「おいっ!する気だったんかーいっ?じゃあ、あっちに戻って」

理沙はそういって、段ボールで作られた俺のねぐらの〈ゴキ遼ハウス〉を指差した。

「し、しません。絶対にそのようなことは」

「それならいいよ。いっしょに寝よ」

「ありがとう。理沙」

俺は本当に久しぶりに、理沙の許しを得て、いっしょに寝られることに嬉しすぎて涙が出そうだ。

「ああ、それから遼ちゃん。初夢にはゴキの姿で出てこないでね。出てくるなら昔の人間の姿でね」

「......」

「返事はっ!遼ちゃん」

「わ、わかりました......」

「それで良し」

けど、理沙。それって、俺がどうこうできるものじゃないけど。

しばらくすると理沙は寝息をたて始めた。

へへへへっ。するなといわれると、やりたくなるのはしょうがない。

俺は、理沙の大きな胸を通り過ぎ、下に移動しようとした。その時、

「やっぱりね」

そう声がしたかと思ったら、足をつまみ上げられ、ポイっと空中に放り投げられた。

俺は、重いからだを器用に反転させて無事着地した。なにしろ、ゴキだから。

「お、起きてたのか?理沙」

理沙はしてやったりとドヤ顔だ。

「遼ちゃん。ハウスっ!」

「だから、俺は犬じゃないって!元日くらい良いじゃんか。ケチっ!」

「なんかいった?遼ちゃん」

「い、いいえ。なんにも......」

そして、俺はいつものように、スゴスゴと自分のねぐらにもどるのであった。

トホホ。
せめて、いい夢見ようっと。


『遼之介は..。』より





俺は、今、すずといっしょに暮らしている。

あのクリスマスのあと、俺の心はすずだけを追い求めていた。

そして、翌年のクリスマス、俺の願いを聞き届けてくれたサンタクロースは、もう一度人間にしてくれ、俺はすずとの再会を果たした。

今回は死ぬまで一生、人間のままだ。

その後すぐ、すずといっしょに暮らし始め、俺はふたりの将来を思い描くようになった。

プチさんもいっしょだ。

サンタのじいさんが、俺が人間界で困ると大変だろう、とそばに居るようにはからってくれた。

「美味しい?やまさん」

「うん。すごく美味いよ。この〈茄子〉の煮びたし。朝食のおかずにもぴったりだね」

すずは俺と再会するまでの約1年間、料理を真剣に勉強したそうで、今ではかなりの腕前だ。

今日は仕事の面接の日だ。

すずといっしょに駅までいく。

「仕事が決まったら、わたしの両親のところに挨拶にいかなきゃ、だよ。もう、ずいぶん待たせてるから。わかってるよね?」

「もちろんさ。俺も早くすずと結婚したいし。すずのご両親とも早く会いたい」

「やまさん、ネクタイ曲がってる。うーん、これで良し。じゃあ、頑張ってね」

すずはそういって、俺にキスをすると勤め先に向かった。

すずは、可愛い、優しい、しっかりものだ。しかも、料理上手。ベッドのなかでは......えへへへっ。教えないっ!

結婚したら、できれば子供は3人は欲しいところだ。

人間になれて本当に良かった。つくづくそう思う。

面接会場に到着して、受付をすませ、並べられた椅子に座る。

別室で個別に面接があるという。

座っているみんなは一様に、濡れたように真っ黒な髪で、真っ黒なスーツを着ている。
顔も心なしか黒い。

俺の順番になった。
ドアをノックしてなかに入る。

「お座りください」

そういわれて、緊張しながら、挨拶し、名前を告げる。

面接官が話し始めた。

「私、はしちゃんです。ねねちゃんといっしょに貴方の面接を......」

「やまちゃん、やまちゃん!」

はしちゃんの声だ。

俺が目を開けると目の前には、俺の大親友、カラスのはしちゃんがいた。

「......はしちゃん?」

「やまちゃん、大丈夫?」

「俺って、人間になったんじゃ?」

「なに馬鹿なこといってんの」

「......」

俺は、どうやら夢を見ていたらしい。

「さあ、もういかないと。今日、明日は食べ物もネットの外にはみ出してるし、ご馳走だらけだ」

年末、年始のゴミ捨て注意事項を守らない者もいます。

そうか。今日は1月2日の朝だ。

俺は初夢を見ていたのか......。

すずと再会し、いっしょに暮らした感触も、記憶もはっきりとあるんだが。

「さあ、やまちゃん、行くよ」

「ああ、そうだな。行こう」

はしちゃんと並んで、飛びながら、「......になりますように」
俺はそっと心のなかで呟いた。



『おれ、カラス  クリスマスの特別編』より




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