鯱寿典

初めましての方、こんにちは。 よろしくお願いいたします。常連の方、いつもありがとうござ…

鯱寿典

初めましての方、こんにちは。 よろしくお願いいたします。常連の方、いつもありがとうございます。短編小説、詩などを書いています。 人生って面白い。上がったり、下がったり、行ったり、来たり。飽きることがありません。明日は明日の風が吹く。

マガジン

  • サザンクロス ラプソディー

    1986年から1993年までの、オーストラリアのシドニーを舞台にした一人の日本人の物語

  • 動物が主人公の短編小説集

    『まさみとぼく』、『おれ、カラス』他。

  • 少し不思議な短編小説集

    『風花(かざはな)の恋』、『今日という日にありがとう』他

  • 短編小説集

    生まれ故郷にひとり置き去りにした息子に十年ぶりに再会した母は…『waving』。他。

  • 恋愛小説集

    青春。甘くほろ苦い季節。

最近の記事

『サザンクロス ラプソディー』vol.36

レスター・スクウェアの地下鉄駅を出て映画館のほうへ進むと、ロープを張られた道の両側に人だかりができていた。 近くにいた人に「いったいなにが始まるんですか?」と訊いてみると、「いまから英国の皇太子と皇太子妃がやってくるんだ」という。 だったら、俺も一度くらいはおふたりのお顔を拝見してみたい。 俺のまえでは父親に連れられた八歳くらいの可愛らしい女の子が、おふたりがやってこられるのを今か今かと待ち構えていた。 そして、英国のスパイ映画シリーズの初代俳優として有名な男優が、皇太子ご

    • 『サザンクロス ラプソディー』vol.35

      「日本人はここをイングランドと呼ぶみたいだけど、それは間違ってるから。わたしたちは普通ブリテンと呼ぶの。この国の正式な名称は長すぎるから、『the United Kingdom』もしくは、『the UK』といういい方や表記が一般的なのよ」 キャロルはあきれたようにそういった。 俺たち日本人はこの国をイギリスまたは英国という名で認識している。それで、過去にキャロルの家に住んだ日本人たちは皆一様に、この国をイングランドと呼んだそうだ。キャロルはその度に「それは違うから」と教え

      • 『サザンクロス ラプソディー』vol.34

        とりあえず一日のスケジュールを立てることにした。 朝は八時に起床する。それから朝食を食べて、そのあと風呂に入る。 午前十時くらいに市内観光へ出かけ、昼食と夕食は外ですませて、家に帰るのは早くてもだいたい八時すぎとした。 寝起きに煙草を一本燻らせながら昨日の記憶をたどる。べつになにも特別なことを思い出すわけではない。なにを食べたとか、なにをしたとか、どこへ行ったとか、誰と話したとか、そんな取り立てていうほどのことでもないものばかりだ。 これはいつの頃からか俺の習慣になっていた

        • 『サザンクロス ラプソディー』vol.33

          マユの事務所からいったん家に帰った俺は、とりあえずここでの生活に最低限必要なものを買いそろえるために、最寄りのスーパーマーケットに来ていた。 毎日の朝食は家ですませることにした。 経済的な理由もあったが、外食するにしても、イングリッシュ・ブレックファスト以外で、朝からイギリスでしか食べられない珍しいものがそんなにあるとは思えなかったからだ。 端の棚から順番にどんなものがあるのかを確認しながら、必要なものを次々と買い物カゴのなかに入れていく。 ふと見覚えのある色と形の小瓶

        『サザンクロス ラプソディー』vol.36

        マガジン

        • サザンクロス ラプソディー
          33本
        • 動物が主人公の短編小説集
          21本
        • 少し不思議な短編小説集
          22本
        • 短編小説集
          21本
        • 恋愛小説集
          10本
        • 5本

        記事

          『サザンクロス ラプソディー』vol.32

          「ヤマ、わたしの夫のジェムよ」 「こんにちは。初めまして、ジェムさん。僕はコウヘイ・ヤマガミです。ヤマと呼んでください」 「初めまして、ヤマ。私たちの家へようこそ。私はジェム・バヤル。ジェムと呼んでもらえるかな」 「部屋を見もしないで住むことを決めたのはあなたが初めてよ」 キャロルはそういってすこし驚いていたが、俺としては、まえに日本人が何人も住んでいたところなら、ぜんぜん問題ないだろうと考えてのことだった。 この家のオーナー夫妻は、俺が見上げないといけないくらいど

          『サザンクロス ラプソディー』vol.32

          短編小説 『まさみとぼく ピーチ、猫の国へ再び』

          織田信長が戦国の覇者となりつつある頃、忍者の里、伊賀の国に、最強と噂される、くノ一のまさみと忍猫の桃太の番いがいた。 実は忍猫の桃太は、もとは名うての忍者で、まさみの上忍だった。しかし、南蛮人の魔法使いと戦い、敗れ、そして、いまの猫の姿に変えられてしまったのだった。 織田信長軍の伊賀への猛攻撃のあと、国を抜けたふたりは、宣教師の姿をした、その魔法使いを探し続けていた。 ほどなくして、ふたりは、その相手が織田信長に取り入り、この国に自国の宗教を宣教するということを口実に、

          短編小説 『まさみとぼく ピーチ、猫の国へ再び』

          短編小説 『まさみとぼく 年の初めに』

          いつも仕事が休みの日は、ピーチよりお寝坊さんのまさみが、どうしたことか、元日の朝八時に、キッチンで朝食の支度をしています。 鼻歌交じりで、すっかりご機嫌な様子です。 まさみは、年を越しながらそのままこたつで寝落ち、というのが毎年恒例なのです。 しかし昨夜は、新年を迎えるまえに、「良いお年を!」とピーチにいうと、「まだ年を越してないよ」と引き留める、カウントダウンの歌番組を観ていたピーチを尻目に、歯を磨くと、すぐに床に就きました。 かなり早く目を覚ましたまさみは、うっすらと

          短編小説 『まさみとぼく 年の初めに』

          短編小説『遼之介は..。 年の瀬に』

          「父さん、本当にありがとう。父さんのおかげで、理沙、なんとかノルマを達成できたよ」 「いや、いいって。こちらこそ、ありがとう。おせちもなにもない、寂しいお正月を迎えるところだったよ。これがあるだけで、すこしは気持ちが華やぐってもんだ」 「遼ちゃんのお父さん、本当にありがとうございました」 「いいえ、理沙さんも大変ですね。お役に立ててよかったです。じゃあな、遼之介。 理沙さんと仲良くな。また、いつでもふたりで遊びに来てくれ」 「ああ、父さん。機会があったら、そちらにも寄

          短編小説『遼之介は..。 年の瀬に』

          『おれ、カラス クリスマスの奇跡』最終話(全三話)

          「すごーい。パパ、すごいねーっ! はやーい。見て、パパっ! あれ、チョーきれい」 ふしぎちゃんは、サンタクロースの家に着くまで、トナカイに引かれたソリのなかではしゃぎっぱなしでした。 「チョーきれい」なんてことばを、もし、すずが耳にしたら、ふしぎちゃんは怒られること間違いなしです。 それくらいふしぎちゃんは、初めて目にする光景、そして、ソリに乗って空を飛んでいることに、我を忘れるほど興奮していたのです。 やまちゃん、プチさん、サンタクロース、ふしぎちゃん、そして、はし

          『おれ、カラス クリスマスの奇跡』最終話(全三話)

          『おれ、カラス クリスマスの奇跡』第二話(全三話)

          クリスマスの翌日に、やまちゃんがすずと再会を果たしてから、ちょうど一年が経っていました。 はしちゃんは、ベビーベッドのなかで、「キャッキャッ」と声をあげて笑う、やまちゃんの娘、ふしぎちゃんを、愛おしそうに目を細めて見つめています。 森雪ふしぎ、これがこの娘の名前です。 「ふしぎ......かわいいな、やまちゃん」 「そうだろ、そうだろ。ふしぎは世界一かわいいんだ」 やまちゃんは目尻を下げて、親バカっぷり全開です。 「はしたん......」 「えっ! やまちゃん、

          『おれ、カラス クリスマスの奇跡』第二話(全三話)

          『おれ、カラス クリスマスの奇跡』第一話(全三話)

          やまちゃんはいつものお気に入りの場所、信号機の上から、下を通りすぎる車や、歩道を行き交う人々をぼーっと虚ろな目で眺めています。 「やまちゃん、元気かな?」 その声とともに、やまちゃんの目のまえにサンタクロースが現れました。 その巨体は空中にふわふわと浮かんでいます。 「ああ、サンタのじいさん。久しぶり」 サンタクロースの姿は、やまちゃん以外、誰にも見えていません。サンタクロースが見えないように魔法の力を使っているからです。 「このまえはすまんかったのう。あんなことに

          『おれ、カラス クリスマスの奇跡』第一話(全三話)

          『サザンクロス ラプソディー』vol.31

          「あぁ、お腹いっぱいだ。幸せすぎる」 朝食を堪能した俺は、思わずこんなことばを口にしていた。 バターとジャムを塗ったカリカリの薄めのトーストはパンプレートに、ベーコン、ソーセージ、選べる卵料理、それと豆好きの俺にはたまらないベイクドビーンズなどがラウンドプレートに見た目よく盛り付けられていた。 全体の量はかなり多い。 ミルクティーの温かさが、からだと心に染み渡る。 二日前、暴動が治ったばかりの、粉雪の舞い散る夜のロンドンに、ひとり降り立ったときの、あの心細さが嘘のよう

          『サザンクロス ラプソディー』vol.31

          『サザンクロス ラプソディー』vol.30

          「ヤマさん、明日はいよいよロンドンに向けて出発だね。シドニーを離れるのは寂しいでしょ?」 「そうだね、ツグミ。三年半くらいここにいたから、寂しくないといったら嘘になるよ」 「でも、ユウカさんと向こうで落ち合うんでしょ? きっと、楽しいことがいっぱい待ってるよ」 「ああ、そうだといいけどね......」 ツグミは日本で勤めていた仕事を、三月の中旬に辞めて、久しぶりにシドニーに戻っていた。 しばらくはポールといっしょに過ごすという。 ツグミは相変わらずポールにぞっこんだ。

          『サザンクロス ラプソディー』vol.30

          『サザンクロス ラプソディー』vol.29

          「この家の煙突を使えるようにしないと、そのうち煙草の煙でスモークされた人間が出来上がるかも」 ポールは茶目っ気たっぷりにそういって鼻をピクピク動かした。 ポールのこの仕草は、いいにくいことをあえて伝えるときに無意識に出る癖だ。 築百年近いこの家には、いまは塞がれて、使われていない暖炉があった。 俺もユウカも煙草を吸う。 もちろん、二階にある俺の部屋で吸う分については、「好きにしていい」とポールはいってくれていた。 しかし、嫌煙家のポールは、そういう嫌味のひとことでもい

          『サザンクロス ラプソディー』vol.29

          『サザンクロス ラプソディー』vol.28

          「えっ! ユウカ?......」 仕事を終え、帰宅したら、そこにはユウカがいた。ポールとふたり、リビングの長テーブルで、向かい合ってコーヒーを飲んでいる。 「ヤマ、お帰り。彼女、今日からここに住むことになったから」 「えっ! 今日からユウカがここに住むの?」 「ヤマさん、久しぶり。元気にしてた?」 ユウカは立ち上がって、柔らかい微笑みを浮かべている。 久しぶりに見るユウカは、以前にも増して、その美貌に磨きをかけているようだった。 もともとスレンダーなユウカだったが

          『サザンクロス ラプソディー』vol.28

          短編小説 『万歳ラジオ』

          深夜零時、 その番組は唐突に始まった。 この番組は、チャンネルをAM1059kHzに合わせただけでは聴くことができない。運が左右するといわれている。 なぜならこの番組はこの地上で放送されているものではなく、あの世からの放送だというのだ。 つまり死者が話しているラジオ番組ということになる。おまけにこれは全国放送ではなく、地元の、しかも狭い地域での放送に限られるという。 私は、都市伝説のように度々噂に上るこのラジオ番組が聴きたくて、聴きたくて、何か月もの間、毎日、深夜零時に

          短編小説 『万歳ラジオ』