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短編小説 『まさみとぼく ピーチ、猫の国へ再び』

織田信長が戦国の覇者となりつつある頃、忍者の里、伊賀の国に、最強と噂される、くノ一のまさみと忍猫の桃太の番いがいた。

実は忍猫の桃太は、もとは名うての忍者で、まさみの上忍だった。しかし、南蛮人の魔法使いと戦い、敗れ、そして、いまの猫の姿に変えられてしまったのだった。

織田信長軍の伊賀への猛攻撃のあと、国を抜けたふたりは、宣教師の姿をした、その魔法使いを探し続けていた。

ほどなくして、ふたりは、その相手が織田信長に取り入り、この国に自国の宗教を宣教するということを口実に、日の本を支配しようとしていることを突き止める。

そして、そのことに気づいた織田信長がそれを阻止しようと、その宣教師、ママス・フロイスを刃にかけようとするも、逆に、ママス・フロイスの策略によって、織田信長は本能寺で最期を迎えてしまう。

炎に包まれた本能寺のなかで、まさみと桃太は、ママス・フロイスに最後の戦いを挑むのであった。



「あーっ......疲れた。これでとりあえず、あらすじはできた。さっそくこれを次回分のお知らせとして投稿しよう。こうやって自分で自分を追い込まないと、いつまで経っても新しいものって書けないような気がするのよね」

まさみは新しい分野に手を出そうと、ホラー時代小説を書くことにしました。
ピーチにおねだりして手に入れた新しいパソコンをまえに、まさみは俄然やる気満々です。

「まさみ、どうでもいいけどさ。なんでぼくとまさみが夫婦なの? それに、くノ一に亭主がいるなんて、設定がめちゃくちゃじゃん」

「しょうがないでしょ。いろいろ考えてたら、こうなっちゃたんだから。てへぺろっ!」

「てへぺろ、って自分でいうことないだろ、まさみ......」

「てへてへ、ぺろぺろっ!」

まさみは、そういいながら、舌を激しく出し入れして、白目をむいています。

「なんなのそれ、バカじゃないの。もうやめてよっ、全然可愛くないから。むしろホラーだからっ!」

そういいながらも、ピーチはまさみのこんなおふざけが過ぎるところも大好きなのです。

「えへへっ......ピーチ、それよりさ、おなかが空かない?」

「そうだね。そういえば、お昼まだだったよね」

「このまえまでダイエットしていたから、きっと代謝がよくなったんだろうね。最近おなかが空いて空いてしょうがないのよ」

「そういえば、まさみって......もうまえの体重に戻ったんじゃない?」

「まあ、これが適正体重っていうことだから。過度なダイエットはからだに悪いっていうし......」

「でも、まさみのおなかって、いまはちょっとすごいことになってるから」

「ああ、これ? これはね、胸のお肉がいまはおなかに家出しているだけだから、そのうちもとに戻るよ」

「けど、まさみ。油断は禁物だと思うよ。あっという間に雪だるま式に増えちゃったら大変じゃない?」

「......そんなことより、ピーチ、なに食べたい? しばらくはピーチが稼いだギャラがあるから、なんでも好きなものを食べていいよ」

まさみはいつものように話をすり替えます。

「......それはありがたいんだけど、そういいながらも、結局は、いっつもまさみが食べたいものになるでしょ」

「だって、自分でなにを食べようかなとか考えると、あれもこれもって、なかなか決められないんだもの」

「まあ、食いしん坊のまさみだから、それはしょうがないけどね......」

「だから......なに食べたい?」

「そうだね、今日はハンバーガーの気分だね」

「いいね、ピーチ。どこのやつがいい?」

「このまえ、チラシで見たやつがいいな。確か、『季節限定、黒毛和牛バーガー・グリーンペッパーソース・ポルチーニ茸とともに』だったっけ?」

「ああ、あそこのやつね。それにしようか、私も気になってたし」

「まさみ、それとぼく、フリフリフライドポテトのチーズアンドガーリック・ブラックペッパー風味も食べたい」

「私、ほんとうに思うんだけどさ。ピーチ、あんたって猫のくせに、カレーとか、胡椒とか、辛いものがバカみたいに好きだよね」

「それって、すべてまさみのせいだからね。まさみが好んで食べるから、必然的にぼくも好きになったんでしょ?」

「まあ、そうだけど。たぶん、世界中探しても、ひとのことばを話せて、辛いものが大好きな猫なんて、あんた以外誰もいないからっ!」

「そういう意味では、ぼくってもっと大事にされてもいいんじゃない?」

「そんなことばっかりいってると、ピーチには内緒で、『ここにひとのことばを話せる猫がいます。いまならお安くしときます』って、謎の研究機関に売り飛ばしちゃったりなんかして......」

「や......やめてよ、そんなこというの!」

「あーら、バーラバラっ!」

まさみは、いつかの花咲か爺さんよろしく、バラバラになったピーチのからだを撒き散らすジェスチャーをしています。

「もうやめてよ、まさみっ! 本当に怖いからっ」

「冗談よ、冗談。じゃあ、ピーチ。出かけよっか?」

「ああ、わかったよ」

まさみはピーチ用のリュックを背負って、ハーネスにリードをつけたピーチと、散歩がてらお店まで歩いて行きます。

ふと、ピーチは、誰かが自分の名前を呼んでいるような気がしました。

その声はなんだかとても懐かしい感じがします。

「空耳かな?」

ピーチがそう思いながら声のする方を見やると、道路を隔てた向かい側の歩道に、一匹の真っ白な猫がたたずんでいました。
その猫は、ピーチを射るように見つめています。

「ちょっと、ピーチ。どうしたのよ、こんなところで止まって。さあ行くよ」

急に立ち止まって、その猫の様子を伺っていたピーチのリードを、まさみは軽く引っ張ります。

「まさみ、ちょっと待って。あの白猫とすこし話がしたいんだけど、いいかな?」

「あんたの知り合い?」

「わかんないけど。たぶん......」

まさみはピーチを抱え、近くの横断歩道を渡って、その白猫のまえまで来ると、ピーチを下に降ろします。

すると、その白猫はピーチに話しかけてきました。

「ピーチ、やっと見つけた。俺だよ。イヌウだ」

「イヌウ?......!」

その白猫は、猫の国でピーチといっしょにハッカイたちと戦った、王さまの親衛隊隊長のイヌウでした。

その姿を見て、ピーチは首を捻っています。イヌウはなぜか、すごくおじいちゃんになっていたのです。

「本当に、あのイヌウさん?」

「ああ、かなりよぼよぼのクソジジイになってしまったが、あのイヌウだよ。ピーチ。久しぶりだな」

「あぁ......イヌウさんだ。いったいなぜそんな姿に......。猫の国で別れてからまだ三ヶ月くらいしか経っていませんよね」

「ピーチ、猫の国と人間界では時間の進み方が違うのを忘れたか?」

「あっ!......そうでした。こちらの一日が猫の国では二年、でしたよね」

「そうだ。ピーチ、おまえが猫の国を去ってから、四十年後に大変なことが起こったんだ。つまり、こちらの世界で二十日後だ」

「大変なことって、いったいなにがあったんです?」

「ピーチ、おまえ......あの猫の国の入り口、ゲートを覚えているか?」

「ええ、もちろん。あのゲートの件では、ぼく、イヌウさんに一杯食わされましたからね」

「あのときは......すまなかった」

イヌウは昔を懐かしむように目を細めています。

「それでな。魔力で守られていたあのゲートがその力を失くしてしまったんだ」

「ということは......ま、まさかあのハッカイがやってきたときみたいなことが起こったとか?」

「そうじゃないんだが。しかし、このまま放っておくと、そうなりかねない。それで俺はこの世界にやってきたんだよ」

「ちょっと待ってください、イヌウさん。いまぼくたちってこうやって普通に話してますけど、この世界ではイヌウさんの話すことばは、ぼくにはわからないはずじゃないんですか?」

「ああ、それはな......孔明じいさんにこの世界のことばを教わったんだよ」

「孔明って.......?! あの黒猫のおじいさん、猫相占いの千眼孔明さんのことですか?」

「そうだ。その孔明じいさんだ。なんでも、ピーチ、おまえとは知り合いなんだそうだな?」

「そうです。猫の国に行くまえと、猫の国から帰ってきたときに会って、すこしばかり会話を交わしたことがあるんです」

「ああ、そう聞いている」

「それで......おじいさんはお元気ですか?」

「孔明じいさんは亡くなったよ」

「そうなんですね......」

「実は、あのゲートは、孔明じいさんの魔力で守られていたんだ。千眼孔明は猫の国の偉大な魔法使いだったんだよ」

「猫相占いの大家なんて、おじいさんは自分ではそういってたけど、本当はそんなにすごい猫だったんですね」

「ああ、本当に惜しい猫をなくしたよ。けれど、まあ寿命ってもんだ。なにしろあのじいさんときたら二千年も生きたんだからな。伝説の魔法使いだよ」

実は、これにはわけがありました。
千眼孔明は、猫界と人間界を行ったり来たりすることで寿命を伸ばしていたのです。

「二千年って......なんか、怖い」

「ああ、猫の国で生まれたものはだいたい五百歳くらいまで生きるんだが、平均の四倍近く長く生きたことになる」

「えっ!イヌウさんって、いまいったいおいくつなんですか? 」

「俺か? 俺はいま三百六十五歳だ」

「いや、普通そんなに長生きしませんよね」

「......まあ、それは置いといてだな。それでだ。実はな、俺は孔明じいさんの後継者を探しに、この世界にやってきたんだよ」

「それって、おじいさんの子供ってことですか?」

「いいや、子供でも、孔明じいさんの弟子でもない。孔明じいさんの生まれ変わりだ」

「生まれ変わり?......」

「ああ、なぜそうなのかは知らないが、孔明じいさんは猫の国で死んだあと、この人間の世界に生まれ変わったらしいんだ。生まれ変わったといっても、すでに生まれていた猫にじいさんの魂が憑依するんだそうだが。ただ、まえの記憶はないらしい。じいさんが亡くなるまえに、そうなるであろう、と王さまと俺たちに打ち明け、そのあとのことを託して逝った。もちろんそのときに、ゲートの力が失われて、大変なことが起こるだろうということも告げられていたんだよ。それで、俺は王さまの命令を受けて、孔明じいさんが亡くなったあとすぐにここへ来たというわけだ」

「それで、おじいさんの生まれ変わりの猫を探すためにここにやって来たんですね? イヌウさん」

「ああ、そういうことだ。俺も方々探しまわったんだが、額に星の模様がある猫なんてどこにもいなかったよ。俺ひとりの力だけじゃ無理だ。それで力を借りたくて、ピーチ、おまえを探していたっていうわけだ」

「もちろん、よろこんでお手伝いさせていただきます。けれど、いったいなにをすればいいんですか?」

「孔明じいさんからは、その生まれ変わりの猫を探し出して、俺がじいさんから託された猫魂を、その猫に近づけてくれといわれた。じいさんの話では、そのときその猫は、失っていた記憶をすべて思い出し、その力もすべて取り戻すそうだ」

「探すっていっても、いったいどうやって?......」

「手がかりは、漆黒の雄猫、額に五芒星の模様。そして、孔明じいさんから託された猫魂を近づけると、その猫のからだにひとりでに取り込まれ、尻尾が九つに分かれる、この三つだ」

「じゃあ、とりあえずの手がかりは、黒猫、額の星形の模様なんですね?」

「なにかいい知恵はあるか、ピーチ?」

「ピーチ、その猫ちゃんって......もしかしてイヌウさん?」

二匹の会話の邪魔をしないように、黙ってピーチの横に立っていたまさみが、確かめるように口を開きました。

「えっ! まさみ、なんでそのことを知ってるの?」

「知ってるもなにも、昨日の夢のなかでお話ししたんだよ。なんか猫の国が大変なことになったから、ピーチの力を借りたいんだって、私の顔に唾を飛ばして、力説してたんだもん」

「そんな夢を見たの? そんなことひとこともいってなかったじゃん」

「だって、いまのいままでそんなこと忘れてたし。だいたい見た夢なんて普通は忘れちゃうって、そんなもんでしょ」

「じゃあ、話は早いや。そういうことだから、ぼく、イヌウさんの助けになりたいんだ」

「うん、もちろん。イヌウさん、初めまして、私、まさみです」

まさみはそういって、腰をかがめ、イヌウの顔を確かめるように見つめます。
そして、夢のなかで会ったイヌウに間違いない、とうんうんと頷いています。

「おい、ピーチこのひとなんていってるんだよ?」

「ああ、そうか。ぼくのことばはわかっても、まだ人間のことばまではわからないんだね。このひとは、ぼくがまえに話した、いっしょに住んでる女性、まさみだよ。イヌウさんに、『初めまして』っていってるんだ」

そして、ピーチはまさみが見た昨日の夢の話をイヌウに伝えます。

「ほう、そんなことが......たぶんそれはこの猫魂のせいだろう」

イヌウは腰につけた袋のなかから、一つの石を用心深く口にくわえて取り出すと、ピーチとまさみのまえに静かに置きました。

その猫魂と呼ばれるものは、虹色に輝く、勾玉の形をしたものでした。

「この勾玉は、千眼孔明が荼毘に付されたあとに残されたものだ。生前、孔明のじいさんは、このことについても、王さまと俺たちに詳しく教えてくれた」

「これがさっきイヌウさんが話していた、近づけるとその生まれ変わりの黒猫の尻尾が九つに分かれる、っていう猫魂ですね」

「そうだ、ピーチ」

「話はわかったけど、いったいどうやってその猫ちゃんを探すつもり?」

「それをいま考えてるところなんだよ、まさみ」

「ピーチ、とりあえず家に帰ろうか。こんなところで長話もできないし」

「そうだね、まさみ」

ピーチから通訳されて、ことの詳細を理解したまさみは、部屋のなかを行ったり来たりして、考え込んでいます。

「こんな見た目の猫ちゃんを探してますって、SNSで呼びかけるのが一番手っ取り早いと思うけど......」

そして、突然、なにかを思いついたように、大きく目を見開きました。

「そうだ、ピーチ。風香ちゃんにお願いしてみれば?」

「風香ちゃんに?......」

「だって、風香ちゃんのファンやSNSのフォロワーの数って百万人近いよね。かなり期待できると思うよ。それに、風香ちゃんがピーチと共演したあの映画のイメージで、風香ちゃんって、すっかり大の猫好きで通っているから」

「それはわかったけど、いったいなんてお願いしたらいいの?」

「えーっとね......風香ちゃんが見た夢のなかに出てきた猫ちゃんに一目惚れして、もし本当にそんな猫がいるのなら、是非とも一度会ってみたいって呼びかけてもらうんだよ」

「なるほど......」

まさみはさっそく風香に連絡を入れます。しばらくして、風香からまさみに直接電話がかかってきました。

「風香ちゃん、お久しぶりです。まさみです」

「まさみさん、お久しぶりです。お元気でしたか? ピーチちゃんも元気ですか?」

「風香ちゃん、お久しぶり。最近すっごく忙しそうだけど、からだ大丈夫?」

風香は、件の男優と結婚を前提に真剣に交際を始めたことを、事務所を通してふたりの連名で公に発表しました。

風香はこれでファンもかなり減るに違いないし、従来のコマーシャルの仕事もかなり減るに違いない、と覚悟していました。

ところが、ところがです。
風香のそんな懸念とはまったく裏腹に、人気絶頂の風香が、下手にことばを濁したりせずに、自分のことばで世間に公表したことで、逆に別のファン層を掴むことになったのです。

お相手の男優も、誠実で知られていた好感度抜群の俳優でしたし、なにより、風香が小さい頃からの憧れの初恋の相手と、結婚に向けて交際を始めた。
このことに批判的だったのは、風香やお相手の男優のごくわずかな一部のファンのみで、その他の多くの人々は、「これこそ純愛だ」と祝福のことばを贈るのみでした。

そして、それは期せずして、風香がいままで望んでいた、かわい子ちゃん然としたアイドル女優の仕事ではなくて、本当の意味での、俳優としてやりがいのある仕事が舞い込むきっかけにもなっていたのです。

それもこれも、ピーチがことばを大にして、風香の背中を押してあげたことが大きかったのです。

しかし、そんな恩のあるピーチを、猫アレルギーのお相手の俳優のために、まさみのもとに返すことになってしまったことにも、風香は一種の後ろめたさを感じていました。

「風香ちゃん、お願いできるかな?」

「うん、ピーチちゃん。とりあえず、やってみるから」

「ありがとう、風香ちゃん」

ピーチから、イヌウのこと、猫の国のこと、そして、千眼孔明のことを聞かされた風香は、にわかには信じられない、といった風でしたが、なにしろひとのことばを話すピーチという存在が実際にいるのです。
本当のことに違いない、と快くその役目を引き受けてくれました。

風香は、ライブ配信で、『昨日夢で見た猫ちゃんに一目惚れしたの。もし本当にそんな猫ちゃんがいるのなら一度会ってみたい』とさりげなくそのことを伝えました。

すると、ライブ配信中に、「私のところにいるよ」、などとすぐにコメントで反響があり、「事務所の方へ連絡を」と風香が呼びかけたところ、翌日までには、数十件もの写真や動画が送られてきました。

「まさみさん。問い合わせがあったなかから、伝えられていた、漆黒の雄猫、額に五芒星の模様という特徴に当てはまる猫ちゃんの写真と動画を、まさみさんのケータイにお送りしましたから、見てもらえますか?」

まさみが、イヌウ、ピーチたちとそれらを確認して、これだと思う黒猫を風香に告げ、手配してもらい会うことになりました。

場所は風香の住むマンションです。

風香のことばを信じられず、なかばパニックに陥っている、その黒猫の飼い主の長山たまを尻目に、まさみとピーチたちは、確認作業を始めます。

その黒猫のまえに猫魂を置きます。そして、イヌウがなにやら短く呪文を唱えました。

すると、風香の部屋のなかは、一瞬にして眩いばかりの光で包まれました。
そして、その光が消え去ったあとには、それまでとは表情が一変した黒猫がいました。
その黒猫の尻尾は九つに分かれています。

「イヌウ、ご苦労じゃったな。よくわしを探し出してくれた。ありがとう、礼をいう」

「千眼孔明さん?......ですか?......」

「ああ、そうじゃ。わしじゃ。ピーチとやら、久しぶりじゃの」

「ああ、その話し方。おじいさんだ」

ひととおり、千眼孔明とイヌウたちとの話が終わったところで、風香、まさみ、長山たちがピーチの通訳で話に加わろうとしました。

「すまんが、そういうことだから、わしはこのイヌウといっしょに、いますぐにでも、猫の国に帰らなくてはならない」

「えっ! この猫ちゃんひとのことばを話してる」

長山は千眼孔明を指さして、びっくりです。
まさみと風香はさほど驚いていません。

「わしを誰じゃと思っておる。ひとのことばくらい話せるわ!」

千眼孔明のドヤ顔は、その話し方も相まって、ど突きたくなるくらい憎々しげです。



ピーチたちに見送られて、千眼孔明とイヌウの二匹は、あのゲートのまえまで来ています。

赤や青や黄色の光を放つそのゲートは、激しく波打つようにその大きさを変えています。
黒く静かにたたずむ、以前のゲートの姿はそこにはありませんでした。

もちろん、人間であるまさみたち三人にはゲートは見えません。

「まずはゲートをもと通りに直さねばならん。わしが、かなり長ったらしい呪文を唱え終えるまで、すまんがみんな静かにしていてくれんか? それから、イヌウは、しばらくの間、誰もここには近づけんでくれ」

「わかりました、孔明どの」

それから千眼孔明は魔法の呪文を唱え始めました。

ピーチとイヌウは、四つ足で踏ん張って顔を見合わせて、笑いを噛み殺しています。
その呪文は猫語でしたが、なんともヘンテコなことばの数々でした。

まさみたち三人にはなにがなんだかわけがわかりません。
よく聞くと、ミャーミャーという鳴き声も、微妙に抑揚があり、確かに可笑しな感じはします。

堪えきれず、思わず笑い声を漏らしてしまうピーチとイヌウを「静かに!」とばかりに、千眼孔明は何度か振り返り、その度に睨みを効かせます。
そんなことが何度か続いたあと、やっと呪文を唱え終えた千眼孔明は、二本足ですっと立ち上がると、その両前足で、金色に縁取られた、青くて大きな火の玉を造りだしました。
そしてその火の玉を両前足で思い切り振りかぶると、勢いよくゲートに投げつけます。

あたりは一瞬閃光に包まれ、光が収まったあとには、黒く静かにたたずむ、以前と変わらないゲートの姿がありました。

「よし、これでもう大丈夫じゃ」

ゲートがすっかりもと通りになったのを確認すると、千眼孔明はみんなを振り返り、いかにも一仕事終えた、みたいな満足した微笑みを見せました。

「イヌウ、それじゃ、猫の国へ帰ろうか。ピーチ、みなさん、いろいろ世話になった。ありがとう」

そういって、イヌウといっしょにゲートの向こうに消えようとした千眼孔明に、風香が声をかけます。

「ちょっと待ってください、孔明さん。私、猫の国に行ってみたいんですけど.....」

「人間はダメなんじゃよ。すまないが......」

「またまた〜そんなこといって。本当はなにか方法があるんでしょ? だって、孔明さんって偉大な魔法使いなんでしょ?」

まさみが軽いノリでふたりの会話に割り込みます。
その褒めことばは千眼孔明の自尊心を擽りました。

「まあ、ないこともないが......」

千眼孔明は微笑みを浮かべてまさみを見上げています。

「やっぱりね。じゃあ、お願いします。孔明さん」

「人間の姿のままでは猫の国に入ることはできん。みんな猫の姿になってもらわないといけないんじゃが、それでもいいかの? もちろん、猫の国から帰るときは、もと通りの姿に戻るがの」

「だったら、全然問題ありません。いいよね、風香ちゃん?」

「猫の姿って、つまり......猫ちゃんになるってことですよね? 孔明さん」

「そうじゃ、猫になるってことじゃよ」

そのことばを聞いて、風香はすこし考え込みました。けれど、猫の姿になった自分も見てみたいし、それよりも猫の国ってどんなところなのか見てみたい、そんな純粋な思いが勝ってしまいました。

「ぼく、まさみの猫の姿って、興味があるんだけど。風香ちゃんは間違いなく可愛い猫ちゃんの姿に決まってるけどね」

ピーチはまさみを見上げて含み笑いをしています。

「ピーチ、どういう意味よ?」

「えへへ......」

「まあ、私のナイスボディそのままの、ふっさふさの毛並みの、真っ白な猫ちゃんじゃないかな、たぶん......」

「白が似合うのは、やっぱり風香ちゃんだよ。まさみはぼくと同じく茶トラ猫で、すこーし、すっこーしだけぽっちゃりしてる猫ちゃんだったりして......」

「あんたね、いい加減にしなさいよ。それ以上レディに対して暴言を吐いたら、許さないからね」

「おーっ、怖っ。風香ちゃん助けて〜っ」

ピーチは風香の足もとに隠れます。

「じゃあ、みんないいかの? わしは呪文を唱えて魔法をかけるだけじゃから、あとはそれぞれが持っているポテンシャルに応じてからだがそのように変わるだけじゃからの。不細工になったからといってわしを責めたりせんでくれよ。それに、人間界に戻ったらもとの姿に戻るんじゃから、気に入らなくてもそれまではそのままの姿で我慢してくれ。いいかの」

そういうと、千眼孔明は呪文を唱え始めました。そして、その魔法の力で、三人はそれぞれ違う種類の猫の姿に変身しました。

風香は、ラグドールに。

千眼孔明のもとの飼い主、長山たまは、アメリカンショートヘアに。

まさみはメインクーンに。



猫の国のゲートが、その魔力を失っていた間、人間界からは色々な生き物が猫の国に入ってきました。

猫の国では、そんな生き物たちを殺すわけにもいかず、かといって野放しにもできなかったのです。

そこで、ピイチ王の妃、ルルビの提案で、それらの生き物を保護する目的で、人間界でいうところの動物園が猫の国に作られました。
といっても、檻などの厳しいものはなく、柵でゆる〜く囲われているだけです。

期せずして、この場所は大人気のスポットになり、いまでは猫の国にはなくてはならないものになっていたのです。

それまで、猫の国には猫以外の動物はなにひとついませんでしたから、猫たちはそんな生き物を一度は見てみたいと、こぞってその場所を訪れていたのでした。



「ピーチ、紹介したい奴がいる。俺の息子のイヌタだ。その実力を買われて、俺のあとを継いで、いまは親衛隊の隊長をやっている」

「イヌウさんの息子さん?......けど、どこかで会ったことがあるような」

「初めまして、ピーチさん。あなたのお話は父上からよく聞かされていました。猫の国の勇者であるあなたにお会いできるなんて、本当に光栄です」

「ピーチ、よく見てみろ。この顔に本当に見覚えがないか?」

「うーん......思い出せません」

「あのハッカイだよ」

「えっ!......ハッカイって、あのときの」

「そうだ。あのハッカイだ。あのあと俺があの二匹を引き取り、育てたのさ」

「そうだったんですね」

「イヌタはあのときの記憶をすべて忘れている」

「ええ、父上からそのことについては聞かされていて、すべて知っています。なんでも、私は残虐非道な魔王だったそうですね。自分がそんな恐ろしいものだったとは、到底信じられませんが」

「そういえば、ハッカイの母親はどうなったの?」

「ああ、イヌミは可愛く育ったんでな。おまえが仲良くしていた、あのユコがいた、アイドルグループまたたび222のセンターをつとめる、いま一番人気のアイドルに育っている」

「あのからだで?......」

「まあ、まえの姿はかなり酷いもんだったが、ピーチ、おまえの魔法の力で容姿端麗で愛らしい猫ちゃんに生まれ変わったっていうわけだ」

「へぇーっ、ぼくの力でね」

ピーチは感慨深げです。

「ところが、まえの記憶が残っているのかどうなのかはわからんのだが、イヌミは、あのサルエルにぞっこんでな。サルエルに会うたびに、目をハートにして、にゃんにゃんとすり寄るものだから、妃のサファイに酷く嫌われていてな、俺の頭痛の種だ」

「それは大変ですね......」

ピーチはそういいながらも笑いを堪えています。



「久しぶり、ユコ......」

「ピーチ、久しぶり......元気にしてた?......」

ユコは、もちろんそれなりに歳を重ねてはいたものの、以前と変わりなく、その可愛さは際立っていました。

「ピーチは、まえと変わらずに、まだそんなに若くて......羨ましいわ。私なんて、もうこんなにおばあちゃんになっちゃって......なんだか恥ずかしい」

「そんなことないよ。ユコはまえと変わらず、すごく可愛いよ」

ふたりの間の過ぎ去った時間が急速に縮まり始めたそのとき、千眼孔明が口を挟みました。

「ピーチ、ユコはわしの孫じゃ」

「えっ! おじいさんのお孫さんだったの?」

「ピーチがくれたあのまたたび団子を覚えておるか?」

「えっーと......はい、覚えています」

「実は、あのまたたび団子があまりにもうまかったもんじゃから、猫の国に帰って、作った猫を探してもらったんじゃよ。そうしたら、またたび222の一番人気のユコだというじゃないか。道理で懐かしい味がしたんじゃな。なにしろ、ユコはわしの孫じゃからの」

「......うそでしょ?......」

「本当なのピーチ。孔明さんは私のおじいちゃんなの」

「おじいさんって、魔法使いなんじゃないですか? 子供をもうける行為、そんなことをしてもいいんですか? チェリーじゃないと魔法使いの資格を失うんじゃないんですか?」

「そんなことはまったくない。いったい誰がそんなデタラメをいっておるんじゃ? しかしな、どうゆうわけか、わしの子孫はみんな女の子しか生まれんのじゃよ。じゃから、わしは死ぬたびに、毎回こうして探し出してもらわないとならんのじゃよ」

『いや、ほんとうに疲れるんじゃ』、みたいな顔を千眼孔明はしています。

「ピーチはいま誰かいいひとがいるの?」

「いいや。ぼくはいまだにチェリーのピーチだよ」

「まあ、ピーチったら......」

ユコはそういって頬を赤らめました。



「キジアさん、お久しぶりです」

「おう、ピーチじゃないか。久しぶりだな」

「キジアさん、すっかりお年を召されたみたいで......」

「おい、ピーチ。まわりくどいいい方はやめろ。どうせいまの俺はどこからどうみてもよぼよぼのクソジジイだ。ところで、こちらのご婦人は?」

「まえに話した、ぼくといっしょに暮らしている人間の女性の、まさみです」

そういって、ピーチが紹介するまさみは、どこからどう見ても、猫のメインクーンです。
人間ではありません。

「いま、まさみは猫の姿ですけど、もとは人間なんです」

「こんにちは。この猫ちゃんだね、ピーチにいろいろと変なことを教えてくれたのは.....」

まさみは猫の国から戻ってきたピーチが、下品でエッチなことばをたくさん覚えて帰ってきたことを苦々しく思っていました。

「どうも、あいすみません。そうです、俺がピーチにいろいろと変なことを教えた、キジアです」

年はとっていても、キジアは颯爽としています。
人間でいえば、イケオジでした。

まさみはどうやらキジアに興味を持ったようです。

キジアもどうもそうみたいです。

まさみが好きになる相手は、なぜかダメンズばかりなのですが、もと親衛隊一番隊隊長という経歴を除けば、ある意味、キジアもダメンズでした。

愛猫は何匹もいて、しかも、その相手の間になん匹も子供がいました。それどころかいまでは玄孫もいます。
しかし、キジアは不思議な男で、愛猫たちの誰からも恨まれるようなことはありませんでした。
みんなに愛情を持って接していたからです。
ですから、キジアは誰とも結婚していません。いまだに独身でした。なのに、玄孫までいる。そんな風変わりな男でした。



「ピーチ、こちらが王さまのピイチさまだ」

「これはこれはピーチ殿。その節は大変お世話になった。いまは亡き父上からも貴殿のことはよく伝え聞いている」

現王のピイチとピーチの初顔合わせです。ピイチ王のとなりには、王妃となったルルビが微笑みを湛えて、ピーチを見つめています。

前王とその妃は、すでにふたりとも崩御されていました。

ルルビ王妃は、ピーチとピイチ王の顔を交互に見比べています。

「それにしても、本当にそっくりね」

「そんなに似ておるか? わしはそうとも思えんが......」

「もちろん、王さまの方がキリッとしてますとも」

ルルビ王妃のそのことばに、ピイチ王は軽くうなずきます。

そして、控えていたイヌウ、キジア、サルエルの三匹に告げます。

「よいか、国を挙げてピーチご一行をもてなすのだぞ」

それからピーチたちは猫の国で盛大なおもてなしを受けました。
そして、一日が経とうとした頃、風香が心配そうにピーチに訊ねました。

「私、そろそろ帰らないと。みんなが心配するといけないから」

「風香ちゃん、そんなに急がなくても大丈夫だよ。ここでの一年は、人間界ではたったの半日なんだよ。あちら側とこちら側では、時間の進み方がまったく違うんだ」

「そうなの? 本当に?......」

いまでは大人気女優の風香は、仕事ばかりの日々が続き、最近息抜きらしいことをひとつもできていませんでした。交際宣言をしたものの、最近では、大好きな彼ともまともに逢えていません。

なので、風香は、『自分へのご褒美だよね。すこしくらいいいよね』と、もうすこし猫の国に留まることにしました。

ある日風香がアイドル活動をしていたときの歌と踊りを披露すると、ぜひにと請われて、またたび222と人気を二分する、ライバルグループのふみふみ38の歌と踊りの指導をしたりもしました。

また、お芝居では、ひと目線の解釈で、猫の国にそれまでなかった、新しいお芝居の風を吹き込みました。

ある音楽祭で、またたび222のセンター、もとハッカイの母で、いまはイヌウの養女のイヌミと、ふみふみ38のセンター、ナナカとの対決が宴を盛り上げました。
軍配は、ナナカに上がり、イヌウが連れて来た風香のせいだと、イヌウはイヌミからかなり恨まれてしまいました。



千眼孔明のもと飼い主の長山たまは、SNS上で伝説といわれる有名な家政婦でした。
料理のことも、プロでした。

猫の国では、基本みんな猫なので、料理にはそこまでこだわっていません。

彼女の作り出す料理には、王さまたちも舌鼓を打ちました。
また、彼女が出版した料理本は、ベストセラーにもなりました。



まさみはその食いっぷりを生かして、フードファイターのチャンピオンの地位をあっという間に確立していました。

フードファイトに出てくるすべての料理は、長山たまが手がけたものだったので、まさみは箸がとまりません。

元来、負けず嫌いで、食いしん坊のまさみは、調子に乗って、食べ続けていました。

そのせいで、ひとの姿に戻ったときに、まさみはすごく後悔することになりそうです。

しかし、キジアはもともと太めの雌猫がタイプでしたので、そんなまさみに、人目もはばからず好き好き攻撃を繰り返していました。

そんなキジアの猛アタックにすっかり気をよくしたまさみは、もうこのままこの猫の国で暮らしてもいいかな、なんてことを考えたりもしていました。



そうして、あっという間に猫の国での半年が経ち、ピーチと、まさみたち三人の女性たちに、人間界へ帰るときが訪れました。

ピーチたちとのお別れの際には、猫の国の主だったものみんなが顔を見せました。

そのなかには、ピイチ王、王妃のルルビ、イヌウ、キジア、サルエルと妃のサファイらもいました。

「けど、まさみ。キジアさんとのこと、ほんとうによかったの?」

「なにが?......」

「だって、何百年も独身貴族を気取っていたキジアさんが、生まれて初めてまさみにプロポーズしたんでしょ? なんで、断ったの?」

「だって、リアル猫と結婚なんてできるわけないでしょ? それとも、ピーチは私にそうして欲しかったの?」

「いや、それは困るけど......」

「じゃあ、この話はこれでもうおしまい、いい?」

「わかったよ」

まさみを見つめるキジアはほんとうに寂しそうです。

「それでは、みなさんお元気で!」

『もう、ユコとも、イヌウさんたちとも、二度と会うことはないんだな』

別れのことばを伝えながら、ピーチの目には自然と涙が溢れます。

千眼孔明は、『もと人間は、猫の世界には半年以上とどまることができない』ということ、『人間界へ帰るときには、ゲートを通り抜けたその瞬間、猫の国での記憶をすべて忘れてしまう』ということを、彼女たちがここに来たときには伝えていませんでした。

というわけで、まさみ、風香、長山たまの三人はゲートをくぐり抜けたあと、猫の国での記憶と、それに関わるすべての記憶を消し去られてしまいました。

もちろん、ピーチは猫ですので、ピーチだけはそのことを覚えています。

ピーチの後に続いて、ゲートをくぐり人間界に着くと、三人はもとの人間の姿に戻っていました。

「ああ、ピーチ。目が覚めたんだね。すっごく幸せそうな顔して寝てたよ。なんか、寝言もすごかったし」

ピーチはこたつのなかで眠りこけていたみたいです。

「......あぁ、まさみ......あれは、夢だったんだ......」

「なんの夢見てたの?」

「えーっとね......猫の国に行った夢を見てたんだよ」

「えっ! ピーチも? 私もだよ。猫の姿になって、ピーチから聞いたあの猫の国に行ったのよ」

「そうなの?」

「うん、ほんとうだよ。不思議だね、ふたりして似たような夢を見るなんて」

「これって初夢なのかな?」

「うん、これね。厳密にいうと違うと思う。初夢は一月一日から翌日の二日の夜にかけて見るものだから。けど、昼間に見た夢も、ある意味、初夢は初夢だよね。よくわかんないけど......」

まさみはそんなこともあるんだね、程度に軽く驚いています。

「それより、ピーチ。ちょっと散歩に行かない?」

「こんなに寒いのに?」

「いいじゃん、ちょっとだけだよ。食べすぎちゃって、からだが重たいし」

「しょうがないな、つきあってあげるよ」

「ありがとう、ピーチ」

まさみはピーチ用のリュックを背負って、ハーネスにリードをつけたピーチとお散歩しています。

ふと、ピーチは、誰かが自分の名前を呼んでいるような気がしました。

その声はなんだかとても懐かしい感じがします。

「空耳かな?」

ピーチがそう思いながら声のする方を見やると、道路を隔てた向かい側の歩道に、一匹の真っ白な猫がたたずんでいました。
その猫は、ピーチを射るように見つめています。

「ちょっと、ピーチ。どうしたのよ、こんなところで止まって。さあ行くよ」

急に立ち止まって、その猫の様子を伺っていたピーチのリードを、まさみは軽く引っ張ります。

「まさみ、ちょっと待って。あの白猫とすこし話がしたいんだけど、いいかな?」

「あんたの知り合い?」

「わかんないけど。たぶん......」

そして、ふたりは、はっと顔を見合わせます。

「ピーチ、これって......」

「うん、まさみ......」

そんなふたりを、真っ白な猫は、通りの向こう側からじっと見つめていました。


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