カッコいい辞典「た」

言わずもがな「タバコ」である。

もうこれはカッコいいの代名詞でもある。

しかし僕は恥ずかしながら30歳で始めた口である。

ピン芸人の田津原理音君がネタでも言っていたが、だいぶレアなタバコの始め方である。

今年で八年目になるが、ようやく最近喫煙者がよく使う言葉で、「吸いごたえ」の意味を知った。

さて、僕が実家暮らしをしていた時分の話である。

その往時、僕の住んでいる町にはお気に入りの喫煙場所と言うのが三か所あった。

その日もバイトがないのでそのお気に入りの喫煙所巡りをしようと思い立ち、さっそく近所の一か所目に赴いた。

すると先客がいた。

非常に汚れた身なりの壮年の男性で、いわゆる家なしの類の者である。

別段嫌な気も起きなかった僕は、隣で構わずフィリップモリスに火をつけた。

ちらりとその男性が僕を一瞥したが、気にした風もなく何を言っているのか聞き取れない独り言をつぶやいていた。

吸い終わった僕はその男性を置いてさっさと次のお気に入り喫煙所へと向かった。

途中、次のタバコのお供にとコンビニでエナジードリンクを購入して、二か所目の喫煙所であるタバコやに到着した。

その時驚愕した。

先ほどの男性がいたのである。

ぷかぷかとタバコを美味しそうに吸っているではないか。

横には男性と同じくらいボロボロの自転車が置かれていた。

さしずめコンビニに寄っている間にその男性に自転車で追い抜かれたのであろう。

一通りの流れを理解した僕は、その日二本目となるタバコに火をつけた。

お供にと買っていたエナジードリンクを啜りながら男性を盗み見ると、男性はこちらに見向きもせずにまたもやタバコを美味そうに吸っていた。

二回連続で会うとは。

僕はお気に入りの喫煙所で一人でタバコを吸うのが好きだ。

誰かがいると気が散るのである。

今日は二か所ともその男性がいたために不完全燃焼も甚だしい。

ふと、いやな予感がした。

三か所目にも来ないよな、と。

流石に全てのお気に入り喫煙所にいられては心が休まらん。いてほしくない。

よしそうだとしても僕には如何せん防ぎようがない。

ただただ祈るばかりである。

早めに二本目のタバコを吸い終わり、男性よりも早くその場を去り次の場所へと急いだ。

何せあっちは自転車なのだ。

足早にタバコ屋を後にした僕は、三か所目である駅の喫煙所へと向かった。

この時刻の駅の喫煙所が閑散としているのは調べ済みなのである。

駅までの道程半分ほどに差し掛かった時、ボロボロの自転車に乗った例の男性が僕の横をさっそうと通り過ぎて行った。

鼻をつんざく異臭が残り香となり僕の気分を幾分か暗くして。

そして駅の喫煙所に到着してパーティションを横切り中へと入って行った。

やっぱりいた。

完全にこっちを見ていた。

どうやら向こうは向こうでこちらと鉢合わせることにいくらか意識はしていたようであった。

然しお互い当たり前だが、話しかけることもなく横目でにらみ合いながらお互い三本目のタバコを吸い始めた。

今回僕はこの男性よりも後まで喫煙所に残っている心づもりであったから、

ゆっくりと吸出し、二本、三本と吸い続けた。

然しお互い一歩も引かずその場を去らない。

たばこ一本の吸い終わりがあちらの男性はフィルターを過ぎても吸い続け、指が熱くないのかと心配になるくらいギリギリまで吸っていた為、

僕は根負けして喫煙所を去った。

そしてその男性が意気揚々と喫煙所を後にしたのを確認して、もう一度喫煙所に入り、一人で勝利の一服を嚙み締めたのだ。

しかし後から鑑みるに、

休日が、家の無い類の人と同じ行動パターンであることがとても恥ずかしく、悲しく、やるせなくなった僕は、

お気に入りの喫煙所を三か所から四か所に増やして、数で上回ったことに満足して、

この思い出を忘れることにした。

今回カッコいい辞典を書くに当たり、過去の因縁と向き合うのもカッコいいことだと思いここに綴った。

皆さんも、過去の自分と向き合うとよかろう。

そこにカッコいいはある。


ここまで読んで頂きありがとうございました。
また逢う日まで。

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