どうする?1円ストックオプションの対応

I. はじめに

2023年7月に国税庁から発表された1円ストックオプション(権利行使価額1円で適格要件が満たされるストックオプション)。

https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/kaisei/230707/pdf/02.pdf

ストックオプション(SO)を付与された従業員のインセンティブが増加する改正であることは間違いないが、一方で、SOの設計の自由度が増すことにより、これが却って多くのスタートアップを悩ませている。

SOの設計に自由度が増した背景・理由については、 以下のシクミヤ山岡さんとCoral Capital澤山さんのyoutubeや、中辻さんのnoteをご参照いただきたいが、ここでは自由に設計可能となったSOについて、僕なりの最適解を紹介しようと思う。

II. 結論

(1)N-3期までは1円SOを発行する

(2)N-2期以降はCXOクラスに付与するSOは時価で、マネージャー以下に付与するSOは1円


III. 理由

以下の通り

(1)N-3期以前はリスクを取ってジョインしたことを考慮し、そのインセンティブとしてSOが最も機能するように1円SOにするべき。

(2)N-2期に入ると、上場が近くなってくることも踏まえて経営責任を負うCXOクラスは株主と同じ立場で株式価値に対するリスクを負う必要があるためSOは時価。他方でマネージャ以下の方は株式価値ついてはコミットできないため1円SO

ポイントはN-3期以前とN-2期以降に分けて設計するという点と、CXOクラスとマネージャー以下に付与する場合に分けて設計するという点だ。

つまり、N-3期以前はリスクテイクを重視し、役職に関係なく1円SO。
他方で、N-2期は役割を重視し、株式価値も含めた経営責任を負う役員は時価SO、他方で、事業の予算達成にコミットするマネージャー以下の方は引き続き1円SOというのが妥当であると判断だ。

N-3期以前とN-2期以降で取り扱いを分ける理由

上場準備が本格的に始まる前のN-3期以前とN-2期以降で分けるのが妥当と考えた。

リスクに応じてSOの取扱いを明確に分けるべきという前提で、
「ではどのタイミングが分水嶺として最適か?」
という中で、上場準備に入るタイミングが妥当だと考えたからだ。

加えて、上場準備が本格化する前の会計監査の対象ではないN-3期以前は会計を気にすることなく自由に設計できるというからだ。

IV. 会計処理に関して

N-3期以前の1円SOの会計処理

N-2期以降の決算に影響を与えるN-3期以前の事象については、会計監査の中であるべき処理にすることが求められるはずだ。

つまり、N-3期以前に発行した1円SOのうち、N-3期以前に計上するべき株式報酬費用についてはN-2期の利益剰余金期首残高で調整しつつ、加えてN-2期以降に計上するべき株式報酬費用については、粛々と費用計上する。

N-2期以降に付与する経営陣に付与する時価SO

SO付与時点の時価で発行するため、会計上識別される本源的価値はゼロ。従って、会計上の株式報酬費用は発生しない。

N-2期以降にマネージャー以下に付与する1円SO

会計上時価と1円の差額が本源的価値となり、これが会計上株式報酬費用として計上される。

V. 外部株主とのコンフリクト

マネージャー以下の方に1円でSOを付与すると時価で株式を買っている外部株主との間でコンフリクトは起きる。安く株を買えることを株主はよく思わないからだ。

しかし、そもそもマネージャー以下が取っているリスクと外部株主が取っているリスクが異なり、アップサイドにより動機付けで企業価値に寄与するという理由で差分があっても差し支えないと考える。

他方で、CXOクラスは事情が異なる。CXOクラスは経営責任を負っており、当該経営責任には株式価値の変動を含んでいる。従って、外部株主からすると株価が低迷してもインセンティブを得られる1円SOは受け入れがたいはずだ。

よって、CXOクラスは株主と同等に時価SOにするべきだと考えられる。
これが株主との緊張関係を加味した上でのSOの価格の決定論拠だ。

他方、N-3期以前のアーリーフェーズにおいては、例外的に1円SOで動機付けを図ることが考えらえる。CXOとしてアーリーフェーズの不安定な会社に大きなリスクを取ってジョインし、自身の人生という時間資本を投下していることを根拠に、事業の立ち上げにコミットすることを前提に外部株主の取り分が結果として増えるというロジックで、株主を説得するべきだと考える。

VI. 今後起きうる変化

以上が、今般の1円SOにより以下のような変化が起きると考えている。

SOのアロケーションの変化

これまではSOのアロケーションについて、i)CXOに限定するケース、ii)マネージャークラスまで含めた幹部候補にまで付与対象を広げるケース、iii)メンバーまで含めた全員に配るケースと3つほどがあった。

このうちiii)のメンバー全員に配るケースはそれほど多いわけではないが、1円SOが可能になったことにより(かなり低い割合にはなるが)メンバー全員にSOを配るケースも想定される。

KPIが業利益からEBITDAへ

株式報酬費用は減価償却費など同様にキャッシュアウトを伴わない費用として営業利益にネガティブなインパクトを与える。自社の業績から株式報酬費用のインパクトを排除したいと考えるのが経営者として普通の思考だ。

そこで、会社のKPIとして会計上の利益よりもEBITDAを重視する会社が増えるだろう。
株式報酬費用の計上で利益が下がることで、PERで算定される株価がネガティブな影響を与えることになることは避けられないが、しかしながら、当社はEBITDAをKPIとして経営しているというスタンスを明確にすることで株価の交渉などもできるからだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?