子どもの「つかれた」は、「疲れた」ではないかもしれない話。

あかちゃんが自然と話せるようになる過程。
意思疎通できるよういなる過程。

ただ、言葉の意味が違っていることがあきらかな時期はよいのだけれど、
会話が成り立つようになり、
意思疎通ができるようになってからが
本当に注意しておかなければならないのかもしれません。

「海」は「みずたまり?」というタイトルでnoteを書きました。
5月のハッシュタグイベントにも選んでいただきました!)

子どもの使う言葉と大人の受け取り方は「ズレ」があるという話でした。

2歳の頃の娘にとって、水の溜まっているところは「うみ」でした。
海はもちろん、川、お風呂、水たまりを指差しては「うみ」と言っていました。

「きのう」は、一回寝たらすべて「きのう」です。

「一昨日」も、「先月」も、「お昼寝前の午前中」も
「きのう」です。

3歳を過ぎた今でも、「きのう=過去」「あした=未来」です。

2歳、3歳の頃には、言葉でのコミュニケーションができるようになり、
会話が成り立つようになります。
でも、意味を間違えていたり、違う言葉で覚えていたりします。

だから、大人は多かれ少なかれ
「言葉の使い方を間違えているかも」
という前提で話しているように思います。

ところが、小学生になって、読み書きもできるようになり
一人でも行動できるようになり、
自分の気持ちも、言葉で表せるようになります。

だから大人は当たり前のように
「自分と同じ感覚で言葉を使っている」
という前提になっているのではないでしょうか。

小学生が熱射病で亡くなった事件。

その子の言った「つかれた」は、
大人の使う「疲れた」と同じではなかったのかもしれません。

つかれたときに感じる
「なんだかわからないけど気持ち悪い」
「座ったり横になったりしたいくらい具合が悪い」
「頭がいたい」
「目が回っている」
言葉では説明できないような具合の悪さを総称していたのかもしれません。

普段のその子を全く知らないので、これは想像でしかありません。

ただ、
どうしても大人は表現された言葉の「続きの言葉」を考えます。


少し話がずれますが、
3歳の娘は最近よく「おなかがすいた」と言います。
これは「空腹」を訴えているのではありません。
たくさんご飯を食べた後にも、
おやつを食べた直後にも、
「おなかがすいた」と言います。

その本当の意味は
「オレンジジュースが飲みたい」だったり、
「あそこに見えているバナナがほしい」だったりします。

「おなかがすいた」と言うことで
「ジュース飲む?」「バナナ食べる?」と言ってもらいたいのです。

(そういうきっかけを作ってしまったのは、私がそうしてきてしまったという責任もあります)

そういうときは、わかっていてもあえてそれを与えず、
「おなかすいたの?じゃあどうしたい?」と聞きます。

そして、
「おなかすいた」と言うのじゃなくて
「オレンジジュースが欲しい」とちゃんと伝えようね、
おなかはすいてないよね、
というやりとりを最近よく繰り返しています。


話を戻します。

「つかれた」と子どもに言われたら、

大人は、
「疲れたから休みたい」
「疲れたからやめたい」
「疲れたから帰りたい」
という続きの言葉を想像するでしょうか。

集団行動の中で、子どもがいう「つかれた」は、
気持ちの問題と考えてしまうかもしれません。

「気持ちが悪い」
「目が回っている」
などの体の具合の悪さを
「つかれた」のひとことで表しているとは考えにくいのかもしれません。


ことばをインプットして、アウトプットする。
そうやって言葉を「体感」していっている途中の子どもの使う言葉。

本当に同じ感覚で使っているのか、
言葉でのコミュニケーションが取れる年齢になってからこそ
その「言葉」と「感覚」が受け取る大人と同じなのか、
「ズレ」があるのか注意する必要があるのかもしれません。

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